水色の蝶の名前
「すごい伸びてます、先輩」
「完全にバズったっぽい」
僕と舞花は、どんどんと拡散されていく蝶の写真を眺めていた。
なんだかんだで、僕のアカウントのフォロワーも少ないっていうわけじゃなかったし、最初のバズるきっかけとなるくらいの反応はフォロワーの方々から得られたってことだろう。
作戦大成功だ。
僕と舞花は住宅街……舞花の家の近くに戻ってきていた。
天気は相変わらずいつ雨になってもおかしくない状態だけど、なんとか持ちこたえていて、そして、地面もだいぶ乾いてきていた。
少しだけ残る水たまりを眺めながら二人で歩いていると、向こうから一人の女の子が歩いてきた。
一瞬で水たまりからその女の子に意識が移る。もうそれは強制的に。
「あの人が……」
「そうです、お姉ちゃんです」
女の子……虹原菜々が立ち止まる。
僕は軽く頭を下げた。
「二人ともこんにちは。水色の蝶が見つかったみたいね」
菜々がスマホを見ながら言った。
きっとそこには、完璧な水色の蝶の写真が表示されているはずだ。
なのに、菜々は感動するどころか、悲しそうに息を吐いた。
「ねえ、舞花。舞花って何がしたかったの? この蝶の写真が撮りたかったの……?」
「うん、そうだけど……」
舞花は自信なさげに、小さな水たまりをのぞき込むようにして言った。
まるでそこで、自分自身を見つめようとするように。
そしてうなずいて続けた。
「お姉ちゃんは知らないと思うけど、私には水色の蝶の思い出があって。私を水色の蝶みたいって言ってくれた友達に、もうずっと会えてないの。私を変えるきっかけをくれた友達」
「そう……そういう思い出は、大切ね。だけど、舞花はこの蝶が何か知ってるの?」
「え? わかんない……お姉ちゃん知ってるの?」
「以前映画の撮影でお世話になった昆虫学者の知り合いから教えてもらったわ。この蝶は、本来日本にいるものではない、外国の蝶。熱帯地域に生息するの」
「え、そうだったんだ……それで、この蝶は何て名前なの?」
そう訊いた舞花に、菜々は冷静に言った。
「Papilio diabolus という学名。意味は、悪魔のアゲハチョウ」
「え……」
舞花が、スマホを水たまりに落とした。
水しぶきがはね、舞花の表情が途端に崩れたのが、僕にもすぐわかった。
途端、舞花が走り出した。
「舞花! 僕も行くから、落ち着いて……」
僕は追いかけようとした。
しかし、僕は肩を掴まれた。
菜々に。
「秀映くん。だったよね?」
「はい」
「舞花の友達でいてくれるのはうれしいんだけどね。舞花をこれ以上逃げ腰にするのは、やめて」
菜々は強く僕を見つめた。
いままで、いくつものカメラに視線を向け、その瞳は多くの人を間接的に見つめてきたんだろう。
いままで、多くの人と対等に話し合い、そして成長してきたんだろう。
そんな菜々は、僕に何が言いたいのか。
それをおおよそ察したうえで、僕は言った。
「舞花を追いかけることが許されないなら、少し、あなたと話したいです」
お読みいただきありがとうございます!
悪魔のアゲハチョウは、学名も存在も架空の蝶です。これ以外の蝶は全部実在する蝶をもとに描いています。




