表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/19

18.身を削る

 

 カフラの下半身が変化した獣を、氷結魔獣アイスビーストと呼ぶことにする。

 氷結魔獣は大水流魔獣より一回り大きく、熊を思わせた。


「ガルガァアッ!」


 氷で造られた彫像のような姿の氷結魔獣が、吼えながら走り出した。

 あっという間に距離が詰められ、熊の様な前足が振り下ろされる。

 俺は攻撃を避けると同時に、鎌の刃を前足の裏側に滑り込ませた。

 そのままドレインを発動させ鎌を引く。

 氷と刃が擦れる音がして、氷結魔獣が足払いを受けたかのようによろめく。

 鎌の刃は浮いた前足を弾きながら通過した。


くそう、鎌でドレインできる硬さではないか……。


 俺は鎌を持ち変えながら回り込む。

 同時に足元から黒煙を吐き出し、黒布を出現させた。

 黒布を氷結魔獣の足に絡ませる様に動かす。


「ガァウル!」


 だが、足に触れた黒布がすぐに凍りついていく。

 氷結魔獣は力任せに黒布を砕いていく。

 バリバリと音を立てて凍った黒布が割れていく。

 砕け散った黒布が黒煙となり消えていった。

 やはり、カフラと同じく黒布では氷結魔獣を拘束出来ないようだ。


「フフフ、どうやら無駄だと理解したようね」


 氷結魔獣の上でカフラが笑った。

 氷結魔獣はカフラの意思で動かされているらしい。

 先程から的確に俺の前を塞ぐように移動している。


「しっ!」


 氷結魔獣の顔に鎌を突き立てる。

 ガリガリと表面を削るが、たいした傷をつけられない。

 ドレインを発動しているにもかかわらずだ。


「ガァウワゥ!」


 氷結魔獣は突き立てられた鎌ごと突進してきた。

 氷結魔獣の頭突きを食らい弾き飛ばされる。

 危うく鎌を取り落としそうになるが必死で掴む。

 離れた場所に転がった俺に追撃が迫る。

 カフラが小さな氷柱を複数降らせたのだ。


「クソッ!」


おっと、バローグの口癖がうつったか?


 上半身を起こして鎌で氷柱を弾いていく。

 何発かはローブに当たり消滅した。

 小さい氷柱ではローブを破るほどの力は無いらしい。

 氷結魔獣はすでにこちらに走り出している。

 不味い、とてつもなく不味い。

 さっきはカフラにスピードで遅れを取った。

 下半身が氷結魔獣になった所為で力でも負けている。

 力をつける為にドレインできるような雑魚モンスターは周囲にいない。

 八方塞がりだ。


何かないか。何でも良い、相手に隙を作らせる様な何か……。


 地面に座った状態で、黒煙を体から吐き出し、煙幕にして周囲を覆っていく。

 俺は煙の間からカフラの様子を窺いながら、起き上がり移動する。


「馬鹿ね」


 カフラが両手を前に出す。先程とは大きさも数も比べ物にならない程の氷柱が出現し、俺の周囲に降り注いだ。


「ぐおっ!」


 吐き出した黒煙が全て貫かれ一瞬で霧散する。

 鎌を片手で持ち、腕をクロスするように身を守った俺にも、氷柱が突き刺さる。

 数発がローブに当たり消えるが、残りはローブをつらぬいていく。

 氷柱は骨に到達し、俺の力を削り取った。

 先程より氷柱の威力が高い。

 カフラは氷柱の強さを自由に調節できるらしい。

 黒煙が発生しローブを修復していく。


「もう、別の手は無いのかしら?」


 カフラが妖艶に微笑む。

 上半身だ。

 俺が鎌で攻撃した時、カフラは腕に氷を纏わせて防いだ。

 人型である上半身なら攻撃が通るはずだ。

 何とかして鎌を上半身に届かせなくては。

 俺は鎌を握っていない片手から黒布を数本出現させ周囲の木に伸ばす。


「見逃すとでも?」


 すぐさまカフラが氷柱を飛ばし黒布を引き裂いた。


速さで負けているとこんなにも不利になるものなのか!?


 これでは跳び上がる事も出来ない。

 黒布の補助無しでジャンプしたとしても、氷結魔獣の頭上までしか跳べない。

 上半身のカフラも氷結魔獣も、無防備に跳んでくる俺を迎撃するだろう。

 黒煙も黒布も出現させた途端に、氷柱で消し飛ばされてしまう。鎌を伸ばして攻撃することも出来るが、避けられたり防がれたりすれば隙が出来る。

 その隙をカフラが見逃すことは無いだろう。


どうするべきか……。


 俺の視界にありえないものが入った。


何故だ? どうして、やって来る。


 俺は掲げられた物を見て予想する。


そうか、なら任せてみよう。


 相手に見えるように頷いて見せる。

 俺は氷結魔獣目掛けて走り出した。


「捨て鉢になられても困りますわ」


 カフラが嘲笑する。

 上半身の両腕から氷柱が数本発射される。

 それは俺のローブを突き抜け体に刺さった。

 骨が欠け、氷柱の分だけ体が重くなる。


「ガアウルゥウ!」


 数歩で近接した氷結魔獣があぎとを開き俺に迫る。

 鋭い牙を避け、鎌を持っていない方の片手で氷結魔獣の顔を殴る。

 同時にドレインを発動させたが弾かれる。

 拳が顔に触れた瞬間に拳が凍ってしまい、霜が指を覆った。

 触れた黒布が凍った時点で、この事態は予想できている。

 だが、ドレインが防がれたのは予想外だ。

 今まで素手によるドレインが防がれたことはない。

 そのまま構わずに攻撃を続ける。

 氷結魔獣の上に乗っているカフラから見ると、魔獣の体は邪魔になっている。

 その為、魔獣と近接している俺の位置に、カフラは氷柱を放つことは出来ない。

 だからカフラの攻撃を心配する必要はないのだ。

 俺はもう一方の手で持った鎌を振るい、氷結魔獣の前足に引っ掛け引っ張った。


「ギャウ!」


 先程の攻撃を覚えていたらしい。

 鎌を嫌がった氷結魔獣は前足を動かし鎌から逃れた。


「ふんっ!」


 声を出しながら再度、先程と同じ片腕で氷結魔獣の顔を殴る。

 もう一度、ドレインを発動するがまた弾かれた。


なんでだ!? どうなってる!?


