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元気?


やはり彼女には全く会えない日が続いている。

彼女からも太朗からも連絡はなく、特別な感情を持たれたくないと彼女が考えていると分かっているため、こっちからも何も出来ずにいた。

会ってしまえば思いが募るのは分かりきっているからだ。ようやく、それでも会いたいという気持ちを抑えることが出来るようになった。

既にそれだけ彼女への思いが強くなっているということなのかもしれない。これ以上好きになって、今より辛くなり続ければ、本当に自分がやばそうだった。



太朗の今年最後のプールに付き合った日から、ひと月以上が過ぎていた。

彼女のことを極力考えないように、彼女に選んでもらえる男になるための努力をするという生活にも慣れ始めた頃だった。

ベッドに寝転がって親父お勧めの本を読んでいると、枕元に投げ出していた携帯が鳴った。目に入った表示に飛び起きた。

心臓が驚くほど強く打つ。この感覚も久々だ。

「 はい」

少しだけ間があって、彼女の声が俺を呼んだ。

「 お兄ちゃん?」

「 ああ、どうしたの?」

穏やかな声が出るよう努めると、彼女が安心したように話し出した。

「 何か久しぶりだねー。元気?」

「 ああ、そっちは?」

「 元気よ」

彼女が微笑んだ気配がした。

「 太朗が何か言ってんの?」

俺と近づきたくないはずの彼女が電話してくるのだから、太朗がらみの用件だろう。

「 う、そうなのよ」

やはり想像通りだった。連絡があって凄く嬉しいのは確かだけど、この後の彼女の態度が予想出来る様でやけに冷静だった。

「 何?」

「 ええと、お兄ちゃんに頼ってばかりで申し訳ないんだけど」

またこれだ。わざわざこう言われることで、本当は近づきたくないんだけど、と前置きされているような気分になる。

「 何?」

面白くなかったけど、気分の悪さが声に出ないよう頑張った。どうであれ彼女からの連絡を喜んでいるのは自分だ。


「 あのね、太朗がプールしたいって言ってて、どこか水泳の教室に入れようかと思うんだけど、どこがいいのかさっぱりで。お兄ちゃんに相談してみようかと思って」

そう言う彼女の声はまだ申し訳なさそうな感じだ。そんなこと普通に聞いてくれればいいのに。返事をしない俺に彼女が続けた。

「 お兄ちゃんが幼児のクラスに詳しいわけないのは分かってるよ。プールの雰囲気とか設備的に危ないとことかあったら教えて欲しいなって」

「 ああ、まあ、泳いでる時間に小さい子のクラスやってることもあるけど、でもそんな色んなプール行くわけじゃないから」

「 そうなんだー。知ってるとこだけで良いよ。あたし全く分からないから」

俺が答えたことで彼女が安心して普段の調子を取り戻したようだ。俺の機嫌窺ってどうするんだろうな。

「 ああ、でも俺の知ってるとこの幼児のクラスって、退屈そうな内容の上に並んで順番待ったりしてるけど」

太朗には面白くないんじゃないの、と言う意味を理解した彼女が間を空けず答えた。

「 無理かもねえ。退屈じゃ列には並んでられないだろうねえ。やっぱりまだ習い事は早いかしら」

どうかな。早いって言うか合ってないのかもな。

「 水に入れれば良いんだろ?それとも泳ぎ方を教えたいの?」

彼女が考えながら言った。

「 あーそれはどっちでも良いかなー?太朗が嫌がることさせるつもりはないけど、やる気があるなら泳ぎ方も習って欲しいかな」

「 ふーん」


思いついたことがあったが、言えば彼女を困らせるような、距離を取られながら受け入れられても複雑なような気がして言い出せなかった。

「 水に入るだけで良いんなら、クラスとかに入らずに一緒に市営プールにでも行けばいいんじゃない?」

「 え?一緒にって、あたし?」

彼女は思いもつかなかったって様子だ。水泳に縁がない人はそうなのかもな。

「 ああ、俺も良く行ってたけど、わりと新しいからプールも更衣室も使いやすいし、多分子供も使いやすいように設計してあるんじゃないかな。小さい子供用のトイレとかがあるのは見たことあるよ 。しかも近くのジムにもっとデカイプールがあるから、そっちに客取られてあんまり混まないんだ」

「 えーと、私が一緒に泳ぐってこと?」

彼女はよく理解できないって感じだ。

「 当然そうだけど。たぶん太朗はただで入れるよ。大人の利用料金を1回ずつ払うだけ」

「 へえーそうなの?そう言うプールがあるのも知らなかった。スイミングクラブかジムみたいなとこしか思い浮かばなくて」

彼女は感心していたが、俺もそうだった。

「 こっちがへーだよ。そんな感じなんだな。水泳しない人って」

「 分かんない。知らないのあたしだけかもよ。そうかーでも私、水の中で太朗の面倒見る自信ないや。多分自分のことで精一杯だし。スイミングクラブの方調べてもうちょっと考えてみるわ。ありがとね」

彼女がそう言って用件を終わらせようとする雰囲気を感じ、勝手に口が動いてしまった。

「 来月からになるけど、俺が見ようか?」

うわ何言ってんだ俺。受け入れてくれるとしても、本当は俺に頼りたくないんだけどって顔する彼女は見たくないのに。

「 え?お兄ちゃんが?」

「 ああ、まあそれも有るってことで。ええと、夜までやってるからもし市営に連れて行くなら平日の方がいいかも。土日はちょっと混むから」

話題転換でごまかそうとしたが、上手く行かなかった。


「 お兄ちゃんが太朗と泳いでくれるの?」

「 え?ああ、それでも良いけど」

彼女の口調が嬉しそうだったので、そう答えてしまった。

「 わー嬉しい!お願いして良い?」

彼女は俺の不安を余所に屈託なく嬉しそうだった。まあ、それなら俺もただただ会えることが嬉しい。

「 月に1回でも二ヶ月に1回とかでもいいから」

「 そんなにちょっとで良いの?」

「 お兄ちゃん部活あるでしょ。部活ない日で良いよ。太朗も泳げるってだけで嬉しいだろうし」

まあその程度の頻度で考えているのなら俺との距離を心配するまでもないのだろう。なんだかがっかりした。

「 いや、もう引退なんだ俺」

「 え?そうなの?」

新入部員が入るまで泳いでもいいのだが、頑張るチームの奴らがひたすらチームに回ってくるので人数か増えるのだ。思うように泳げなくなるので各々他のプールで泳ぐことを選ぶやつも多い。

「 平日は学校帰りに市営に寄るつもりだから、幼稚園帰りにでも連れてきてくれれば見られるけど」

「 そうなんだー。じゃあお兄ちゃんの部活が終わったら一度連れて行ってみていい?」

太朗のおかげで何とか続いてる縁だな。そう思いながら答えた。

「 ああ、いいよ。それでまた太朗が泳ぎたいって言うようなら連れて来たら?」

彼女は俺との縁が続いていくことに興味はあるんだろうか。それとも、太朗が俺で役に立つことを望まなければこのまま縁が切れたとしても構わないんだろうか。

「 うんそうする。ありがとう」

俺がしつこく誘ったわけじゃないよな。太朗のために俺に嫌々会うってわけじゃないよな?

せっかく彼女と会えることになったのに素直に喜べない。卑屈になってしまう思考をどうにかしたかった。







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