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しゃんしゃい!

「 電話できたんだろ?なんでそんなにどんよりしてんだよ」 

政木に怪訝な顔をされた。

「 旦那さんの存在を目の当たりにして落ち込んでるんだって」 

「 あほだなーお前。分かってたことだろ」 

そうだな政木。だからお前は止めとけって言ってんだよな。

「 分かってるよ。今はどうにもならないけど、やっぱり諦める方向で頑張る」

「 え?そうなの?まあ、俺もその方が良いような気がする。君、辛そうだし」 

「 おう。そうしろ。礼したらきっぱり忘れろ」 

うう。礼なんて、余計なこと考えるんじゃなかった。

彼女に会える放課後が待ち遠しい。でも、やっぱり親しくなればなるほど辛さも倍増するのを実感した。



「 こんにちはー。か、こんばんはか悩む時間だねー」

彼女がにっこり微笑みながら車から降りてきた。今日は膝丈のスカートにシンプルな女っぽいTシャツだ。可愛い。

なるべく目立たないように駐車場の端っこで待っていたが、やはり幼稚園に制服姿の高校生は異質だった。

一斉降園の時間でなかったことが救いだ。前の通りの通行人はともかく、幼稚園の関係者の出入りはほとんどなかった。

「 こんにちは」 

俺も挨拶すると、彼女が近づいてきて俺の顔を覗き込んだ。

見られてるのは多分顔じゃなくて髪だったけど、緊張した。

「 また髪濡れてるね。あーもしかして、まだ部活終わる時間じゃないんじゃないの?」  

「 あ、でも大丈夫です。今日学校昼までだったから結構泳いだし。これ、太朗君と食べてください」 

俺が言って紙袋を差し出すと、彼女は申し訳なさそうに眉を下げてそれを受け取った。

「 ありがとうございます。 何かごめんねー、わざわざ。部活までサボらせちゃって。この前もそうだったんでしょ?怒られない?」

丁寧に小さな頭を下げる姿が可愛くて悶えそうだったが、なんとか質問に答えた。

「 厳しい部じゃないんで問題ないです」  

「 そうなの?あ、これ太朗大好きなのよー。喜ぶわありがとう!ちょっと待ってて、太朗連れて来るから」

彼女が綺麗な髪を揺らして紙袋を覗き込み、それから可愛い笑顔で俺を見上げた。

「 あ、はい」

政木でかしたぞ。お前の甥っ子と太朗の好みが合ったみたいだぞ。


彼女が園の門の中に消えた。けどすぐ出てきた。そして、俺を手招きしている。

「 一緒に入ろう。そこで立ってるの恥ずかしいでしょ」 

幼稚園に踏み込むのもためらわれたが、確かに恥ずかしいので彼女に従った。



「 あーおっきいおにーちゃーん!」 

帰り支度をして靴箱の近くに立っていた太朗が、俺を見つけて飛び跳ねた。

いつも車に座っていたので、太朗の動く全身像を始めて見た。

彼女の子供らしく、顔が小さく体型も細めで、数えられるくらいしか残っていない室内の他の子達と比べても、可愛らしく活発そうな子供だった。

「 こんちは」 

太朗に軽く手を振って言うと、太朗が靴を両手にひとつずつ持ったまま「 こんちあー!」 と飛び跳ねながら廊下を進んできた。

「 あこら、太朗!靴はきなさい!」 

廊下に外壁はなく全体が園庭に繋がっているが、靴は靴箱の近くで履くことになっているようだ。 

太朗が跳ねながら戻って行った。元気だな。

「 お兄ちゃんがくれたよー」

彼女が太朗に紙袋の中身を見せると、太朗が物凄く嬉しそうな顔をして俺を見た。

彼女に促され、俺にむかって「 ありあとー!」と叫んだ。凄いな、駄菓子。

少し離れた場所で二人を眺めていると、教室の中から彼女に気づいたおばちゃん先生が出てきた。


「 こんにちはー三浦さん。今日も太朗君は元気いっぱいでしたよー。あら?」 

おばちゃん先生が俺に気付いて首を傾げた。太朗が靴を履き終わり、俺のほうに跳ねて来る。

面白れえなあ小さい子って。脚のばねどうなってんだ?

