最終話 覚悟して
足湯からの死角にトイレがあったらしく、彼女はしばらくして戻ってきた。
顔を洗って、化粧も直したのだろう。ぐちゃぐちゃの泣き顔が大分マシになっていた。
「 化粧取れた顔見られるのが恥ずかしかったわけ?」
彼女が唇を引き結び、仁王立ちで俺を睨んだ。
「 顔はどうでもいいから、もっと抱きついてて欲しかったよ」
「 どうでも良くない。つるっつるの顔見てると嫌になるほど年の差を感じるのよ」
顔をしかめて言う彼女を宥めようと一歩近づいた。
「 俺は去年までニキビだらけだったよ。顔なんてどんどん変わるんだから気にしてもしょうがないだろ。それに、そんな顔してるとシワ増えるよ」
眉間のシワに指を伸ばして触れようとすると、ぱしと払われた。
「 やっぱり、やめる」
彼女は低い声でそう言うと、きびすを返し車に向かった。
「 はあ!?ちょっと待って!やめるって何?」
さっさと車に乗り込んでしまった彼女を追いかけ慌てて助手席に乗り込み、既にセレクターにかかっていた彼女の手を自分の手を重ねる様にして押さえた。
「 ちょっと待ってって。何をやめるんだよ」
答えるまで車は出させないと言う思いを込めて、彼女の手を強く握った。彼女は横目で俺を見て、すぐにまた視線を逸らし口をへの字にした。
「 ・・・だって、やっぱり、あたしだけ先に年取るのなんて嫌だもん。お兄ちゃんが20代30代のいい男の時に、一人でシワシワなんてきっと耐えられない」
そう言った彼女はハンドルにかけた両腕に顔を突っ伏した。てことはやっぱり、一度は俺と付き合うって決めたのに、それをやめたってことだよな?好きだけど駄目。好きだけど嫌。堂々巡りな気がして溜息が出そうだ。
「 だから、そう言うくだらない理由で俺を振らないでよ。こんなに好きなのにシワで振られる俺の身にもなれよ」
彼女が顔をこっちに向け、俺を睨んだ。
「 くだらなくないってば!シワだけじゃないのよ。若い子に適うところなんてないんだから。ずっと自分をそんな風に卑下しながら生きていくなんて耐えられないって言ってんの」
「 何で卑下するわけ?比べたって何処が負けてんだよ。誰と比べてんの?俺と同じ位の年の女?分かってる?俺、太朗の母親してるところ見て好きになったんだからね?今だから好きなんだからね。もし、高校生同士で出会ってたって、好きにはなってないよ」
彼女は身体を起した。
「 本当?え、いや、待って。それって喜んでいいの?」
一瞬嬉しそうな顔をした彼女が、すぐに怪訝な表情になった。あれ、俺なんか不味いこといってるのか?
「 え?本当だよ。若い女より絶対可愛いよ。他の女と自分を比べるのは、俺が自分より若い女のとこに行きそうだと思ってるからだろ?絶対ないから信じて」
彼女は俺の目をまたもや睨みつけた。
「 若くない他の女のとこに行かれるのはもっとムカつくわよ」
「 は?ああ、いや、ええと、それもないと思うよ」
驚いたため、説得力のない答えになってしまった。案の定彼女は呆れた顔をしていた。
「 お兄ちゃんって年上が好きなのね。なんか気が抜けたわ」
「 どういう意味?結論は?俺どうなったの」
急に投げやりになった彼女の様子に、情けないことに不安が声に滲んでしまった。彼女がそんな俺を見て、今日初めて屈託なく可愛く笑った。
「 急に可愛くならないでよ。じゃあ、高校卒業した時答える」
「 はあ!?何で?まだ1年以上あるじゃん!」
大声を出した俺の腕を彼女が自由な方の手でぽんぽんと叩いた。
「 まあまあ。だって、あたしやっぱり、まだお兄ちゃんの言うずっと好きも信じきれないし、お兄ちゃんの早く稼げるようになる計画も頓挫するかもしれないし。それに何より、あたしの覚悟がつかない。だから、しばらく保留する」
「 しばらくって!長すぎるだろ!」
焦って言う俺に彼女は悪びれず答えた。
「 お兄ちゃん若いから1年くらいどうってことないでしょ。あたしの1年の方が貴重なんだからね」
愕然とした俺を見て彼女が笑った。可愛いんだけど、めちゃくちゃ憎たらしい。
「 あたし我侭だって言ったでしょ」
可愛い。我侭な彼女は可愛いけど、内容が可愛くない。長過ぎだよ!でも俺が本当に大丈夫か、彼女が見極める時間が欲しいって言う気持ちは理解できる。
「 その間に俺よりマシな男を探すつもりじゃないだろうな?」
我侭な提案をのみたくはないが、嫌々尋ねた。
「 あー、それはしない。手に入るんなら探すけど、お兄ちゃんより良い男が余ってる訳ないし。探しても無駄だもん」
言ってることは自分勝手だけど、可愛い。悔しい。
「 でも、さっき、誰かにくっ付いてないと駄目になったって自分で言ってただろ?我慢出来るの?」
その点が非常に心配だ。彼女は自分でも言っていたようにきっと我慢強くない。案の定彼女が気まずそうな顔になった。
「 我慢する」
「 嘘言え。我慢できるかどうか自分でも自信ないの丸出しで言われたって、信用出来るかよ」
面白くなくてそう言うと、彼女が頬を膨らませ反論してきた。
「 人肌恋しくさせたのお兄ちゃんでしょ。文句言わないでよ」
はあ?
