どうなってんだろうな
部活が終わり、自分の部屋に一人の時など特に、彼女のことを考えて死にそうに辛くなることがあった。
考えないように努力しても無駄で、何も行動できず凹むだけの情けない自分と向き合うのも嫌で、暑いと言い訳してリビングで勉強するようになった。
あの親ふたりがいる場所では泣きたい気になどならなくて済むし、涼しいので実際勉強もはかどった。そしてやっていることが勉強だと話しかけられない。
彼女と太朗のことを適当にごまかし続ける俺を、心配げな顔で窺うふたりに詮索する隙を与えたくなかった。
それでも夏休みが終わると、政木の詮索からは逃れられなかった。
「 おい、なーんで電話でねえんだよ。もしやまだ彼女に連絡出来てねえのか?」
黙った俺を見て政木が呆れた。
「 お前なあ。救いがたいヘタレっぷりだな。やりたいだけの男説が彼女の中で確定して本気で嫌われるぞ」
「 もう嫌われてんじゃねえの。見てもくれなくなったし」
政木のそれ見た事かと言いたげな、しかも憐みを含んだ視線が嫌だ。
「 あーやっぱりな。あのタイミングで時間が合わねえとか不自然すぎだもんな」
「 ねえ、でもそれ誤解なんだから訂正したら良いんじゃないの?」
夏休みが明けても日焼けのひとつもしていない斉藤が不思議そうな顔をした。政木から大筋は聞いているのだろう。
「 そうだよ。だからお前はへたれなんだよ。なんで連絡しねえんだ」
そんな簡単にできりゃ悩んでねえよ。
「 知らん」
「 知らんって。自分のことなのに。まあ、でも本人が良いんなら良いんじゃないの?君も諦めさせたがってたじゃないか」
「ま、そう言えばそうだな。良かったな、嫌われて。これですっきり諦めがつくだろ」
「つく訳ねえだろ。こんな状態で」
溜息を吐きながらそう答えると、政木と斉藤が同じ様な呆れ顔で俺を見ていた。
「じゃあ連絡取るしかねえだろうが」
「 俺もそう思うよ。なんかしなきゃ何も状況は変わらないと思うけど。そして君には電話するか、幼稚園に行くかしかないよね?」
確かに。分かってはいるんだけどな。
「 分かってるって言いたげだね。でもさあ、相手はいい歳なんだからさ、そうのんびり凹んでもいられないと思うけどなあ」
「 そうだな。お前がウジウジしてる間に、見合いでもして今度は本当に人妻になっちまうんだろうな」
「 意外に、秋吉と離れて寂しくなっちゃって、宮本先生の所に行っちゃったりしてね」
「 まあ宮本と結婚ってことはねえだろうけど、セフレ扱いとかは平気でしそうだな。嫌ってるだけに」
二人のいい加減な掛け合いを聞き流せず立ち上がった。
「 電話してくる」
宮本と彼女が寝るなんて、例え身体だけの関係でも絶対許せねえ。
斉藤に彼女仕事中じゃないの?と止められ、夕方幼稚園に行くことにした。
電話をかけたとして、もしとってもらえなかった場合、2度目をかけられる自信がなかったし、直接会いに行く方が確かに俺には良かったかもしれない。
彼女が俺を嫌がっているとしても、太朗が居ればそれほど露骨に態度に表すこともないだろう。
盆休み後は時間いっぱい死ぬほど泳いでいたが、久しぶりに途中で部活を切り上げた。
正門を出るあたりからすでに心臓の打つ音がマックスに近づいていた。
落ち着け俺。今からこんなになってちゃ、彼女が来る頃には死んでるぞ。
ばくばくと心臓を鳴らしながら突っ立っているのも居たたまれず、駐車場の端の低いブロック塀に寄りかかるようにして彼女を待った。
まばらな園児の迎えの車が2台帰っていった頃、彼女の車が入ってきた。
白い軽が近づいて来て、運転席から彼女が俺に気付いたことを確認してから立ち上がった。
俺を見つけた彼女は、困ったような嫌なような嬉しいような哀しいような顔をした。つまり、どう思っているのか良く分からなかった。
彼女は俺から視線をはずし、車を白いラインの間に突っ込んでエンジンを切った。
こっから無視されたらどうしよう。俺追いかけて声かけられるかな。無理かもな。
だが、彼女は運転席から降りてくると、笑顔で俺の前に立った。
「 日焼けしたねーお兄ちゃん。今日は夕方までだったの?」
「 え、ああ。そう」
本当にいつも通りの可愛い笑顔で、さっきの顔とのギャップに戸惑う。
「 太朗連れて来るね。一緒に入る?」
「 いや、待ってるよ。おばちゃんに捕まると長いし」
「 そう?じゃあ待っててね。すぐ来るから」
彼女は笑いながらそう言って、園の中へ入って行った。
驚くほどに以前通りだった。どうして俺を見なかったのか、時間が合わないと嘘を吐いた俺に彼女が何を思ったのか、尋ねられる雰囲気ではなかった。
どうなってんだろうな。
太朗は俺が来たことを喜んでくれた。不思議そうではあったが。
「 おにーちゃんぷーるはー?」
一頻り飛行機で振り回してから、そのままシートに降ろすと、太朗が言った。
ああ、部活があるから俺が来ないって聞いてたんだろうな。太朗は彼女が俺を見ない間も手を振ってくれていた。こいつのおかげでなんとか課外をサボらずにいられたのだ。無邪気な顔を見ていると無性に愛しかった。
「 プールしてきたよ。今日はもう終わった」
太朗の小さい頭をぐりぐりなでながら、彼女の方をチラリと見て付け足した。
「 明日から試験なんだ」
これは本当だが、別に言う必要なかっただろ。言い訳がましく聞こえたんじゃないかな。
この期におよんで、偶然時間が合ったように見せようとしている自分に気付いた。
誤解を解くには彼女に会いに来たって言うべきなのに。
受け入れてもらえなくても関係ない、好きだから会いに来てるんだって。
しかし微笑んだ彼女は、俺の言葉にほっとしている様にも見えた。
「 そうなんだー。休み明けの試験かー懐かしいなあ。まあ、もう受けたくはないけどね」
明るく自然な表情でそう言う彼女に、まあ元通りの状態に戻れるのならわざわざこの雰囲気を壊さなくても良いのかなと、複雑ながらも少し気楽になり答えた。
「 俺も受けたくねえ」
「 頑張ってよ、高校生」
彼女が俺に笑いかけた。




