舞花④ 空の飛び方
「舞花はあれから、どうしてたの?」
しばらくの沈黙の後、そう聞かれて私は思わず黙ってしまった。
でも正直に言った。
「オーディション受けるのやめてね、さらに不登校、挙げ句の果てにこの前まで引きこもってた」
「ふふっ、結構堂々というね」
「開き直っちゃった」
「でもこの前までってことは、今は外には出てるのね」
「うん。写真を撮りに」
「ああ、なるほど」
納得したように愛実はうなずいた。
そして、私も訊いた。
「愛実は、どんな感じ?」
「もう普通の普通。オーディションとかはもちろんとっくに受けるのやめたし。でも野球が好きで、今、女子野球部がある高校目指してるところ」
「すごい。そういえば昔からちょこちょこ野球の話してたよね」
「うん」
愛実はうなずいて、そして私は少し晴れてきたのに気がついた。
「ねえ、舞花」
「なに?」
「舞花はさ、どんな蝶になりたい?」
「うーんとね」
私は上を向いて、その空をどんな感じで飛びたいか、考えてみた。
「どの蝶でもないかな」
考えた上で、私はそう言った。
「そうだよね。私も最近、そうだなって思えた」
愛実がゆったりうなずいて同意する。
私がなりたいのは、悪魔のアゲハチョウでも、幸せになるユリシスでも、そして、お姉ちゃんでも、誰でもない。
少し自信なさげにだけど、やっとそう思えた。
だから私はどの蝶みたいでもなく、地味な翅しかないかもしれないけど、決して不自然な翅のない虹原舞花に、なりたいと思うのだ。
そんなふうな考えになれたのはきっと、私にも好きなことができて。
楽しいことがあって。
一緒にいたら楽しいと言ってくれる人がいて。
そして初めて、恋をして。
だから私は……。
「舞花、また会おう。連絡先交換しようよ」
「うん」
私はスマホを取り出そうとして、落としたまま走ってきてしまったことに気づいた。
「ごめん、今スマホない」
「そっか。じゃあ紙に書いて渡すね」
「うん、ごめん」
そして、愛実は小さな紙をくれた。
私のせいでだいぶ原始的な方法になっちゃったけど、直接愛実の文字がのった紙を手に握ると、愛実の温かみが感じられてよかった。
愛実と別れた私は、自分の家に帰った。
お姉ちゃんが玄関にいた。
「お姉ちゃん、ごめんなさい……」
「ううん、謝らないで。私がね、色々わかってなかったの。色々と話したいこと、お手紙にまとめたから受け取って」
「うん……ありがと」
「私と話すのは後でもできるから、今は……行っておいで、今すぐ会いたい人のところへ」
「会いたい……せ、先輩はどこにいるの?」
「どこか舞花を探しに行っちゃったわ。はい、スマホ。壊れてなかったわね」
「ありがと。……行ってきます」
私はさっき開けた玄関の扉を、丁寧にまた開けた。
そんな私にお姉ちゃんは、
「行ってらっしゃい、舞花」
後ろから優しく、そう言ってくれた。




