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はー、遊んだねー


太朗は喜んだ。プール好きなだけあって、水の中で最初から最後までご機嫌だった。

「 毎日幼稚園でプールしてるだろうからどうかなと思ったけど」

「 楽しそうね」

「 ああ、意外に滑り台よりあっちに興奮してるな」

太朗はプールのいたる所にある色々な形の噴水に大喜びだった。キャーキャー言いながら飛び散る水滴を受けようと動き回っている。

「 うん、激しく興奮してるね。来て良かった」

彼女が嬉しそうに笑った。可愛いその顔を見ていると、相変わらず赤面してしまいそうな予感がしたので頭を冷やしに行くことにした。

「 よし、俺も行ってこよ」


プールと言うには浅すぎる、言わば異様に広い噴水の中で遊んでいるようなものだ。大人のふくらはぎ程の深さもない水の中を水着を着た小さな子供達が這い回っている。

泳いでいるとは言えないその子供達の状況に笑えた。

Tシャツの替えは持ってきたし、一応下だけハーフパンツ型の水着に着替えているので、私服のままの他の大人たちに比べ濡れ放題だ。

「 太朗ー!」

噴水の水を受けはしゃぐ太朗を呼ぶと、太朗が俺をみつけ駆けてきた。しかし、水の抵抗を受けなかなか進まない。

「 あはは、お前ちっちぇえから大変そうだな」

ざぶざぶとこっちから近づき太朗を捕まえると一度抱えた。

「 水上飛行機してやるから、飛行機になってみろ」

びしっと飛行機型になった太朗を笑いながら、脇を掴んで水面を滑らせた。

「 きゃーーー」

太朗が案の定大笑いした。顔に受ける水飛沫も嬉しいようだ。水泳好きになる可能性が非常に高い奴だ。同じ水好きとして嬉しい。

「 アクロバット飛行ー」

太朗を水の上で裏返し、俺の周りをぐるぐる滑らせる。

「 きゃーーー」

太朗の爆笑する顔が上を向いたのでよく見える。面白れえ。

「 着水」

太朗の身体を掴んでいた手を放し、水流に任せると、太朗が身体を曲げながら水の中に尻を着いた。

「 もういっかーい」

すぐに立ち上がり俺のパンツをひっぱる太朗を見下ろし言った。

「 待て、目が回った。休憩。あっち行ってみるか」

太朗がまだ行っていなかった、比較的年長の子達が遊んでいる大き目の噴水の方を指差す。一人で行くのは躊躇われていたのだろう、太朗が俺を見上げて嬉しそうな顔をした。


勢い良く落ちてくる壁のような水にびびって太朗が進まないので、先に俺が進んだ。

「 ほら」

水の壁に手を突っ込むと水が割れた。そのまま頭を突っ込む。噴水に頭を突っ込んでいる大人は俺だけだ。待てよ、俺、引率じゃなくて、でか過ぎる子供が遊んでると思われてるかもな。

太朗が後ろで笑っている。

頭を水から出し促すと、太朗もすぐに笑いながら頭を突っ込んだ。

「 いきなり頭かよ!すげえなお前」

慌てて戻ってきて小さい手で顔をこする太朗を見て大笑いした。笑う俺につられたのか太朗も笑って、もう一度、今度は手で頭を庇いながら水の壁に突入した。

「 きゃーーー」

そしてまた大笑いしながら飛び出してきた。

「 面白れえなあ太朗」

俺も一緒に出たり入ったりすると、太朗がもっと喜んだ。

水着と着替え持ってきて良かった。噴水に顔を突っ込んだので当然だが、最終的に全身ずぶ濡れで遊んでしまっていた。



「 お兄ちゃんも水が好きなことを忘れてた。すっごく面白かったよ、二人で遊んでるの」

俺は彼女に見られていることを忘れてたよ。高校生丸出しで遊んでしまっていたような気がする。失敗した。

にこにこしている彼女に気まずい視線を向けると、もっと笑われた。

休憩に戻った俺たちは、弁当を食いあげた後、アイスを食った。

水は浅くて身体が冷えるまでもなかったし、昼の暑い日ざしが照り付けて冷たいアイスがうまかった。

「 なあ太朗、まだプールで遊ぶのか?」

プールに飽きたら、広い敷地の向こうの方に子供用の遊び場があるはずだ。ブランコなどがあるらしい。

「 うん」

太朗は元気に頷いた。

「 いーの?まだここで」

彼女に尋ねると彼女も笑って頷いた。

「 今年最後だからねー。幼稚園のプールも終わっちゃったし」

そうだな。まだ暑いけど外プールもそろそろ終わりだな。

「 良いんなら良いけどさ。太朗たぶん水泳好きになるよ。全然水怖くなさそうだし。競泳するかもな」

彼女がわざと作ったような無表情で俺の上半身を眺めて言った。

「 そうね。お兄ちゃんみたいな良い身体になるかもね。目の毒だからTシャツ着て」

え?慌てて椅子の背に広げて乾かしていたTシャツをかぶった。焼けてて分からないとは思うけど腹まで赤くなってたかも。俺がわざと身体を見せびらかしてる気持ち悪い奴だと思われてたらどうしよう。

