後日談 欲求不満
「 上手くいったんだよな?」
「 そうだよ。秋吉が卒業までに彼女に飽きてなかったら結婚だね。あ、でも稼げないと結婚できないのか」
「 そんなの保障できねえよなあ。結局何も変わってないんじゃねえのか?」
「 そんなことないよ。彼女も秋吉を好きだってことは認めたんだから。そこは大進歩だろ?上手くいったんだよきっと」
政木と斉藤が俺を放って勝手に話し合っている。
あの足湯の日、彼女は本当に真っ直ぐ俺をコンビニに送り届けた。
その後は週1回、太朗のプールとその帰り道でしか会っていない。
「 なあ、好きだって言われてから少しは進展したのかよ?」
「 ああ?何もないよ。全く」
吐き捨てると政木がわざとらしく溜息を吐いた。
「 俺にキレんなよ。お前がへたれなんだろ」
ムカつく政木。
「 太朗が一緒なのにどうすりゃいいんだよ。手も触れねえよ」
斉藤に向けて言ったのに、またわざとらしく上を向いて考えていた政木が、ぽんと手を打った。
「 思いついたぞ。まず、よう太朗!つって太朗にハグしてちゅうするだろ。その後続けて彼女にやれ。そしたら太朗も不思議に思わねえだろ?」
馬鹿なことを言う政木に、斉藤が呆れた顔をする。
「 欲求不満の秋吉が太朗君にするみたいな爽やかなハグとちゅうを彼女に出来るとは思えないよ。ムラムラしていやらしいこと始めて、太朗君のトラウマになったらどうするんだよ」
涼しい顔してめちゃくちゃ俺に失礼だな斉藤。
「 ハグはともかく太朗にちゅうなんか出来ねえよ。変態みてえじゃん」
男子高校生が男児にちゅうって。気持ち悪いだろ。
「 このまんまでいいのかよ。欲求不満だろ?」
「 いいよもう。大人しくしとくよ。そのうち向こうが我慢できなくなってくっ付いてくるのを待つ」
早く一人前に稼げるように今のうちに目一杯勉強しとこう。
溜息を吐いて次の授業の教科書を出そうと机に手を突っ込むと、斉藤が俺の頭の中を読んだ。
「 すごいね。きっと今現実逃避で勉強しようとか思ってるんだよ。欲求不満でもテストはばっちりだよ」
残念ながら頑張るのは学校の勉強じゃないからテストの点数は期待できないけどな。
「 そうだな。本人に問題ないなら欲求不満でも大丈夫だな」
欲求不満って。
「 何回も言うな!」
太朗のプールを終え、いつものように送ってもらう車の中で彼女が言った。
「 お兄ちゃん、欲求不満で他の女の子に手を出す前に自己申告してよ?」
「 欲求不満です」
不貞腐れて即答した俺を、横目で見た彼女が苦笑した。
「 そう」
はあ?聞くだけかよ?
「 申告しても何も貰えないのかよ」
申告の意味ないだろ。前を向き黙り込む俺の腕に手をかけ、彼女が言った。
「 まあまあ、ちょっと待ってて。着いたらね」
え?何かあるの?彼女を見ていられず、前を向いたままばくばくする心臓に耐えた。
「 太朗。お兄ちゃんばいばいだから、ぎゅーちゅーたっちしてー」
何故かコンビニではなく、路地に車を停めた彼女が、朗らかに後部座席の太朗に言った。
辺りはもう真っ暗で、車も人の通りもほとんどない。
「 はーい」
太朗がシートベルトをはずし立ち上がると、シートの間から助手席に身体を押し込んできた。
そして俺に抱きついた。
「 ぎゅー、ちゅー」
そう楽しそうに笑いながら、更に俺の頬にぶちゅーと吸い付いて来た。
「うえ、よだれ!」
親子はきゃははと大笑いしている。ちゅうされてよだれを付けられて笑うのが日常なのかもしれない。
太朗は身体を少し俺から離すと、「 たっちー」と言って小さい手を広げた。
つられて俺も手を広げると、ぺちぺちぺちぺちと手を叩きつけてきた。
「 たっちたっちたっちたっちー」
笑いながら俺の手を叩き続けている太朗を、彼女があははと笑いながら止めた。
「 たっちしすぎー終わりー。はい次はお母さんのばーん」
え!?お母さんの番!?固まる俺に、躊躇う隙を与えず彼女がぎゅうっと抱きついてきた。
「 ぎゅー」
「 きゃははははーー!」
太朗の頭が俺と彼女の脇辺りに挟まっているので、太朗が大笑いしている。俺が彼女の背中に手を回すことさえ忘れているうちに、彼女によって次のミッションがコールされた。
「 ちゅー」
うわ!彼女の顔が!彼女が太朗の頭を俺との間に挟んだまま、俺の唇に自分の唇でくっ付いてきた。俺の首に腕を巻きつけぎゅうっと絞めながら、柔らかい唇を更に強く押し当ててくる。うう、マジで!?
彼女の顔がゆっくりと離れた。悪びれない表情で笑っている。
「 ご近所さんに見つかったら大変だから、今日だけだよ。たっち」
そう言うと、片手の平を俺に向けて開いた。その小さい手に自分の手を重ねた。太朗が俺と彼女の手をさらに小さい両手で挟んでぺちんと叩いた。「 たっちー」
もっとしたいけど。政木と彼女の思考が似てるけど。幸せだ。物凄く。




