16.強襲
「なるほど、ニンニクは効かないんだな?」
「だから、ニンニクとか言う食いもんはねぇんだよ」
何言ってやがる、と言う様な言い方でバローグが答える
「なら、聖水はどうだ? この世界にも教会ぐらいあるだろう?」
「ああ、聖水なら分かる。高位の司祭が魔法で作り出すヤツな」
「ほう、この世界では水を浄化するのではなく作り出すのか」
「水を浄化? 水は浄化しても水だろう?」
「いや、浄化するのではなく祝福するのだったかな?」
「どっちにしても、聖水は作り出すものだよ」
アレインも話に混ざってきた。
俺は移動しながら、ニ人にこの世界の常識を聞きまくっていた。
今は何故吸血鬼と戦わなくてはいけなくなったのかを聞いた後、吸血鬼の弱点について聞いているところだ。
滝壷で出会った、赤毛天使である聖騎士のリフィリアという女性に依頼され、雇われたのが猫耳天使であるニイナを含むバローグ、アレインの三人の傭兵達ということだった。
目的はエドナという村から攫われた、十二人の村娘の奪還。
相手は伝説の吸血鬼と恐れられる、ナイトキングと三人の魔女である。
確か魔女達は自分の事を、ナイトキングの愛娘とか言っていた。
アンデットモンスターである吸血鬼でも子供を成せるのかと疑問に思い、これも後でまた聞こうと心の中にメモを取っておく。
「それで、聖水は吸血鬼に効くのか?」
「聖水は魔物全てに効くだろうがよ」
そうなのか。この世界では聖水は魔物全てにダメージを与えるらしい。
「というか、魔物に一般人でも抵抗できるように、教会が作ったんだよね」
「そうなのか? じゃあ俺が想像している物とは別物なんだな」
「うん。多分違うね。それに聖水はとても高いんだよ。
リフィリアがニ本持っていたと思うけど、出来れば使いたくないって言ってた」
「ほんと、あの野郎はケチだよなぁ」
「リフィリアは女性だから、野郎じゃないけどね……」
アレインが肩をすくめる。
「でだ、吸血鬼は鏡に写るのか?」
「そりゃあ、写ると思うよ」
「さっきから聞いてると、お前の知ってる吸血鬼ってのは何か変だぞ」
「ふむ、俺の知っている吸血鬼だと滅多なことでは倒せないんだ。
だからもし、同じ吸血鬼だと倒す方法が限られると思ってな」
「人間を襲って、血を吸う男の姿の魔物を吸血鬼って言うんだよ。
モンスターの中で人を食わずに、血だけ吸うからそう言われてる」
どうやら、俺がいた世界とは吸血鬼の概念が違うらしい。
「じゃあ、水に弱くて膝まで水に浸かると動けなくなったり、流水の上を飛べなかったりしたりはしないわけか」
「そんな決まり事、あるわけねぇ」
「日光に弱くて、日に当ると火傷したり、太陽に全身が晒されると死んだりは?」
「ああ、それはあるな。でも、死ぬほどじゃねぇ。精々動きが鈍くなるくらいだ。
火傷に関しても、そんな話を聞いたことはねぇな」
「何故か知らないけれど、吸血鬼は夜活発になるんだ。
どこで聞いた話でも、被害は夜に集中している」
なるほど、なら日中に奇襲をかけたほうが良い、と言う考えは正しいのか。
「心臓に木の杭を打ち込まない限り死なないとか、どんな怪我を負っても一晩寝れば完全回復して動き回るとかはないのか?」
「さあ? 吸血鬼がどれだけ強いかなんて、戦ったことがある人しか知らないだろうし、大抵の人は負けて死ぬか、勝ってその場を去るかだから分からないよ」
そういえばそうか。
吸血鬼が回復しているところを、実際に見ている人は亡くなっているか。
勝った人がどうやって勝ったにしろ、その後復活するかまで見守ったりしないか。
「同じ名前の吸血鬼が現れたって噂はないのか?」
「聞いたことはねぇなぁ。
同じ吸血鬼が復活したとしても、違う名前で呼ばれるだろうしな」
この世界の強い魔物は、別の名前で呼ばれることが多いらしい。
一般的に言う二つ名ってヤツだ。
この世界にも魔王がいて、魔物の中で知能を持って国を治めている者が、魔王と呼ばれるらしい。
モンスターが治めている国はいくつかあるので、何人も魔王がいることになる。
その魔王も本名ではなく、二つ名で呼ばれることが多い。
それにしても復活するかしないかは結構重要な部分なのだが、灰にするまで焼かなければ殺せないとかだったらどうしよう。
俺は背負い鞄に括りつけた鎌を見る。
ドレインで倒し切れれば良いのだが……。
「吸血鬼と同じで、魔女も女性の姿に変身できる魔物を魔女って言うんだ」
アレインが珍しく、自分から情報を提供してくる。
さっきまで俺が質問を繰り返していたのだが、少しは打ち解けたのだろうか。
「なるほど、人間が悪魔と契約して魔女になるわけじゃないんだな?」
「えっと、女性の魔法使いや魔術師を蔑んで魔女って呼ぶこともあるけれど、基本的には女性の姿をした魔物全般が魔女って呼ばれるんだ」
良い事を聞いた。話に聞く限り赤、青、緑の魔女は人間ではないらしい。
なら、倒すことに躊躇することもあるまい。
この姿になってから戦いに随分と慣れてきた。
多分、人間の命を奪うことに大きなショックを受けたりはしないだろうが、元人間としては人の命を奪う事を軽々しく行いたくはない。
命の遣り取りをする場面になったとしたなら、それは仕方のないことだが、積極的に人間を狙って殺しまわったりは絶対にしたくない。
俺は魔物であったとしても、殺人鬼や殺戮者ではないのだから。
「十字架はどうだ? 教会のシンボル的な……。
それを恐れたり、押し当てられると火傷を負ったりするような」
「あぁん? 魔物が魔物退治を専門にしてる教会を恐れるのは
当たり前じゃねぇか?
