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7.思い出した達成感

 

 さらに八匹を屠る。

 そして、俺の待っていた瞬間がやって来た。巨親蟹から逃げ、燃炎岩を避けつつ大蟹を倒していくのは骨が折れたが、何とかなった。

 先程よりも濃密な黒い煙が、俺の体から噴き出す。

 どうやら、また新しい変化が、俺に訪れたようだ。


 袖や裾などのローブの開いた場所から、黒い煙が溢れ出る。

 その黒煙は俺が意識を向けると、一枚の長い帯のような黒い布へと変化した。


何だこれは? どう使えばいい?


 細長い布の根元には、形を成していない黒煙がダマになって集まっている。

 そして、その黒煙は俺の足元や袖に繋がっている。

 試しに袖の黒布を掴み、近くにいた大蟹に向けて振ってみる。

 すると黒布が伸び、大蟹の体に巻きつくように絡みつくと、大蟹を縛り上げた。


「ギギュッ!?」


 しかし、大蟹が力を入れて腕を伸ばすと、布は千切れてしまった。

 あっという間に布が黒煙へと戻り、溶ける様に消える。


 怒った大蟹が炎を吐き出す。

 とっさに両腕を交差させ、顔面を覆い、後ろに跳んだ、同時に足元の黒煙から複数の黒布が伸び、幾重いくえにも重なって壁となり炎をさえぎった。

 同時に俺の中の力が、出現した黒布の分だけ減ったのを感じる。

 布は一瞬だけ炎を防いだ後、焼かれ、燃え上がり、すぐさま消えてしまった。

 俺は布の壁が燃える一瞬の間に、後ろへと着地。

 無傷で距離をとることに成功していた。


なるほど、そういうことか……。


 まず、黒煙は自分の意思で出現させることが出来る。

 黒煙は俺の(ホネ)から吹き出る。そして、黒煙は意識することで黒布に変化する。

 黒煙や黒布を出現させる時には、俺の中に溜まった力を消費するが、黒煙と黒布は自分の意思で動かすことが出来る。

 黒布は布程度の強度しかないが、複数絡ませる事で、相手の動きや攻撃を止めることが出来る。

そして、千切れても燃えても俺自身にダメージは無い。

 つまりはからめ手の攻撃方法、防御方法になるということ。


これならば勝てるかもしれない。


 俺は思いついた事を試す為に、目の前の大蟹を襲った。

 黒煙を足元から発生させ、俺の前に移動させてそこから黒布を複数出現させる。

 一枚ではすぐに破られるだろうが、数枚あれば数秒は耐えられる。

 大蟹の脚に複数の黒布を絡ませ、がんじがらめにして封じる。

 大蟹はバランスを崩して倒れこんだ。

 動きを制限され、無防備になった大蟹の背中に鎌の刃を突き立てる。


「ギュガッ――」


 生命力を吸収しほふる。


よし、これならば、いける!


 俺は巨親蟹との決着をつけるべく、奴の前に向かう。

 後方に急激に流れる景色が、更に強化された身体能力を実感させる。

 いまだに燃炎岩を吐き出し続ける巨親蟹の前で、立ち止まった。


 頭上を燃炎岩が通り過ぎていく。

 俺の攻撃が当れば、すぐさま俺の居場所はばれてしまうだろう。

 初撃が重要だ。

 俺は体内に溜まっている力を放出し、黒煙を足元から発生させる。

 黒煙を移動させ、巨親蟹の足元に集中させていく。

 生物のように黒煙が地面を這い、奴の足元を覆っていく。


「ギガギギギュイィ!?」


気付かれたか……?