 鎌でドレインした時には傷をつけることが出来た。

 全くのノーダメージで弾かれる理由が分からない。

 更に拳が凍り、肘までが霜に覆われる。

 白い骨の腕に張り付いた霜が氷となり、腕を覆っていく。

 凍った片腕の感覚が無くなっていく。


「ガウル!」


しまった!


 思った時には遅かった。

 氷結魔獣は身を起こし両前足を振り上げていた。

 凍りついた腕で片方の爪を防ぐ。

 脆くなった腕は氷結魔獣の爪を防ぎきれず、肘から先が折れ、砕ける。

 爪がローブを引き裂き、引っ掛かっていた氷柱ごと俺の肋骨を砕いた。

 ローブの前面が破け、貧相な骨の体が晒される。

 そのまま前足で踏みつけられ、俺は倒れた。


「お終いね」


 カフラの勝ち誇った声が上から聞こえる。

 カツン、と乾いた音がした。

 地面に組み伏せられながら首を起こし姿を探す。

 氷結魔獣であるカフラの斜め後ろにバローグがいた。


「おらぁっ! 魔女野郎! ぶっ倒してやる!」


 バローグは投げナイフを上半身のカフラに投げている。

 それが恐らくカフラの凍った体に当たり、弾かれているのだろう。

 何度も金属と氷が当る、気の抜けるような軽い音がしている。

 一瞬、たった一瞬、カフラがバローグの方向を見たような気配がする。

 カフラが舌打ちするのと同時だった。

 バローグとは反対の斜め後ろの方向。

 俺から見えたのは地面に映った放物線を描く小瓶の影。

 小瓶が割れる音、液体がばら撒かれカフラにかかる音が聞こえた。


「ぎゃあぁぁああっ!」


 カフラが叫び声をあげている。

 氷結魔獣も苦しそうに身動みじろぎをした。

 俺の上に置かれていた前足の力が弱まる。


 俺は半分無くなった片腕から黒煙を出し、黒布を複数出現させる。

 そのまま伸ばし、腕と木に絡める。

 引っ張り、氷結魔獣の下から這い出た。

 鎌を口に咥え、もう一方の腕から黒布を出現させ、木の枝に引っ掛ける。

 黒布を全力で引っ張りながら、振り子の原理で飛び上がり、密林の王者のように空中へと踊り出た。

 方向はなんとなくで良い、カフラの頭上まで飛び上がることが出来れば。


 カフラは顔を押さえて呻いている。

 空中で砕けた腕と肋骨を再生させる。

 ローブが元に戻るのを感じながら、鎌を両腕に持ち替えた。


 真上に鎌を振りかぶり、伸ばす。

 カフラはこちらに気付いていない。

 体の向きを木に絡めた黒布を引っ張ることで変え、カフラの方向を向く。

 鎌を伸ばせば充分に届く範囲だった。


 地上ではバローグとアレインが、こちらを見上げている。

 アレインの手には、もう一つの聖水が入った小瓶があった。


 巨親蟹を倒した時のように、最大限の力を込めてドレインを発動する。

 ……そして、気の遠くなるような一瞬をかけて鎌を振り上げ、振り下ろした。

 命を刈り取る死神の刃が、カフラの前に滑り込んでいく。

 両手で顔を押さえ、泣いている魔女を抱くように、刃が体に引き寄せられ、その体を貫通していった。


「がっ……!」


 カフラの短く呻く声が響く。

 氷結魔獣が氷の塊になり砕け、崩れ落ち、消えていく。

 ガクガクとカフラの体が震える。体とドレスを覆っていた霜と氷が消える。

 体が半透明になっていき、空気の泡が下から湧き出し、白く濁っていく。

 そして、多量の泡を含んだ水の塊になった後、破裂するように飛沫となって千切れ飛んだ。


 俺は黒布を足から出現させ、木の枝に引っ掛け落下速度を落とす。

 鎌を元の長さに戻し手繰り寄せる。

 そして、着地を失敗し、倒れこんだ。

 鎌が手から離れる。

 地面にうつ伏せになりながら考える。


危なかった。


 聖水が当てられる距離までニ人が近づけるように、陽動したまでは良かったが、予想よりはるかに氷結魔獣が強かったのには参った。

 氷結魔獣に組み伏せられた時には、すでにストック分の五割が消滅していた。

 それほどまでに氷結魔獣とカフラの攻撃は強烈だったのだ。巨親蟹のような派手さは無かったが、小氷柱一発の威力が大蟹でも即死クラスだった。

 一番不味かったのは、体を破壊されたことだ。

 全てを破壊されれば消滅しただろうし、修復には多大な消費を強いられた。

 バローグとアレインの聖水が間に合わなかったら、戦い自体もどうなっていたのか分からない。


 ドクンと体が跳ねた。

 ドレインしたカフラの生命力が消失した分を補い、そして俺の体に力を与える。

 黒煙が意思とは関係なく発生し、俺の体を包んでいく。

 同時に俺の意識は遠退いていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