そして、可愛い
彼女も俺も予定がない日曜に、虫取りは決行されることになった。
俺は勿論早朝からでも良かったのだが、せっかくの日曜日に朝早くちゃ申し訳ないからと言われ、昼前の待ち合わせになった。
一応断ったが、今日も昼飯をご馳走してもらうことになってしまった。
「 お礼だもん、気にしないで」
コンビニまで迎えに来てくれたことと、昼飯の事で礼を言うと、車道に車を出しながら彼女が笑った。
「 いや、でも。俺、太朗と遊びに来たようなもんだし、お礼って言われても」
彼女はちらりと俺の顔を見て、もう一度嬉しそうに笑った。可愛い。きっと、俺が太朗と遊ぶつもりで来ていることが嬉しいのだろう。仲良くて嬉しいって前に言ってたし。
「 いーから、いーから。って言っても、今日はこの間とは違う店だけど、テイクアウトだし。高いものじゃないからほんと気にしないで。もう買ってきちゃったし」
確かに彼女の小さい車の中にはうまそうな匂いが充満している。
「 うまそうですね」
「 でしょー。美味しいよ」
彼女は楽しそうだ。太朗は今日も寝ている。コンビニに着いたときには爆睡状態だったので、まだ俺の顔を見てすらいない。昼からちょろちょろ飛び跳ねる力をためているのだろう。
「 虫って、捕まえて幼稚園に持っていくんですか?」
「 ううん、一度捕って観察したら逃がしていいんだって」
「 え?じゃあ、やってもやんなくても分からないんじゃ」
待て俺!何言ってんだ!それじゃ俺いらねえだろ!いらんことを言ってしまったと後悔する俺に、彼女が苦笑した。
「 そうだよねえ。あたしもそう思ってやるつもりなかったんだけど、太朗が先生に虫取ったか聞かれて、 おかーしゃんむしきらいなもん!って言ったんだって」
「 ああ、言いそう太朗」
彼女が沈んだ調子で続けた。
「 お母さんが虫嫌ってたら、子供もそうなっちゃうんですよ、頑張って、って言われちゃって。やらざるを得なくなってしまったのよ」
「 そんなに嫌いなんですか?」
「 うーん。子供の頃は大抵平気だったんだけどね。大人になって久しぶりに接近したら、もうそれは自分でも驚くほど駄目になってた。何でだろうね」
何でだろうな。
「 まあでも、おばちゃんの言い分もどうかと思うけど。太朗虫好きそうだし」
だんご虫探してたもんな。
「 そうよね?・・・でもやるしかないのよ」
まあ、あのおばちゃん先生がやれって言うなら、諦めてやった方が早いだろうな。
「 そうっすね。頑張りましょう」
彼女がびっくりした顔で俺を見た。
「 え?あたしも?」
「 俺だけでやっても、太朗に、おにーちゃんがとったって言われてすぐばれると思うけど」
彼女が悔しそうで情けない顔をした。可愛い。
「 うう。分かったわよう。・・・・頑張ります」
あまりの可愛さに、にやけそうになる顔を堪えるのに苦労した。
「 でも、じゃあ、バッタは止めて。あれは駄目。どれも駄目だけど、バッタは勘弁してー」
本当に嫌そうな顔と情けない声に我慢できず、結局吹き出してしまった。
「 分かりました」
彼女がまじまじと俺を見つめた後、前を向いて黙ってしまった。
笑ったことで気を悪くさせたのかな。どうしよう。
悩む俺に、こっちを見ない彼女が言った。
「 お兄ちゃん、笑うと高校生のぴちぴちの威力がすご過ぎて、直視できない」
「 え」
ぴちぴちの威力って何?なんで不服そうなの?俺はどうしたら良いんだ。
「 うう、お兄ちゃんは悪くない、今のままで良いです」
こっちを見てくれないまま、彼女はそう言った。
高校生の自分を軽く否定された気がして、ちょっとへこんだ。
「 あーおにーちゃーん!ひこーきしゅるー!」
この間とは違う公園に着き、彼女が揺り起こすと、俺を目に入れた太朗が開口一番叫んだ。
「 お前、いきなりか」
そう苦笑しながらも、俺を見て喜んでくれているのは嬉しかったので、靴を履いた太朗を後部座席から直接持ち上げた。
「 きゃーーー!」