「 おにーちゃーん!よーちえんにあしょびにきたのー?ぷーるしたー?」 

「 え?ああプールか。したよ」 

彼女は時々こちらを振り返りながらおばちゃん先生と何か話している。俺の説明でもしているんだろう。

彼女の方を窺っていると、不意に何か柔らかいものが手にふれた。見下ろすと太朗が俺の手を握っていた。

そして一生懸命引っ張っている。なんだこのふにゃふにゃのちっさい手は!可愛すぎるだろ!

めちゃくちゃ小さくて柔らかい手から与えられる何とも言えない愛しさは衝撃的で、俺にこんな母性のような感情があったのかと驚かされた。

「 おにーちゃんうごかしてー」

「 何を動かすんだよ。どうしたんだ?」 

太朗の日本語は難解だ。

「 ぼくのぷーるきいてー。おいれー」

「 お兄ちゃーん。太朗、お兄ちゃんにプール見せたいんだって!見てやってー」 

なんだそういうことか。

太朗にひっぱられるまま園舎の奥のほうに向かった。


「 ぼくのぷーるー」 

意外にでかいプールだった。

「 なかなか良いな」

太朗は気が済んだのか、しゃがんでその辺の石をひっくり返し始めた。

彼女のほうを窺うと、まだおばちゃん先生と話中だ。

俺も太朗の近くにしゃがみ込んで尋ねた。

「 なにやってんだ?」 

「 ころころぬししゃがしてるんなもん!」

俺は石ひっくり返しマンを見ながら結構長いこと悩んだ。期末の日本史の4択くらい悩んだ。そしてついに分かった。


「 ・・・・・・だんごむしか!あースッキリした。俺すげえな、なあ太朗。俺すげえだろ?だんごむしだろ?おい、太朗ってば」

太朗は全く俺の声が耳に入っていない様子で石をひっくり返しまくっている。   

「 ぜんっぜん聞こえてねえな。耳にふたついてんの?お前の日本語って、古文くらい難しいよな。どうやってしゃべってんだ?」

「 ぼくねえ、にんげん!」 

俺の顔を見上げて、全開の笑みで言われた。

思わず吹き出した。可愛すぎだろ。

「 確かに!お前は人間だな!俺もだ。お前すげえな、俺を吹き出させるなんて。太朗お前、としは?」 

俺が聞くと太朗がきょとんとした。

「 太朗、何歳?」 

「 ぼく、しゃんしゃい!」 

元気に片手を突き出して言ったが、指が4本立っている。まずい、顔がにやける。

「 どっちなんだよ。お前可愛いなあ。計算してやってんのか?」

太朗が俺の冗談など理解できるはずないのに、俺を睨んで頬を膨らませた。

「 あはは何怒ってんだ?やっぱ計算だったのか?」 

可愛いだけの怒り顔につい笑いながらふざけると、太朗が唇を尖らせて言った。

「 かわいいなないよ!ぼくおとこのこなもん!かっこいいなもん!」 

「 そこか!」   

太朗に突っ込みを入れたところで、背後から吹き出す可愛い声が聞こえた。

振り返ると彼女がいた。何故かおばちゃん先生も。


「 うわ!」 

驚いて立ちあがった。一体いつからそこに。

彼女が笑いを堪えながら俺の考えを読んだ。

「 だんごむしに悩んでるとこから。かなり面白かった」

恥ずかしい。太朗と同レベルで会話しているのを聞かれていたなんて。顔が真っ赤になるのを感じた。

「 太朗くんお兄ちゃんとお友達なのねえ」 

おばちゃん先生が太朗に呼びかけた。

「 えーおにーちゃんしゃんしゃいじゃないよねえ」 

「 おう、三歳じゃない。絶対」

俺を真下から見上げて聞く太朗に小さく答えた。








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