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いや違うだろ


結果は上々だった。

スタートラインでちょっと出遅れたが、おばちゃんも手伝ってくれて太朗は意外にすんなり飛行機になった。


太朗を頭上に持ち上げると園庭の周りがどよめいて笑いも起こった。当然だな。第1組だし。だが、応援されてやる気が出るタイプの俺は俄然張り切った。

「 きゃーーーー!」 

太朗の楽しそうな興奮した叫び声も俺のやる気を増幅させた。他の走者は結構前に行ってしまっていたが、本気で走っている奴はいない。

「 太朗行くぞー!」 

「 きゃーーーー!」 

太朗を持ち上げたままなので大したことはないだろうが、出来る限りの速さで走りだした。

「 頑張ってー!」 

おばちゃんにも応援された。


俺らの様子に気付いていない、前を走る走者を次々に追い抜くが、長いと思った距離が全員を追い抜くには短く感じてきた。

疲れて飛行機の体勢を維持できなくなったらしく、太朗の身体から力が抜けてきた。

「 太朗!おんぶするか?」

「 いーやー!ぼくひこーきなもーん!」  

肩と背中にふにゃふにゃの太朗号を乗せ、少し前かがみになってなんとか飛行機の形を保った。

腕の重さがほぼなくなってかなり楽になった。あとひとりー!

しかし幼稚園のグラウンドは無常にも小さかった!距離が足らず俺と太朗は2位でゴールしたが、かなりの拍手をもらえて俺も嬉しかった。

「 太朗面白かったか?」 

「 うん!ひこーきおもしろかったー!」 

「 良かったなー」 

しゃがんだ俺の肩と同じくらいの位置にある、にこにこの太朗の頭を片手でぎゅうと抱きしめた。

思わずやってしまった行為に我ながら驚いたが、太朗は全く気にしておらず、すぐに俺の背中によじ登り始めた。


競技が終わったら列の後ろに並ぶのが当然だろう。太朗に登られながらしゃがんでいた俺をおばちゃんが呼んだ。

「 太朗君のお兄ちゃん!きてきて!さきちゃんと走ってー!」 

「 え?俺?」 

おばちゃんが早く早くと手招きしている。

「 ママしか来てらっしゃらないのよ!手伝って」 

おおーマジかよ!おばちゃんこの競技で使いまわすために俺誘ったんだな。

さきちゃんて子はスタートラインにひとりで立って心細そうにしている。

行くしかないじゃんよー。選択権はないのかよ。

まあいいか。走るの嫌いじゃないし、今度は1番になろう!


それから全園児が走り終わるまで、後3回走らされた。

大学生ぐらいの青年と、見るからにスポーツマンの異常に身体がでかい父親もおばちゃんに目をつけられ、何度か走らされていた。

俺と太朗のせいか、飛行機になる子供も多かったが、俺は回数多く走らされた分を考慮されたのか、体重の軽そうな子ばかりを宛がわれたのでなんとかなった。

が、疲れた。計5回、しかも子供を抱えて休む暇なく。グラウンド小さくて良かった。幼稚園バンザイ!