ゆっくりTシャツから顔を出して彼女の表情を窺うと、面白そうにくすくすと笑っていた。良かった。



「 あたしもちょっとは入ろうかな」

彼女が日陰の椅子から立ち上がった。

「 俺見てるから入んなくても大丈夫だよ」

おそらく俺に太朗をまかせっきりなのが気になるのだろうと思ってそう言うと、笑って首を振った。

「 太朗見るのはお願いしたい。噴水の下には行けないし。暑いから水に足浸けたいだけ」

「 ああ、そうなの?確かに暑そうだな、大人は」

周りを見渡すと、噴水プールを囲むように配置されたパラソルの下や、外通路の屋根の下のベンチに腰掛ける大人達は皆ぐったりとして暑そうだった。

「 そうなのよ。日焼け対策で余計暑いのよ」

そういう彼女は薄手の長袖シャツを羽織って、つばの広いストローハットをかぶっている。

「 焼けるの嫌なの?」

彼女が複雑そうに俺を見た。

「 うーん。黒くなりたくないって訳じゃないんだけど、お兄ちゃんには分からない事情がね。シワとかしみとか」

「 ふーん」

大変なんだな、女って。

彼女は俺に答えながらおもむろに屈みこみ、薄いブルーグレーのマキシスカートをたくし上げ始めた。

何やってんの!

俺は慄いたが、水に入るのだから、洋服が濡れないように準備するのは当たり前だ。

膝上でスカートの裾を縛る彼女の足を見ないように努めた。

ここで彼女の足を凝視していたら変態だ。

「 太朗行くか」

アイスを食べ終わったようだった太朗に声をかけた。

「 はーい」

太朗が椅子から飛び降りた。


彼女の足を見ないという努力は実を結んだとは言えなかったが、太朗を眺めて楽しそうにしている彼女にばれてはいなかったと思う。

水に濡れた白い足に目を奪われない訳はなかった。

あれが俺のものになる日は絶対にこないのだろうか。



「 はー、遊んだねー」

「 ああ、結局一日プールだったな」

15時頃嫌がる太朗をジュースと菓子でつって水からあげると、すぐに眠そうにし始めた。

寝るなら電車の中で寝かせようと、彼女とあわただしく帰り支度をし、駅まで急いだ。

電車が入るまで何とか持ちこたえていた太朗は、一応電車に乗ることに興奮した後で寝入った。


「 暑かったー」

彼女がおそらく日焼け対策で羽織っていたシャツを脱ぎ始めた。

真横に座っているのでろくに見えはしないが、太朗の方に顔を向けていても、視界の端に動く彼女の白い腕がちらちらと入ってきた。

シャツを脱ぎ終わって座席に落ち着いた彼女が、息を吐きながら呟いた。

「 寝てくれて良かった」

「 確かに。帰りも追いかけて回るかと思うとぐったりするよな」

二人で、向かいの座席で口を開けて寝こけている太朗を眺める。

「 そうね。やっぱり太朗に公共交通機関はまだ早かったね。ちょっと遠くても車の方が良いかも。体力もだけどなにより気が楽」

彼女がしみじみと言った。

「 そうだよな。引率が疲れてちゃ次どっか連れて行こうって気が失せるもんな」

俺18になったらすぐ免許取ろう。俺に今後誘いがかかるかなんて分からないけど、いざと言う時の為だ。今から小遣い貯めとこう。

彼女と距離をとるため二人の間に肘掛を出していたのだが、そこで不意に腕が触れた。

「 ごめん」

反射で大げさに腕を引いてしまい、何気なく振舞うことも出来ない。

彼女は苦笑している。こんな些細なことまで意識している俺を笑っているのだろう。

俺の日焼けした腕と一瞬並び触れた彼女の白くて柔らかい腕は、めちゃくちゃ細く見えた。

この頼りない腕が何かに縋りたい時、支えて、守って抱きしめて、安心させてやれるのが俺だと良いのに。どんなにそうなりたいと切望して努力しても、やはり高校生の俺では駄目なのだろうか。








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