だが、まだだ。奴の全身を覆うほどの黒布を発生させるには、量が足りない。


 黒煙を漂わせている場所から移動されると、意味がなくなってしまう。

 俺に遠距離攻撃は無い。

 だから、黒煙を発生させながら戦っていくしかない。

 奴をこの場所に留めなくては。

 俺はワザと気付かれるように、正面から走って近付く。


「グガァアアアアッ!」


 やっと見つけた、とでも言う様に叫び声を上げる巨親蟹。

 燃炎岩を吐き出し攻撃してくる。


くそう、至近距離でもお構い無しか。相当頭にきているらしい。


 すぐ真横に燃炎岩が着弾し、破片と衝撃と熱波が俺に押し寄せる。

 ローブの能力で防ぎながら堪える。

 それでも横に弾き飛ばされ、距離が広がってしまった。

 地面を捉えた両足が擦れて音を立てる。

 巨親蟹が敏感にその音を察知し、そこへ燃炎岩を打ち込んでくる。

 前に走り、それを避ける。

 後ろから衝撃と破片が降り注ぐが、無視する。

 前に弾き飛ばされながら、加速し奴の足元に辿り着く。

 両手で鎌を横に振り一気に薙いだ。


「ギュクアアアァッ!」


 鎌の刃が三本の脚を通過し、巨親蟹の巨体がよろめく。

 大きなダメージを与えることに成功したらしい。

 だが、奴はすぐさまこちらを向き、その忌々しい鋏を振り下ろした。

 とっさに飛び上がることで、地面とのサンドイッチをまぬがれる。

 しかし、空中にいた俺に鋏がぶち当たり、後方に吹き飛ばされてしまった。

 木の残骸のすぐ前に着地する。

 完全に俺の位置を把握したのか、体制を立て直そうとしている俺に追いついた巨親蟹が四つの鋏を振う。


やばい、後ろには倒れた大木がある。

残された道は横だけ。

だが、鋏は横からすくい上げるように迫ってくる。


 一か八か俺は賭けに出ることにした。

 後ろを振り向いて鎌を振り下ろす。

 鎌の柄と刃が伸び、倒れた大木の裏側に刃の先が突き刺さる。

 そのまま棒高跳びのように飛び上がり、大木の裏側へと跳んだ。


 川に落ちた時に鎌の柄が伸びることは知っていた。

 だが刃まで伸びるとは思わなかった。

 お陰で充分な距離がとれた。

 倒れていた大木が、俺の背後で四つの鋏に粉砕される。


 俺が黒煙を集めていた場所からは、少し離れてしまった。

 幸い俺が出している黒煙と、さっきまで巨親蟹がいた場所は繋がったままなので、問題はない。これが途切れてしまうと、集めた分が霧散してしまうだろう。


 いまだに鋏を連続で叩きつけている巨親蟹を避けながら、回り込む。

 怒り狂う巨親蟹を横目に見ながら、黒煙が集まっている場所の奥に移動した。

 立ち止まり、体を奴に向け両腕を広げる。

 大量の黒煙を吐き出し、集まった黒煙が大きく渦を作る。

 緊張感、高揚感、恐怖、勝利への確信、それらが混ざる。


「ククククク、フフフ、ハハハハ、アーッハッハッハ!」


 笑った。

 奴に、巨親蟹に俺の居場所を知らせるため。

 用意した罠に嵌めるために。


来い。お前なら気付けるはずだ。こっちに来い。決着をつけてやる。


「ギュガァアアッ!」


 挑発とみたのか、それとも見失った俺を見つけた歓喜の声か、巨親蟹は叫びながら燃炎岩を吐き、俺に向かって突進してくる。

 燃炎岩が俺の手前に着弾し、黒煙を少し消滅させてしまったが、それを上回る量の黒煙を俺は発生させる。


「フハハハハハ、アッハッハッハッハ!」


 衝撃と炸裂音の中で、俺はより強く笑う。

 俺に直撃するような軌道の燃炎岩はない。

 襲ってくる燃炎岩の余波に耐えながら、奴を待ち受ける。

 巨親蟹が近付くにつれて、燃炎岩の威力が高くなっていく。


もっとだ、もう少し前に。そうだ、そのまま!


 燃炎岩を吐くのを止めた巨親蟹が、四つの鋏を振り上げ、さらに突進してくる。

 大量の力が消費されていくのを感じながら、黒布を最大数出現させる。

 巨親蟹の体が引き()るように、ガクンと動きを止めた。

 奴の脚全てに、黒布を幾重にも巻きつき絡みつかせたからだ。

 巨親蟹の下にある地面は、黒煙によって覆い尽くされている

 バランスを崩した巨体が倒れこむ。

 俺は脚だけに留まらず、上半身にも黒布を絡み付けていく。


「ギュガアアァッ!」


 目の見えていない巨親蟹は何が起こったのか分からず、叫び声を上げる。

 全ての足に力を込めて立ち上がるが、布の数は多く身動きが取れない。

 俺は更に黒布を四本の鋏にも巻き付け、動きを封じていく。

 幾重にも、何度も、何重にも黒布を巻きつけていく。

 だが、黒布で押さえておける時間は短い。

 その証拠に、巨親蟹の足元からは、黒布が千切れる音が聞こえてきている。

 俺は笑うのを止め、一言呟ひとことつぶやいた。


「終わりだ」


 最大の力を込めてドレインを発動させる。

 走り、地面を蹴って飛び上がり、鎌を下から背後を通すように上段に振り上げる。

 巨親蟹の頭上から真っ直ぐ、体の真ん中を通るように鎌を振り下ろした。


「ガキゥッ――!」


 柄と刃が伸び、巨大化した鎌が巨親蟹の体を通過する。

 奴は硬直するように動きを止めた後、全身の力を抜いた。

 俺の中に大蟹とは比べ物にならない、大量の生命力が流れ込む。

 力を無くした巨親蟹が、その巨体を地面に沈める。

 地響きと轟音が広がる。

 力を流すのを止めると、黒煙と黒布が霧が晴れるように消滅し、黒一色だった夜の景色がそのかすかないろどりを取り戻していく。

 倒れ伏した巨体を、燃え上がっている木々が、橙色に染めた。


 巨親蟹が完全に動かないのを確認した後、周囲を見渡す。

 炎と月明かりに照らされた、大蟹の姿が見える。

 逃げ出したのか、それとも燃炎岩の巻き添えをくらって死んでしまったのか、残った大蟹は数えるほどしかいなかった。


倒した。

……倒せた。


 俺が選んで、俺が決めて、俺が達成した。

 強制されたわけじゃなく、嫌々でもなく、自分の意思で。

 たった一人で最後まで、自分の意思を貫き通した。

 逃げることなく、最後までやり通した。


「これは、俺が望んで、俺が得た結果だ……」


 じんわりと、心の中に何か温かいものが湧き上がってくる。

 もし、涙を流せたら泣いていただろう。

 だが、今の俺は魔物なのだ。

 他者の生命力を奪って強くなる、骸骨で大鎌を持った魔物。

 だから、涙は流れない、流せない。

 そして、魔物だから勝てた。


「フフフ、ハハハ――」


 俺は安堵と達成感から、先程とは違う笑い声を上げる。

 顔に朝日が差し込んだ。

 一日の始まりを告げる太陽が、山の間から顔を覗かせていた。


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