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市営プールに通い始めてから、いつ連絡が来るだろうと毎日携帯を気にすることになった。

いつでも良いなどと言わず、ちゃんと日程を決めれば良かった。

更衣室で、制服のポケットから携帯を取り出しながら考えていたが、何気なく見た携帯の画面には着信履歴が残っていた。

彼女だ。さっき電車の中でも確認したので、そこからプールへの移動中にかかって来ていたようだ。

ちょうど更衣室には人気がなく、今ならこの場で電話できそうだった。

今日はかけ直すという作業なのでいつもほど緊張もしなくてすみそうだ。


「 はーい」

ワンコールもしないうちに彼女が答えた。心の準備は出来ているはずなのに、彼女の声にぎゅっとと心臓が締まる。

「 電話した?」

「 うん、したー。あのねー急なんだけど、今日プール行ってるのかなーと思って」

今日来たいということらしい。

「 ああ、今着いたとこ。今日来る?」

「 お兄ちゃんが良ければ、今日が良いなと思って。明日仕事休みになったから太朗も幼稚園ないし、慌てなくて良いから」

なるほど。俺が平日しか泳いでないから土曜休みの金曜を待ってたのかな。それなら土曜の夕方にでも呼んでくれれば良かったのに。

やはり、甘えられているようで実は遠慮されているのを感じる。俺と不用意に近づきたくないと言う気持ちからなのかな。

「 良いよ。まだ幼稚園?」

「 うん、15分か20分ぐらいで着くかな」

「 そうだな。じゃあ着いたら中の飲食スペースまで太朗連れてきてよ。それまで泳いでる。そこに来たら中から見えるから、急がないでゆっくり来ていいよ」

彼女が笑った気配がした。

「 了解ー。じゃあ宜しくね」


さっさと着替えて軽く泳ぐことにした。太朗が来ればもう自分が泳ぐ余裕はない。太朗を危ない目に合わせないようにしなければならないし。

この間の電話を盗み聞きしていた母ちゃんからも、ママもあんたを信用して太朗君を預けるんだから、絶対に怪我させたり溺れさせたりしちゃ駄目よ。1秒も目を離すんじゃないわよ。とめちゃくちゃしつこく言われている。

プールに入って10分を過ぎたあたりから、時々顔を上げ、でかいガラス張りの壁の向こうにある待合スペースを窺いながらしばらく泳いだ。

何度目かに顔をあげると、彼女と水着姿になって黄色のスイムキャップをかぶった太朗とがこっちを見ているのに気付いた。

太朗はガラスに顔をくっつけて変な顔になっている。思わず吹き出しながらゴーグルをはずし、更衣室を通りタオルを片手に待合に向かった。


「 よう太朗」

先に振り返った彼女にちょっと手を上げ、未だガラスに張り付いている太朗に声をかけた。

太朗が振り返り俺を見て笑った。

「 おにーちゃんのプールー!おっきーねえ!」

「 ああ、ちゃんと俺に掴まってるならおっきい方でも泳げるぞ」

太朗が飛び跳ねた。

「 やったー!」

太朗を見て笑いながら、しぶしぶ彼女に目を向けた。

さっきちらりと見た時、彼女がまた困ったような硬い顔をしていたので、自分でも知らぬ間に傷ついていたようだ。

俺に近づきたくないなら連絡しなきゃいいのに。

「 ごめんねー、またお願いしちゃって」

そう言う彼女は笑ってはいるが困ったような顔のままだった。太朗の前だと言うのに不覚にもムカついた気分を我慢できず口に出してしまった。

「 何その顔。俺に頼んだの後悔してんの?」

不機嫌丸出しの声だったが、意外に彼女は俺の機嫌を取るような調子にはならず、苦い顔になって答えた。

「 そうじゃない。さっきまでそうだったかもしれないけど、この顔は違います」

「 はあ?じゃあ何?」

「 何でもないよ。さあ泳いでいらっしゃい。太朗、お兄ちゃんの言うこと良く聞くのよ。じゃないとすぐ帰るからね」

彼女は質問を適当に流し、邪険に俺を手で追い払う仕草をした。マジで?俺宮本ポジションに降格?

凹みながら、ぴょんぴょん歩く太朗の手を引いてプールに向かった。



太朗はよく泳いだ。アームヘルパーを付け、子供用の浅いプールでビート板に乗るようにバタ足の練習した後、大人用のプールに浮かべても怖がりもしなかった。

足が届かないことに対しても不安はなく、俺に掴まってさえいれば楽しいばかりのようだった。

いや、試してはいないが、例え放り投げたとしてもきゃっきゃ言っていたと思う。とにかく太朗は確実にスイマーだった。

彼女の様子はあまり窺うことが出来なかった。最初にガラスを挟んだ彼女のそばで準備体操をさせたときには、太朗を見て俺と同じタイミングで吹き出していたが、その後は彼女を気にする余裕もなかった。

やはり、走ったり跳ねたりするのが普段のスタイルである太朗は、特にプールサイドが危なかった。まあ、俺はひやひやもしたが、太朗は終始楽しそうだったので良かった。そう安堵していたのだが、まだ気を抜くには早かった。


シャワーを浴びさせ待合に直接続くドアから彼女のところに着替えを取りに行かせると、ガラス越しに何か2人でも揉めているのが見えた。が、俺が待合に出ようと扉をあけたところにプールバッグをもった太朗が戻ってきた。

彼女と目が合ったが、心配そうな申し訳なさそうな顔をしていたので、俺に太朗の着替えの手伝いまでさせる気はなかったんだろうなと思った。

また、必要以上に頼りたくないってことか。こんな些細な事くらい任せてくれりゃあいいのに。こんなことで調子に乗ったり、あんたに近付いた気になったりしないし。

面白くなくて、何か言いたげな彼女に気付かない振りをして更衣室に向かった。







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