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もうそこ諦めてよ


「 どういうこと。間違えたって」

もう一度足湯の淵に腰を降ろした彼女は、悄然と俯いていた。

もしかして俺が喜んだことを取り消されるのか?今更?


「 言おうと思ってたことと違うことを言っちゃった」

あからさまに後悔の滲む口調に苛ついた。

「 何。もしかして、俺を好きなのに振るつもりだったの」

胡坐をかいて向き合う俺を避けるようにしていた彼女が、俺の言葉にばっと振り向いた。

「 す、好きって」

否定するような困ったような顔にムカついて、更に低い声が出た。

「 違うの?」

一瞬言葉に詰まった彼女は、また俺から視線を逸らし前を向いてしまった。

「 何で?俺が高校生だから?」

横顔の彼女はぎゅっとへの字の唇を引き結んだまま返事をしない。きっとそうなのだろう。思わず深いため息が出た。


「ねえ、もうそこ諦めてよ。俺他のことは頑張るよ、早く稼げるようになるし」

けど、年だけはどう頑張っても早くとることは出来ない。まして、追いつくなんてことも有り得ない。

「 それに、好きになれてんなら別に年下でも問題ないじゃん。何で俺じゃ駄目なんだよ?」

もうこうなったら説得だ。押して落とそう。なんか彼女もぐらぐらしてる気がする。

「 俺、好きだよ。ずっと好き。太朗と自分をずっと好きな男が良いって言ってたろ?」

やっと彼女が俺を見た。困ったような泣きそうな顔だ。

「 稼ぎの件も何とかする。俺、親父の仕事手伝うことにしたんだ。親父、フリーでwebデザインとかSEとかやってんだけど、高校卒業したら仕事手伝えるように、親父に頼んでもう勉強してる」

事実だ。適当なことを言ってる訳ではない。親父にある程度稼げる仕事により早く就く方法を相談した結果、随分前から一人では手が足りなくなっていたらしい親父から打診されたのだ。本気でやるなら手伝わせるけど、と言われ親父の適当な適正検査を受けた結果、本格的に勉強を始めることになった。

良かった、適正無しの判定を下されてなくて。ここでの説得に関わるところだった。と言うか、中学まで作業する親父にくっついて色々やらされていたおかげで基本的な知識は有ることが判明した。上手く行って興味を持てばやらせようとこっそり親父に企まれていたらしいが、それが俺にとっても都合の良いことになった。

それでも俺が知ってることなんてたかが知れてる。卒業まで死ぬ気で勉強して、今手伝ってくれてるバイトさん達並みにやれるようになっていたならって言う条件付きだ。


「 聞いた」

「 え?」

彼女が俺の顔をじっと見たまま、予想外のことを言った。

「 聞いたのよ。一昨日お父さんに」

彼女が困ったような顔のままでそう言った。予想外すぎて言葉が続かなかった。いつの間に?あ!あの便所云々の時か!

俺が勝手なことをした親父に対して憤っていると、彼女が何故か今にっこり笑った。

「 それで、ちゃんとしなくちゃって思って、色々考えて昨日一昨日良く眠れなくて。で、今日寝ちゃった」

「 寝ちゃった。って、可愛い顔で言ってる場合じゃないだろ。考えてたことの結論は」

彼女は俺の問いを無視し、また正面を向いて緑の景色に目を向けていた。そして、しばらくしてからしゃべり始めた。


「 あたし、お兄ちゃんに迷惑かけるの嫌なのよ」

「 はあ?何迷惑って。もしかして太朗のこと迷惑とか言ってんなら、俺怒るよ?」

彼女の後ろ向きな台詞に剣呑な口調になったが、彼女は俺を見ないまま薄く微笑んで続けた。

「 違う。お兄ちゃんがそういう人だってことはもう分かってるし。きっと太朗はずっと可愛がって貰えるよね。そうじゃなくて、あたしの所為でお兄ちゃんの将来の道を狭めるのが嫌なの。だからって、あたしはお兄ちゃんに好きなことして貰いながらひたすら待ってられるような健気な性格じゃないし」

将来の道を狭める?それは、俺が親父の仕事を手伝おうとしてることか?

「 後で恨まれても嫌だし。それに、お兄ちゃんの所為であたしも迷惑をこうむりたくない」

真面目に言われてムカついた。

「 迷惑かもって思ってたけど、直接言われるとムカつくな」

でもムカつけるのはさっき俺の腕のなかであんな可愛い姿を見せてくれたからこそだ。じゃなきゃ相当凹んでた。

「 何がどう迷惑なの?高校生の彼氏じゃ周りの目が痛いから?」

彼女はようやく俺の方を向いた。笑んではいるが変な顔だ。

「 まあ、確かにそれも大きいけど。高校生じゃなくなっても周りの目は気になるだろうしね」

「 けど何?他は?何が迷惑なの」

彼女が悲しそうな変な顔のまま、にこっと微笑んだ。

「 付き合い始めたとしてさ、もし、あたしがこれから物凄くお兄ちゃんを好きになるとするじゃない?それなのに、結局何年後かに振られるんなら凄く迷惑よ。あたし後がないから、一時の恋じゃなくて結婚相手を探したいし」


呆れた。確かにそれは迷惑だろうが、俺は彼女を数年後に振るつもりだとは言っていない。それに、仮定の話に聞こえない。

もう既に結構俺を好きなのに、いつか振られるのが嫌で先に俺を振ろうとしてるんじゃないのか?

「そんなの誰と付き合ったって一緒だろ。いや、一緒じゃない、俺が一番安全だ。俺が振るなんて有り得ない」

彼女が胡散臭い目を俺に向けた。全く信用されていないようだ。

「 そんなこと言ったって、信用しようがないし。大体あたしのことまだそんなに知らないでしょ。しかも若くて優しくて良い男で、これからあたしより若くて可愛くて性格も良い女が死ぬほど寄ってくるのよ。あたしが振られないわけないわよ」

また俺から目を逸らしながら彼女が自嘲気味に言った。

「 ネガティブだな。そっちこそ俺のこと知らないだろ。優しくも良い男でもないから、女なんか寄って来ないし。勝手に勘違いしたうえに振るなよ」

思い切り睨まれた。

「 悪かったわねネガティブで。ついでに言うけど、あたし我侭よ。色々頑張れないし、弱いし、文句も多いし、いい加減で、情けないし、しかも我侭だし」

可愛いなあ。なんでこんなに可愛いんだろう。

「 我侭二回言ってるけど」

ニヤニヤしながら言うと、彼女がまた俺を睨んだ。

「 それだけ我侭なのよ!全部知ってて好きって言ってくれるなら少しは安心だけど、そうじゃないから!」

泣きそうな怒り顔で捲くし立てる彼女の腕を掴み、抵抗されたが無理矢理引き寄せて抱きしめた。

やっぱり抱きしめてしまえば、大人しくなった。








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