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可愛いねえ

彼女との約束の時間まで1時間ほど。

いつも放課後俺が部活に行くのを邪魔して遅らせる政木を当てにして、部には今日休むと伝えてしまったが、当てがはずれた。

まあ政木と暇をつぶしたとしても、待ち合わせをどう誤魔化すかが難しいのでかえって良かったのかもしれない。

しかし一人で1時間。普段ならなんと言うこともない空いた時間が彼女のことで頭がパンパンの今は無理そうだった。

良し。やっぱりちょっと泳いでこよう。



泳ぎながらも、彼女になんて話そうかなとか考えてしまったけど、少しはスッキリした。

頭と身体を手早く拭って、適当に制服を着て部室を出た。

首にかけたスポーツタオルでまだ水が滴っている頭を拭きながら正門に向かう。

そう言えば敷地内関係者以外立ち入り禁止って書いてあったな。

彼女は関係者か?大丈夫だとは言ったけどどうなんだろう。迷惑かけたら悪いな。

というか、俺が幼稚園の駐車場で待てばよかったんじゃないか?

「 秋吉。珍しいな、サボりか」 

渡り廊下を横切ろうとすると宮本に捕まった。

こいつムカつく。俺の唯一の彼女との接点を奪いやがって。

「 サボってない。もう泳いできたし。なあ先生、携帯拾ってくれた人が学校に持ってきてくれるんだけど、勝手に入ってもらっていいの?」 

嫌々返事したついでに、こいつに聞いておくことにした。

「 泳いできました、だろ。手続き面倒なんだよな、ああじゃあ立ち会ってやるよ」

「 はあ?いいよ。小学生じゃないんだから」 

「 事務の先生に見つかってみろ。持ってきてくれる人にも迷惑だろ。かなり面倒なんだよ。お前着替えが適当過ぎだ、シャツ入れてボタン閉めてネクタイしろ」

「 見つからなきゃいいんだろ?すぐ済むし、いいよやっぱり。じゃあ先生さようなら」

頭を下げてさっさと宮本の脇を抜けようとしたが、肩をつかまれた。

「 待て、お前、挨拶だけ丁寧にすればいいってもんじゃないだろ。聞いてしまったからには見逃すわけにはいかん、俺も説教されるからな。正門入ったすぐのとこに居てもらえ、玄関回って行くから」 

宮本はそう言って校舎の中に入っていった。

失敗した。わざわざ聞かなきゃ大丈夫だったんじゃねえの。しかもせっかく彼女と会えるのに宮本がついてくる。

政木を回避したかと思えば今度は宮本。宮本も斉藤に頼んどけば良かった。

取り敢えず正門に向かってダッシュした。

   


