花記③ 渡したい
それからも私は、愛実からその頑張り屋な女の子の話を聞いた。
二人は、この街の端の森で出会ったらしかった。
スタジオがすごい森に囲まれていて、だから探検したくなった愛実は、森のふちにそって、結構歩いてきてしまったらしい。
そして、そこで、その女の子と出会ったみたいだ。
「あのね、その女の子が持ってた、台本とかが入ってるファイルがね、ほんとに努力の塊みたいな感じだったの」
「そうなんだ。じゃあ、オーディション、その女の子受かるかもね」
「うーん、受ければ受かるかもしれないんだけどね、なんか最近受けないことにしたんだって」
「え、それはなんで?」
「なんか疲れちゃったって」
「そっか……」
そうだよね、だっていかにも厳しそうな世界だし。
私は何も知らない世界について、そう思った。
「だけどね、最近一緒に遊んだりしてるんだ。私がオーディション終わった後とか。あ、あとね、演技を教えてくれる教室でも一緒になって、その後とかに遊んでるの」
「へー、いいなあ。どんなことしてるの?」
「うーんとね、大体森の探検かな。あっそうそう、この前遊んだ時なんてね、水色の大きなチョウがいたんだよ」
「水色の蝶なんて、見たことない」
「でしょ。どんな感じかっていうとね、その頑張り屋さんの女の子に似てる」
愛実は思い出すかのようにグラウンドと空の境目を見てそう言って、そして続けた。
「あ、そうだ、花記ちゃんも今度一緒に探検に行こうよ」
「え、行きたい」
愛実の誘いに私はうきうきで乗っかった。
でも、結局そんな三人で出かける日は、訪れなかった。
なぜかって言うと、愛美ちゃんが、急に引っ越すってことになったから。
「私……もうあの女の子に会えないよ。だって次のオーディションも、演技の教室も、もう私が引っ越した後にあるんだもん」
愛実はうろたえたように言った。
「大丈夫だよ。またこっちに来た時に、会えたりするかもよ」
「でも……それだけじゃないの。私最悪なんだ」
「最悪……そんなことないよ。しょうがないよ。急だったんだし」
「ちがうの。あのね、私あの女の子に言っちゃったの。『悪魔みたい』って」
✰ 〇 ✰
「……花記?」
「ああ、光樹」
かなりいろいろ振り返ってしまっていたようだ。
「それ、渡せるといいな」
「うん、渡す。渡すのは、できたら愛実から」
私は箱の中に大切に飾られている、水色の蝶の標本を眺めた。
そして、スマホに目を落とす。
やっと見つけた。
私は心の中でつぶやいた。
ちょうど愛実が東京にいるときで、本当に良かった。
スマホには、SNSのタイムライン。
そのタイムラインでは、何万の反応を得ている一つの投稿が、断トツ目立っている。
水を飲む。水色の蝶の写真。
投稿者は、夕暮れのそら。
間違いないよ。愛実がずっと渡したかった相手は、夕暮れのそら……秀映と一緒にいる、虹原舞花だ。