「 言うに決まってるだろ!人肌って何だよ!俺には抱きつくだけで保留しといて、他の男とやる気満々かよ!?」
彼女が怒鳴る俺を驚いて見ていたが、あっという間にそれをムカついた顔に変えた。
「 馬鹿じゃないの?」
「 は?」
低く淡々とそう言われ、拍子抜けした。
「 人肌恋しくてあたしが我慢できなくても、お兄ちゃんがいるでしょう?嫌なの?あたし、セフレ用に他の男探した方が良いの?」
え?嫌なの?嫌なわけない!俺今何を言われた?飛び出しそうな程心臓を鳴らしながら驚きすぎて固まっていると、彼女が思案気に続けた。
「 ああ違うね。他の男は嫌なのよね。じゃああたしに、お兄ちゃんの卒業まで清い生活をして欲しいのね。まあ、お兄ちゃんに答えを保留してるんだから関係を持っちゃ不味いか。当たり前よね。そう言えば高校生だしね。そうね、我慢する。お兄ちゃんの卒業まで我慢します」
え?ちょっと待って。それじゃあ。
「 待ってよそれって、相手は俺で良いってこと?」
彼女が半目で俺を見た。
「 お兄ちゃんも好きだって言ってくれてるのに何で他の男とやらなくちゃいけないのよ。でも、確かに、身体の関係持っちゃったら、もしお兄ちゃんがあたしを好きじゃなくなった時きついから、やっぱり我慢する」
何で我慢!?
「 なくならないって言ってるだろ!ていうかきついって何?」
彼女が嫌そうな顔をした。
「 あたしそういうことすると一層好きになるから、たぶんしつこすぎて重たくなって嫌われるし、そうなった時諦められなくてあたしが辛いでしょ」
なんだと!
「 分かった。じゃあ今からしよう。ホテル行こう。車出して」
ずっと掴んでいた彼女の手を放し促すが、彼女が呆れた顔をした。
「 聞いてた?今、我慢するって言ったでしょ」
耐え切れず叫んだ。
「 聞いてた!やったら嫌われて辛くなるとか言われてたら何十年待っても出来ねえ!やったら好きになってくれるんだろ!じゃあする!今したい!」
彼女が可愛く笑って、興奮して再び彼女の腕を掴んでいた俺の手の甲を、反対の手でぺちぺちと叩いた。
「 可愛いねえお兄ちゃん。あたしも今すぐそうしたいところだけど、年長者の責任も有るし我慢する。高校卒業したらしようね」
やけにあっさりしていたが、彼女からの思いがけない誘いの言葉に頭がショートしそうになった。
ショートしよう。爆発して何が悪い。彼女も嫌がってるわけじゃない、むしろすぐしたいって言った!もういいじゃん。
彼女に覆いかぶさろうと身を起こしたその瞬間、例によって頭から駐車スペースに突っ込まれていた車が勢いよくバックを始めた。
傾いた身体を立て直しているうちに、車は駐車場をぐるっと回りそのままの勢いで車道に出た。
「 ちょっと!」
非難がましく声をあげた俺に彼女が楽しそうに目を細めた。
「 今から何かしてきたら事故起こすわよ。頑張って我慢しよう。急がなくても大丈夫。お兄ちゃんは若いし、それに」
俺に視線を合わせ、凄く可愛い顔で笑った彼女が、宙に浮いていた俺の手に自分の指を絡めきゅっと握った。
「 あたしもちゃんと、お兄ちゃんが好きだから」
すぐに前方に逸らされた横顔は、嬉しさと無駄になった興奮の折り合いがつかず呆然とする俺を無視し、相変わらず、とても楽しそうだった。柔らかな小さな手も、名残惜しくて引き留めようとする俺の指からするりと抜け出て、あっさり離れていった。
ああやっぱり、駄目だ俺。
これから先どんな面倒臭いこと言われたって、泣かれたって、いっその事嫌われたって、彼女を好きじゃなくなる日が来るなんて思えない。
俺に甘やかされて弱くなって、俺に甘えて泣いたり怒ったりして、俺に好きだって言って楽しそうに笑ってるこんな可愛い人、諦められる訳ない。
俺絶対に、ずっと好きだからね。卒業の時俺を振る理由が存在しないぐらい大好きだからね。今に思い知らせてあげるから、覚悟して。
お終い
なんとお付き合い以前ですが、一応くっついたと言うことで終わりです。今後喧嘩しながらも、ちゃんと結婚して添い遂げます。
とは言え、このまま終わってもなあと言うことで、結婚するまでの後日談をしばらく不定期でお届けします。
これからもよろしければ読みに来てみてください。
最後まで読んで頂いてありがとうございました_(._.)_