正門を入ってすぐの駐車スペースに立って彼女の車を待った。

さっき宮本と会った渡り廊下からは、校舎の中を通ると結構距離がある。しかも宮本は教師だから校舎内を走れないし。

彼女が宮本より早く来てくれるといいんだけどな。濡れたタオルをバッグに突っ込みながら思った。

「 おーい、お兄ちゃん!」 

バッグに向けていた視線を上げると、彼女の車が目の前に止まるところだった。

全開の窓から彼女が俺ににっこりと微笑む。

「 ほら、こんにちはは?」 

一瞬俺が言われたのかと思ったが、助手席の子供に言ったようだ。

しかし俺もあせった。俺もまだ挨拶してないし。

「 こんにちは!学校まで届けてもらってありがとうございます!」

勢い良く頭を下げた。何とか幼稚園児より先に挨拶できた。

「 いーえー。ほら太朗、お兄ちゃんにこんにちは」 

「 こんちあー!」 

「 はいこんちあ上手。あ、携帯後ろだ、ちょっとごめんね」

彼女はドアの前から俺をどかすと、ドアを開けて外に出てきた。

うわー彼女が俺の前に立ってる。歩いてる。ちっちぇー。可愛いー。

彼女は平均女子より少しだけ小さめの様だった。さらに頭も小さくて、すごく痩せてるってわけではないけど骨が細い感じのせいか、間近で見るととても小さく感じた。

そのスタイルのおかげで遠目には実際より少し背が高いように見えていたようだ。 

彼女は俺に背を向け、というより尻を向け、後部座席の荷物をがさごそやっている。

ゆるいパンツをはいた小さめだけどむちむちっぽい尻から気合で目を逸らした。良かったスキニーじゃなくて、一瞬にして真っ直ぐ立てない事態に陥るところだった。


「 あった。ごめんねー、昨日のうちに気付いてたら朝持ってこられたんだけどね。職場でバッグ開けたら知らない携帯入っててびっくりした」 

彼女が俺の顔を見上げて言った。見上げるっていっても俺もそこまででかいわけじゃないからちょっとだけだけど。可愛い。

「 バッグに入ってたんですか?」 

俺入れてないよ。絶対に。彼女から携帯を受け取りながら心の中で否定した。

「 あはは。あたしバッグ投げるからね、中身全部飛び出してたんだよねー。それをまた適当に戻すからその時一緒に入れちゃったみたい。ごめんね」 

可愛く謝られて許さないわけはない。ていうか俺が落としたんだし。

「 いや、落とした俺が悪いし。昨日から色々スミマセン。ありがとうございました」 

「 そんな大したことしてないじゃん。園の隣なんだし1分もかかってないよ」

彼女がにっこり俺にむけて笑い、遠く校舎の方へ視線を流した。


「 高校って懐かしー。久しぶりに入った。皆部活してるねえ、いいなあ」

ここから部活中の奴らは見えないが、運動部の大声もバットがボールを打つ音も吹奏楽部の楽器の音も、確かに学校は部活の雰囲気に溢れている。 

自分らはこの騒音を当たり前だと思っているけど、大人になると懐かしく思ったりするのかもな。

校舎のほうを向く彼女の横顔を見ながら改めてそんなことを考えていると、ふいに彼女が俺を見た。

「 あれ、お兄ちゃんまた濡れてるじゃん。あ、泳いだの?わープールー?」

「 はあ、水泳部なんで」 

彼女が目を大きく開き、可愛く顔を輝かせて車内を覗き込んだ。

「 太朗!お兄ちゃんもプールしたんだってー。太朗といっしょだねー」 

「 ぼくぷーるすきなもん!」 

「 ねー。幼稚園のプール大好きなのよ。水泳してる男の人って格好良いよねえ。身体がすごいもんね」 

可愛い笑顔で俺の目を見て格好良いとか言われたので、顔が紅潮するのを感じた。せっかく今まで大丈夫だったのに。しかも、俺に言ったんじゃない。世のムキムキ競泳選手全部に向けた格好良いだぞ。それに俺の身体を見せた訳でもない。俺の身体を彼女が気に入るかも分かんない。赤くなるな俺。

彼女は俺を見て目を細めると、しみじみと言った。

「 可愛いねえ」 

違う。可愛いのは俺じゃない!俺じゃないのに!

赤い顔のまま脳内で悶絶する俺を見て彼女が何を思ったのかは分からない。俺が居た堪れなくて余所を向いてしまったせいだ。

彼女はマッチョが好きなのか?筋トレ頑張ろう。


 

無駄な決意をしていると、生徒は誰も使用しない正面玄関から宮本が出てくるのが見えた。あの野郎、せっかくのどきどきの時間に割り込みやがって。

「 どうもー!うちの生徒がお手間とらせてしまって申し訳ありません!」

彼女がぺこっと頭を下げた。あんな奴に頭下げることないのに。

「 ありがとうございました」 

俺も彼女に頭を下げて、車に乗るよう促そうとした。

別れるのは忍びないが、宮本と彼女が話すのは見たくない。

しかし宮本は走ってやってきた。

「 どうも。担任の宮本です。秋吉きちんとお礼言ったか?お前ネクタイしろって言っただろ」 

「 うるさいよ先生。どうもありがとうございました。先生さようなら」 

彼女にもう一度頭を下げ帰りを促しつつ、ついでに宮本を強制退場させようとしたが、彼女が笑い出した。

「 あはは。仲良いですね、いいなあ」

宮本がぼけっと彼女の顔を見ている。やばい、可愛い笑い声にやられたんじゃないだろうな。許さん宮本。


「 三浦?」 

宮本が何か言った。









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