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何やってんの?


「 吐いて。そんな状態じゃいつまで経ってもタクシー乗れないよ」 

夜中も電気がついている比較的綺麗な公衆トイレへ彼女を押し込み、入り口に立った。

変な奴がトイレに入らないか気にしながら、トイレ脇の自販機でお茶のペットボトルを買う。

心配するまでもなく、くそ暑い公園に人気はなかった。

一人で考え始めると再び腹立ちと呆れと、どうしようもないやりきれなさに涙が出そうだった。

信じられねえ。気もない男とあんなになるまで飲んで、ホテルに連れ込まれたあげく、旦那を呼べないからって近所にいる俺かよ。

マジでそうなの?そんな人なの?

個室の中で途切れず水を流す音がする。吐けているのだろう。少しは気分がよくなるはずだ。しばらく休ませたらさっさとタクシーに乗せよう。


物音がしなくなり5分を越えた頃、我慢が出来なくなって個室の前に立った。

「 ねえ、起きてる?」 

「 ・・・うん、ごめん、出る」 

まだ辛そうだ。ドアが開いた。彼女の顔に少しだけ血の気が戻ってきていた。

吐くときに邪魔だったのだろう。髪をまとめる余裕もあったようだ。少し乱れた黒い髪が後頭部で適当にくくられていた。

「 歩けるの?」 

「 ・・・つかまって良い?」

腕を差し出すとうつむいたままもたれかかるように掴まってきた。ノースリーブからのびる少し汗ばんでしっとりと冷えた白い腕が、俺の焼けた腕に密着して艶めかしかった。

水道のところまで連れて行くと、彼女は俺から離れ、流しにもたれかかるようにして、口をゆすいだ。

しつこく口をゆすぐ彼女を眺めていると、今度は顔を丹念に流し始めた。そして胸元のボタンを2つ開け首筋まで流し出した。

「 何やってんの?まだ酔ってんの?服ビシャビシャじゃん」 

彼女の手を横から掴んでその作業を無理矢理止めさせると、彼女が我に返ったように濡れた顔をあげた。俺がいるの忘れてたな絶対。


「 俺がいるの忘れてたろ?何やってんの?風呂じゃないよここ」 

細い手首を掴んだままそう言うと彼女が俯いた。

「 ごめん、触られたとこ気持ち悪くて、いった」

思わず彼女の腕を握る手に力が入ってしまった。口と顔と首筋が気持ち悪いのかよ。そりゃ手で触られたってわけじゃなさそうだな。

はらわたが煮えくり返るってこういうことを言うんだろうな。宮本と、宮本に触られることを許した彼女に、むちゃくちゃムカついた。

腕を乱暴に放すと、彼女の白いノースリーブシャツのボタンをさらに2つ開け、襟元を掴み左右に大きく開いた。

幸運なことに彼女は中にぴったりしたキャミソールを着ていた。じゃなきゃ下着が全開で見えていただろう。

「 何?」 

酔っ払っているせいか反応が鈍い。

彼女を無視して片手で彼女の肩を流しのほうに押し、出しっぱなしだった水道の水をもう片方の掌ですくい、細い首筋に流した。

何度も何度も水をすくい首筋を掌で擦った。

彼女は流しに手をつき、黙って俺のされるがままになっていた。



結局俺が彼女をびしょ濡れにしてしまった。

「 寒くない?」 

「 大丈夫。おかげでだいぶ酔いが醒めた」 

外灯の届かない暗いベンチに移動しお茶を口に含んだ彼女が、まだ苦しそうな息を吐きながら言った。

「 何でそんなになるまで飲んだんだよ」 

「 ほんとね。馬鹿なことしたわ。あの子生んでから始めてだったの、お酒飲むの。それなのにサダオと合流なんて、自分が信じられない」

限界量が分からなかったってことだろうか。   

「 宮本とふたりだったの?」

彼女がぐったりとベンチの背にもたれたまま俺に胡乱な視線を向けた。

「 そんな訳ないでしょ。久しぶりに会う遠くに住んでる女友達と食事してて、あいつには偶然会ったのよ。ねえあたしが呼んどいてあれだけど、時間大丈夫?おうちの人心配してるんじゃないの?」

「 ほんとそっちが呼んどいてあれだな。アイス買いに出てたから大丈夫だよ」 

「 アイス買うには長くない?」 

「 立ち読みしてると思われてるよ。俺のことは良いから、続き」 

邪険に彼女の心配を流して先を促した。


「 続きって。えっと、でサダオが一緒だったのが、水泳部の顧問だって言うから、ちょっと気になって」 

「 はあ?」 気になってってあんた人妻子持ちだろ?

「 ほら、水泳部っていい感じのシステムになってるって言ってたじゃない?そういうの考える人なら好きかもなあと思って」 

ムカつきすぎて逆に頭が冷めてきたようだ。なのに今すぐ噴火しそうなほど腹の中が煮えくり返っている。これほど他人にムカついたのは人生初の経験だ。

「 残念だったね。あれ作った顧問そいつじゃないし」

冷たい俺の声に、彼女が分かってるというようにうなずいた。

「 そうなんだってね。話してて分かった。それで、帰ろうと思ったら歩けなくなってて、友達は最終に乗らなくちゃいけないし。その知らない人に介抱されるよりましかと思って」 

「 宮本に介抱させた訳?やっぱ馬鹿じゃないの?」 

彼女が恨めしそうに俺を見た。

「 そうね。馬鹿だった。サダオとだったらどんなにべろべろでも流されない自信があったんだけど」 

「 あんたに自信があったって、宮本にやる気があったらやられるだろ。そんな状態でどうやって抵抗するんだよ。宮本が無理矢理やろうって相手を放置してシャワー浴びるような阿呆だったから間に合ったけど」 

彼女が俺から視線を逸らした。

「 返す言葉もありません。反省してます。助けに来てくれて本当にありがとう」 

「 反省したって遅いってことになる寸前だっただろ!大体、俺んちから遠い場所だったらどうしてたんだよ!俺みたいな都合がいい奴が各地にいるのかよ!?」

彼女の不貞腐れた態度に今まで溜めていた怒りを抑えきれず怒鳴ると、彼女が驚いた顔をして俺を見た。

「 何言って」 

「 知らねえよ!浮気現場に旦那呼べないから俺呼んだんだろ?今度からは勝手にやってよ!人妻が男漁るのの後始末なんかしたくねえよ!」 

彼女が俺の言葉にめちゃくちゃ傷付いていくのが目に見えるようだったが、とまらなかった。

好きになった人がこんなだらしない人間だったと突きつけられ物凄く悲しかったのだ。そりゃ最初は見た目だけで好きになったけど、太朗と一緒にいるとこも他の可愛いとこも大好きだったのに。俺が好きになった彼女を貶められた気がしてやりきれない程ムカついていた。

彼女が泣きそうな顔で俺を見つめ、ポツリと呟いた。


「 あたし、独身だもん」 

そして、膝に顔を埋めて泣き出した。

・・・・・・・・なんて言った?









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