冗談だよ。昼で良い
その後すぐにコンビニに着いたが、そこにはなんと、母ちゃんと親父が立っていた。というか店内で立ち読みしながら立っていた。
気付いて仰け反る俺に彼女が驚いていると、二人が走り出てきた。
「 今晩はー、三浦さん。太朗くんは?」
「 今晩は」
車から降りて丁寧に挨拶を返す彼女に被せて俺が答えた。
「 太朗は寝てる」
から帰れ、と言おうとすると、太朗が「おかあしゃーん」と彼女を呼んだ。
母ちゃんが目を輝かせ、親父は早速太朗におもちゃを献上し始めた。
母ちゃんに彼女が丸め込まれ、何故か親子二人はうちのダイニングでウナ丼とカニ鍋を食べた。
そして今は食後のデザート中だ。勿論もらい物のアイスだ。
太朗は喜んでリビングで親父とアイスを食っている。
彼女は母ちゃんとダイニングで茶を飲みながら子育て談義中だ。何なんだこれ。さっき喧嘩してたよなあ。
取り敢えず、アイスを食い終わりさっき親父が渡していたおもちゃで遊び始めた太朗と親父チームに加わることにした。
帰り際、母ちゃんがお土産にとたこ焼きを準備しに行った。
太朗にトイレを借りて良いかと彼女が言ったが、親父が「うちの便所は汚ねえからお前が連れて行け」と俺に命令した。
あんなことを言ったとばれたら母ちゃんに殴られるのは確実だ。直前に親父が汚したのかと、内心親父に悪態をつきながらトイレに太朗を連れて行ったが、別に汚れてもいなかった。何がしたいんだ親父。
親父がコンビニの店長と友人だという新事実により、彼女の車はコンビニに置かせてもらっていた。
言われずとも送るが、3人で自然にドアの外に押し出された。
彼女と両親が別れの挨拶をし、太朗と両親もばいばいとタッチをしていた。
完全に真っ暗になってしまっていた夜道を、太朗を抱いて歩き出した。
「 ごめんな。遅くまで」
彼女が薄く笑った。
「 全然。楽しかったし、もともとお兄ちゃんとご飯行ってから帰るつもりだったし。断られたけど」
わざとらしく言う彼女は、また微妙な顔をしていた。困った様な、悲しい様な、気まずそうな、変な笑みだ。
「 その顔するから断ったんだよ。なあ太朗、母ちゃん変な顔だよな」
俺の首に掴まっている太朗にそう言うと、太朗が体を傾け彼女の顔を覗き込んだ。
「 おかーしゃんへんなかおー」
面白そうに笑う太朗に、彼女が頬を膨らませた。
「 お母さん可愛いでしょー? 」
太朗がまた笑う。
「 おかーしゃんへんなかおー」
これは不味いな。いらんことを教えてしまった。彼女がふくれっ面のまま俺を睨んでいる。上目遣いで睨まれたって可愛いだけだけど、太朗がこれから先ずっとこのネタで彼女を笑うと流石に申し訳ないし、太朗の耳元に小声で言い聞かせた。
「 太朗。母ちゃんは変な顔でもいつも可愛いんだぞ。お前の母ちゃんが一番可愛いんだからな」
「 しょうしょう。ぼくのおかーしゃーん、いちばーんかわいーなもん、ねー」
めちゃくちゃにっこり同意を求められたので思わず頷いたが、太朗のでかい声は当然彼女にも思い切り聞こえているはずだ。俺が頷いたことは彼女には不快だっただろうか。
彼女は前を向いていて表情を読むことは出来なかった。たぶん変な顔をしているのだろう。
「 俺が誰を可愛いと思っても勝手だろ。変な顔でも可愛いけど、俺が居る所為でその顔なのかと思うときついんだよ」
返事を期待した訳ではなかったが、言い訳がましく呟くと、彼女が急に立ち止まり、俺の顔を真っ直ぐ見上げた。
「 確かにあなたが居る所為でこんな顔なんだけど、さっきあなたが言ったみたいにあなたを哀れんでるわけじゃない。どっちかと言うと自分が可愛そうだったのよ。でも今はちょっと混乱してて、それでこんな顔なのよ」
始めてお兄ちゃんではなくあなたと呼ばれたことに動揺したが、説明がさっぱり理解できずそれどころじゃない。
「 ごめん。分からない。もうちょっと具体的に言って」
「 嫌」
彼女は潔く即答し、また前を向いて歩き出した。
「 嫌ってなんだよ。ちょっと!俺さっぱり分かんねえよ。良いの?俺が分かんないままで。俺付きまとうかもよ。なあ太朗」
「 黙ってて、今考えてるの。太朗としゃべってて。太朗、お兄ちゃんに幼稚園のお話してて。今日何して遊んだの?」
俺を見もせずに邪険にあしらわれた。まただ。俺はやはり宮本と同じ扱いに降格か。
「 きょうねえ、あっちゃんがねえ。にんじゃのへんしんしたー」
普段の就寝時間を過ぎているはずなのに、車内で寝たせいかやけに元気な太朗が、幼稚園の話を延々聞かせてくれた。
今夜なら根掘り葉掘り彼女の気持ちを追求出来そうな気がしたのに残念だった。
彼女は俺の方をろくに見もしないでプールと食事の礼を言うと、いつもの様に笑顔でまたねと手を振ることもなくさっさと帰って行った。彼女が俺の腕の中で泣いた後、近づいたような気がしていた距離が、また一気に開いたようで辛かった。
次の日の夜、彼女から着信があった。
「 はい」
「 今晩は」
彼女の声が今まで聞いたことがないほど硬かった。
「 どうしたの?」
「 急なんだけど明日、予定ある?」
太朗関連の誘いなどではないようだ。
「 何もないけど。どうした?」
これは、もう、駄目なのかも知れないな。
ベッドに仰向けに寝転んだまま、目を瞑って彼女の次の言葉を待った。
「 ちょっと話があって、どこかでゆっくり話したいんだけど」
期待が持てる様な雰囲気じゃない。いくら俺が高校生で、初めての恋で、何の経験もない馬鹿でもそれくらい分かる。もう会わないようにしようとか、わざわざそう言う話をしたいんだろうか。無意識に酷く冷たい声が出た。
「 ああ、そうなの。良いよ」
「 ありがとう。じゃあ、明日迎えに行くね。何時頃が良い?」
わずかにホッとした調子を滲ませた彼女に対して意地の悪い気持ちで答えた。
「 夜」
しばらく沈黙した後、彼女がまた凄く硬い声で答えた。
「 じゃあ、来週末に良い?」
苦笑しながら彼女を遮った。
「 冗談だよ。昼で良い。じゃあ昼飯食った後ね」
「 分かった」
良かった。最後に少しは優しげな声が出せた。彼女がまた泣いてなきゃ良いな。
電話を切った彼女の、強張った悲しそうな表情が想像できる。こんな彼女じゃ、勝手に好きでいるのも難しいかな。携帯を床に投げ捨てて、ぎゅっと閉じた目元を両腕で覆った。とても、哀しかった。