お婆さん先生の横で待っていた太朗と手を繋いでシートに戻ると、彼女が笑って迎えてくれた。

「 お疲れさまー。大変だったね。大丈夫?」

「 はあ、はい、大丈夫です、けど、疲れたー。腕がパンパンだ」

シートに座ってぐったり息を吐いた俺に、彼女が笑ってタオルを差し出した。

「 あ、ありがとうございます」 

受け取ったタオルは濡れていて冷たかった。きっと俺のために濡らして来てくれたんだろう。もしかしたら太朗用のお絞りだったかもしれないけど。

ありがたく汗をかいた顔を拭うと、冷たくて気持ちよかった。

「 はー」 気持ちいい。タオルを顔に乗せて涼んでいると彼女が笑った。

「 はい」 

彼女を見ると、水筒からお茶をついでくれてた。うわーなんかカップルみたい。タオルで顔を隠しながら受け取った。

「 はい、太朗も」 

「 おちゃのむー」

太朗がちょこんと正座して取っ手のついたコップからお茶を飲んだ。俺の目に衝撃映像が飛び込んだ。


「 コップがおでこにささってるし」

太朗が俺のせいでお茶をこぼすといけないので、必死に笑いを堪えた。

太朗の小さい顔がほとんどコップに隠れている。コップの下から小さい下唇だけが見えていた。

正座で口とおでこにコップの端をさして、ごくごくと必死にお茶を飲む子供は可愛かった。

「 お前可愛いなあ」 

太朗がコップを下ろし俺にふくれっ面を向けた。

「 かわいーなない」 

「 ああすまん、かっこいーです」  

太朗が満足げな顔をしたので、また吹き出すのを堪えた。

「 ひこーきしゅるー」 

「 え?ひこーき?マジで今?お前空気読まなすぎだろ、俺疲れてんだよ、ちょっと待って」

「 ねーねーぼくひこーきしゅるー」

すでに立ち上がって立った飛行機になってスタンバイしている。 

「 おまえはー、しょうがねえなあ、ちょっとだぞ」

立ち上がりシートから太朗を持ち上げつつ、人のいない方へ少し離れる。

ぶんぶんと左右に振りながら高く上げていくと太朗が興奮した。

「 きゃーー!」 


太朗を頭上で振り回すので、彼女に太朗の足の裏からゴミでも落ちないかとチラリと確認したつもりだった。

「 おわ?」 

彼女が両手で持ったタオルに顔を埋め、立てた膝に突っ伏していた。

「 どうしたんですか?気分悪い?大丈夫ですか?」 

焦って太朗を下ろし彼女の正面に屈んだ。

「 おかーしゃん、ねむいのー?」

いや違うだろ太朗。たぶん違うぞ。

「 何でもないよ。ごめん大丈夫ー」

彼女はタオルに顔を隠したまま言ったが、声が震えていた。まるで泣いてるように。何で?

どうしていいのか分からずオタオタしていると、閉会の集合がかかった。

「 ほらお兄ちゃんと行ってきて」 

彼女は俺の方を向かず太朗にそう言った。

「 はーい」 

彼女の様子が気になりながらも、太朗に手をひかれて立ち上がった。




解散の挨拶が終わって戻ると、彼女はいつもの様子に戻っていた。

「 ごめんねさっき。気にしないでね」 

気まずそうな恥ずかしそうな笑顔で言われた。

「 大丈夫なんですか?」 

詮索してる風にならないよう、努めて素っ気無く聞いた。

「 うん、体調悪い訳じゃないから大丈夫」 

いや、それこそかなり心配ですけど。でも太朗もいるし、しつこく聞くことも出来ない。

「 そうですか」 

彼女が俺の顔を見て苦笑した。しぶしぶ感が顔に出ていたのかもしれない。

「 お兄ちゃんと太朗が仲良くしてるの見て、嬉しくなっただけよ」

「 え?」 

彼女はすでに太朗を追いかけて駆け出していた。

俺と太朗が仲良くて嬉しくて泣いたってこと?そんなことあるか?

冗談なのか、本当のことなのか、俺には分からなかった。 

  


「 お兄ちゃんの家から離れるけど、あっち側でいい?テイクアウトだけどおいしいとこが公園の近くにあるの」

車に乗ると、そう彼女が言った。

「 あ、俺はどこでも良いです」 

「 苦手なものとかない?」 

太朗がたぶん寝るからと、助手席に座らされた俺は考えた。

「 あー、うーん。あ、ところてん」 

彼女が吹き出した。

「 ところてん食べられないの?」 

「 はあ、食えるけど、苦手です。他は大丈夫です」 

彼女がくすくす笑いながら言った。

「 好き嫌い少ないんだねえ。ところてんは置いてないから大丈夫」 

相変わらず笑っている。良かった。さっきは泣いてるみたいでどうしようかと思ったけど、もう本当に大丈夫みたいだ。

彼女が俺の顔を見て微妙な顔になって前を向いた。

しまった。嬉しかったからつい彼女の顔をみながらにやついてしまった。気持ち悪かったのかもしれない。

ちょっとした沈黙が訪れた。


思えばよくこんなに会話できるようになったもんだ。

車中に二人きり、しかも初めて隣あって座ってるのに。まあ未だに激しくばくばくはしてるけど。あ、違った二人きりじゃないんだったぞ。

思い出して後ろを振り返ると、太朗が口を開けて寝ていた。

「 おわ、もう寝てる。車出して3分も経ってないのに」

「 え?もう寝たの?」 

思わず声に出して呟くと、彼女も後ろを振り返った。

いや、待って!俺も後ろ向いてるしまだ。急いで顔を戻そうとすると、鼻先をかすめそうなほど近くを彼女の顔が通り過ぎた。

うわ、危なかった。事故が発生するところだった。軽危険。軽狭すぎ。


ばくばくして助手席で固まっていると、すぐに前に向き直った彼女が言った。

「 ほんとに、今日は有難うね。太朗もすごく楽しそうだった。あんなに興奮してるの見たの初めてかもしれないわ」 

なんだか嬉しいっていうより切なそうな声音だった。

「 飛行機ですか?」 

「 うん、すごいねえ男の人って。あたしあんなこと出来るなんて思ってもみなかったもん」 

今度は感慨深げだった。旦那よ。どんだけへなちょこなんだよ。待てよ、斉藤タイプなのかも知れないな。太朗も小さいし。

「 子供の頃親父に良くやってもらってたんで」

「 そっかー。うち父親も腰が悪いからねえ。あたしがやって貰ってないから思いつかなかったのねえきっと」 

「 でも、女の子はそんなやってないかも。高いところ怖い子だと嫌だろうし」 

彼女がちらりと俺を見て微笑んだ。

「 そうだね」 









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