今日もご機嫌に喜んでくれる。ぶんぶん頭上で振り、すぐに飛行機の体勢を維持できなくなった太朗をそのまま肩車して、笑う彼女について歩き始めた。
「 良かったね、太朗。飛行機と肩車楽しみだったもんねー」
彼女が声をかけると太朗が答えた。
「 ぼくかたぐるましゅきー。たのしみー」
二人が嬉しそうだったので、俺も嬉しかった。
いきなり虫取りを始めることを彼女が拒否したので、まずは腹ごしらえということになった。
据え付けられたベンチとテーブルで彼女が広げたうまいランチをたいらげた。
今日は太朗も、食べたり走ったり、食べたり遊んだりと、勝手な感じでやっていた。
ちょいちょい遠くまで行ってしまうので、彼女と交代で走って捕獲に向かった。
「 ああ、やっぱりこっちの方が楽」
この間のお好み焼きのことだろうなと思った。
「 太朗も楽ですよね」
じっとしてろって煩く言われないで済むし。
彼女が、でかいカップ入りコーヒーのストローをくわえる俺を見てにっこり笑った。
「 うん、そうだよね」
彼女が俺の目を見て笑うその顔こそ、すごい威力で直視出来ないんだけど、どうしたらいいんだろう。
ストローをくわえたまま、熱の集まる顔を彼女から隠す為俯いた。
「 ご馳走様でした」
コーヒーも飲み終わったので、ついでに頭を下げた。
「 いいえー。今日はよろしくお願いします」
「 あ、はい。了解です」
正面で深々と頭を下げ返されたので、ちらりと彼女の顔を見上げ答えると、彼女はまた俺を見て笑ってた。
今度のはあれだ。少年よ、可愛いな、の顔だ。
恥ずかしさで余計に顔が熱くなった。俺!どれだけ赤面すれば気が済むんだよ!情けなさ過ぎるだろ!
気を落ち着けるのには太朗を構うに限る。
「 おーい太朗。虫いるかー」
少し離れた場所でぴょんぴょんしている太朗に声をかけた。
「 いるー。ばったー、いっぱいー。ちょーちょもー」
「 バッタいっぱいいるって」
そう言いながら彼女を見ると、物凄く渋い顔をしていた。面白くて可愛くてまた笑ってしまったが、今度は彼女も普通にしていてくれた。
と言うかきっと、今彼女の頭は俺の顔のことなんかより虫の事でいっぱいだ。溜息を吐いている。
「 いやー、バッタは観察したくない。困った」
「 ちょうちょは?嫌いですか?」
彼女が情けない顔で俺を見上げた。可愛いーどうしよう。
「 ちょうちょうも出来ればパスしたいです。ごめん」
なんか本当に申し訳なさそうな感じだ。ちょっと気の毒になってきたな。
「 いや、俺に謝らなくても。俺は全然いいですから」
いいってなんだよ俺!意味分かんないだろ!
しかし彼女は、意味の分からない俺の言葉に嬉しそうに笑ってくれた。
「 ありがと。ほんとにどうやったらこんな優しいお兄ちゃんが出来上がるんだろうね。太朗にも是非お兄ちゃんみたいになって欲しい」
え。
以前にも言われたことはあるはずだけど、太朗以下云々は本能で耳を塞いだけど、唐突な真正面からの褒め言葉に心臓が跳ねあがって、声が出なくなった。
「 しかも力持ちだし、虫大丈夫だし、身体も顔も良いし、」
俺は今真っ赤だ。自信がある。
「 そして、可愛い」
彼女がおかしそうに笑っている。
詰めていた息を吐いた。
「 ・・・・からかわないで下さい」
情けなく不貞腐れてそう言うと、彼女が慌てだした。
「 違うよ!からかったんじゃなくてほんとに思ってるんだから。怒らないでよ、お兄ちゃん。今お兄ちゃんを怒らせちゃったら私困っちゃうー。虫がー。お兄ちゃんごめんよー。機嫌直して助けてよー」
その可愛い必死な様子と、虫がー、のとこで可笑しくなって、最終的に笑ってしまった。
「 じゃあ頑張りましょう。観察できる虫教えて」
「 おにーちゃーんてんとーむししゃーんいーたー!おかーしゃーん」
太朗が呼んでいる。彼女を見た。
「 てんとう虫は?」
彼女が俺の目を見返して、力強く頷いた。
「 いけそうな気がする!てんとう虫にします」




