きちゃったじゃない!
朝一番に、車から降りた宮本を殴ってきた。
元からそう他人に腹を立てることもないし、他人を殴るなんて勿論初めてだった。それに、以前政木が、鍛えてない奴がなんかを殴ったら簡単に骨折するって話をしていたのも有って、殴ると言うより体当たり的だったかも知れないが、宮本は腹を押さえてうずくまって十分痛そうだったし、俺の手も大丈夫だった。
「 はあ!?きちゃったじゃない!駄目じゃん!昨日のうちに止めとけば良かった。どうしよう。お兄ちゃんが、停学」
彼女は咳き込みながら焦り始めた。
「 ねえ、ほんとに寝たほうが良いんじゃねえ?」
「 寝ないってば!それどころじゃないでしょ!」 怒鳴られたが、俺を心配してくれているのかと嬉しくなる。にやける顔が我慢できない。
もし今、面と向かっていたら、きっと更に怒られている。
「 なんで?無理矢理ホテルに連れ込まれたんだから殴っていいだろ?」なんで駄目なの?
「 あたしとお兄ちゃんが仲良くしてるって、サダオ知ってるの?」
そういやそうだな。携帯拾ってくれただけの人のために殴りかかるのは不自然かもな。
「 いや、知らねえと思うけど。まあ、良いんじゃない?」
「 なんでよ」
物凄く怪訝そうな声が聞こえた。相当顔を顰めているはずだ。
「 俺が停学にならなきゃいいんだろ?俺が弱み握ってんだから、殴られたこと人に言ったりしないんじゃねえの?誰も見てなかったし」
しばらく静かな間が有り、彼女が溜息を吐いて咳き込んだ。
「 あいつが無理矢理だって自覚してればね。暢気にシャワー浴びてたくらいだから、弱みだとも思ってないかも」
彼女と合意の上でホテルに入ったと思ってるってことか?あんなに切羽詰った顔してる人間を目の前にして無理矢理だと自覚出来ないなんて有り得ないだろ。馬鹿だとしか思えない。
「 ・・・・阿呆すぎて、俺にはあいつの考えは分かんねえ」
「 気持ちは良く分かるよ。サダオに電話して、お兄ちゃんになんかしたら、レイプされたって訴えるっていっとくわ。無理矢理だったって自覚すれば、反省するような奴だから。まあ、それも理解させるのが大変なんだけど」
面倒臭そうな声だったが、なんかムカついた。
「 宮本のこと良く分かってるね」
レイプ犯だと偽証してもいいと思われてるのはざまあみろだけど。
「 分かる自分が嫌になるわよ」
ふと気付いた。 あんなに嫌がっときながら酔っ払って番号交換してんじゃん。
「 宮本の携帯番号知ってんだ?」
思いのほか意地の悪い声が出た。俺!小さすぎだろ器が!
「 知らないわよ。サダオのお父さんの名前はうちの親に聞けば分かるから、自宅の番号調べられる」
彼女が呆れた様な声音で否定してくれたが、幼馴染宮本との強固な縁を感じてやるせなかった。
「 ふーん」
素っ気無い俺の返事を受け、嫌な沈黙が流れた。
「 じゃあ、えーと、なんかごめんね。またね」
ああ不味い。彼女の声のトーンが低くなったのは、どう考えても俺の態度が悪いせいだよな。
「 ねえ」
とり合えず電話を切られないように、彼女を呼んだ。
「 何?」
「 もう寝るの?」
「 寝ない。一日中寝てて、全く眠くないし、熱も下がったし」
それなら。意を決して声に出した。
「 じゃあ、もうちょっと話してても良いの?」
予定していた優しい声にはならなかった。緊張でさっきみたいな不機嫌な声になってしまった。
「 え?」
もうちょっと話していたい、と頑張って、今度こそ穏やかな声で言おうと思ったのだが、彼女の慌てた声に遮られた。
「 あ!駄目だった!早くサダオに電話しなきゃ。携帯じゃないから、遅くなったらかけられない。じゃあね、お兄ちゃん」
「 え、ああ」
「 またねー、ごほごほ」
最後は咳の音であっさり電話が切れた。
まあ、こんなもんかな。
今から宮本と話すのかと思うとムカつくけど、それも俺のためだ。
残念だったのは確かだが、嫌われてなかったんだから上々だろ。
そう自分に言い聞かせてはみたが、俺の中で重大事件だった一昨日のキスが、彼女にとっては些細な事だったんだろうなと、やっぱりへこんだ。




