後日談 名前
「 ねえ」
良く晴れた日曜の昼、公園の芝生にシートをひきテイクアウトのランチを広げて、跳ね回る太朗を眺めていた。
風は冷たいけど、日向は暖かい。
「 何?」
彼女が俺を見て首を傾げた。
「 俺、名前聞いてない」
彼女がああそのことか、というような表情をしてから、太朗に視線を戻した。
「 いつ気づくのかと思ってたよ。凄いよね、こんなに親しくなってるのにまだ名前も知って貰えてないなんて。あたしセフレ以下なんじゃないの?」
憎たらしい口調でそう言う彼女にムカッときた。
「 そんなわけないだろ。そっちだって俺の名前知らねえくせに」
もう一度俺に目を合わせた彼女が、可愛い唇をわずかに開き呆れた顔をした。
「 何言ってるのよ。知ってるに決まってるでしょ。秋吉涼君でしょ?まさか偽名なの?」
彼女が次第に怪訝な顔になっておかしなことを言っていたが、俺は驚いた。
「 なんで知ってんの?」
「 なんでって。サダオが秋吉って呼んでたし、自分でも名乗ってなかった?それにおうちで涼って呼ばれてたし」
なんだ。
「 俺だって宮本が呼んでたから苗字は知ってたよ。三浦さんだろ。最初は旧姓だと思ってたけど」
彼女がにっこりと笑った。
「 初めて呼ばれた。それにしてもお互いサダオに紹介されたみたいになってたね」
「 宮本の話はいいよ。それで名前は?」
再び太朗の方を見ていた彼女にもう一度尋ねると、風にふかれる髪を片手で押さえながら、可愛い顔で笑いながら俺を見た。
「 環」
たまきか。
「 分かった」
彼女が不満そうに眉を寄せた。
彼女が得意な、憎たらしくて可愛い顔だ。
「 ええー?わざわざ聞いといて呼ばないのー?呼ぶために聞いたんでしょ?」
「 別に。知らなかったから聞いただけだし」
苗字も呼べないのに、いきなり名前呼べるわけないだろ。
「 じゃあこれからなんて呼ぶの?三浦さん?たまき?」
「 たまきはないだろ!?」
焦って否定してしまった俺に彼女がさらに眉を寄せた。
これは、可愛いって言うか、可愛いけど、可愛いヤンキーの方だな。
「 なんでよ?ないってなによ」
「 いや、ないっていうか、いきなり、ほら、名前呼び捨ては、無理」
我ながら情けない台詞に、顔が赤くなるのを感じた。そんな俺を見ていた彼女は、ため息をついた。どうしてため息なんだ?へたれ過ぎてがっかりされた?
「 お兄ちゃん。いつまで経っても可愛いねえ。その顔見ると、襲いたくなっちゃうから止めて」
しみじみとそう言われて、何を言われたか理解した途端頭が爆発しそうなほど熱くなった。
何で止めてなんだよ。どっちもしたいならすれば良いんだ!今すぐ襲われても文句なんか言わん!
「 我慢しないで食えば良いって、前も言った」
熱い顔で恨みがましく呟くと、俺の脳天に彼女がまさかのチョップを落とした。
「いって!何するんだよ!?」
頭を押さえ非難する俺を、彼女が冷めた目で見ていた。
「真昼間の公園で太朗が走り回ってるけど。ここでそんな可愛い顔して、私に我慢以外どうしろって言うの?絶対無理な状況で、そういうことを、そういう顔で言わない。ダメよ。良い?」
彼女に諭されチラ見すると、太朗がこっちに尻を向けて、足の間から顔を出し笑っていた。
「 ・・・・分かった。けどじゃあ、いつ言えば良いんだよ」
彼女がすました顔で答えた。
「 卒業してから。太朗が寝てから」
やっぱりそれか。うなだれる俺の髪を、可愛い笑い声を上げた彼女の手が、わしゃわしゃとかき混ぜた。