だが、教会の紋章だけでビビる魔物なんて、聞いたことはねぇなぁ」
結局、効果がありそうなのは、日の光と聖水ぐらいか……。
「話は変わるが、この世界にエルフやドワーフは――」
話し掛けた途中で、道の先にある黒い点を見つけた。
俺達が歩いている馬車がすれ違えるほどの広さがある、固められた道。
その先に豪邸が見えた。
「どうかしたのか?」
急に口をつぐんだ俺の様子を見て、バローグが聞いてくる。
「どうやら道は合っていたらしい。屋敷が見えたぞ」
「本当!?」
アレインが必死に道の先を見ている。
「おい、全然見えねぇぞ」
どうやらニ人にはまだ見えていないらしい。
俺の視力はだいぶ強化されているようだった。
「どっちにしろ急ごう。夜になると不利に――」
後ろから、膨大な熱量が膨れ上がる気配を感じた。
俺はとっさに黒布を両腕から出現させ、バローグとアレインに巻き付ける。
「おわぁっ、てめぇっ!」
「な、なにっ!」
ニ人が抗議の声をあげるが無視し、そのまま前方に飛んだ。
上昇した俺に、黒布で引っ張られたニ人も宙を舞う。
素早く着地した俺に続いて、ニ人が地面に転がった。
「このっ、やっぱり俺達を――」
「サイス、いったい――」
「魔女が来たぞ」
バローグとアレインの言葉を遮り、要点だけを伝える。
後ろを振り向けば、炎を上げる赤い魔女が空中に立っていた。
赤いドレスと炎が一体化しており、熱帯魚のヒレのようにたなびいている。
「お前か……。お前が私の可愛い使い魔達を殺したんだね」
魔女の顔も炎で揺らめき、目は炎上したかのように吊り上っている。
体から出る炎がより一層強く吹き上がり、怒りの大きさを感じさせた。
魔女の後ろの木々の中から、見慣れた大きな影が這い出てくる。
数時間前に死闘を繰り広げていた、大蟹達だった。
どうやらあの場から逃げおおせた大蟹がいたらしい。
だが、その数は少なく五匹しかいない。
蟹達はギチギチと何かを喚いている
多分『あの骸骨が俺達をいじめたんです!』とかだろう。
この魔女は蟹と意思疎通が出来るということか。
「ほう、蟹達はお前のペットだったのか?」
だとすると、魔女達と戦う理由が一つ増える。
発端は俺の所為だとして、もあの蟹達には煮え湯を飲まされたからな。
まあ、そのお陰で強くなれたともいえるが……。
「私がどれだけ苦労して、使い魔を集めたか……。
どれだけ苦労して、戦い方を教えたと思ってるんだい!」
どうやら赤の魔女は、苦労して大蟹達を調教したらしい。
「森の中じゃあ炎を使う魔物は限られるんだよ! それを苦心して探して、殺さないように痛めつけて、言う事を聞く様にしたのに」
痛めつけて調教したのか。
ところで、使い魔ってどうやって作るんだろう?
何かの魔法だろうか? それとも契約する手順があるとか?
後でニ人に聞いてみよう。
「それで? 俺は襲ってきた蟹共を撃退しただけだが?
弁償代でも請求するのか?」
残った五匹の大蟹共が俺達の前へと移動してくる。
「オイオイ、オイオイ。お前も魔女と何か因縁があったのかよ?」
「大した事じゃない。蟹に襲われたから反撃して全滅させただけだ。
もっとも生き残りが居たみたいだが……」
バローグとアレインはすでに立ち上がり、戦闘態勢を整えている。
俺は荷物を降ろすと、括りつけていた大鎌を抜き、荷物をアレインに渡した。
「お前達は邪魔にならない場所で待っていろ。俺が何とかする」
アレインは頷き、バローグは周囲を警戒しながら投げナイフを取り出した。
あんな小さな投げナイフでは、大蟹にすら傷をつけることが出来ないと思う。
「あら、ニ対一で勝てるとでも?」
まったく、良いタイミングで現れるなこいつは……。
後ろから掛けられた声に振り向けば、青い魔女のカフラが浮いていた。
隠れていて、出てくるタイミングを計っていたんじゃないか、と思えるほどだ。
「確かに、飛んで逃げ回る蝿をニ匹も落とすのは骨が折れそうだ」
安い挑発をしてみる。
空に浮いているのが厄介だ。
緑の魔女であるクフルを地上に落とせたのは、相手が身体の一部を伸ばす攻撃をしてきたからで、このニ人の魔女が同じような攻撃をしてくるとは限らない。
バローグとアレインのニ人はすでに離れている。
魔女はニ人には無関心らしい。
「あら、まるで地上でなら、勝つ自信があるような口ぶりね?」
カフラが言葉を返す。
「そうだな、地上に降りてくれるなら、苦しまずに死ねるかもな?」
さらに挑発してみる。
挑発に乗って地上で戦ってくれれば、助かるのだが……。
「うるさい」
赤い魔女が呟く。
「お前は嬲り殺してやる」
どうやら炎を出す魔女は、怒り心頭といったところのようだ。
「あら、狩りは楽しむものよ。キフリ」
どうやら、炎を出している魔女がキフリらしい。
ニ人から話には聞いていたが、炎を出しているとは聞いていなかったからな。
カフラは前と同じように、水流魔獣を四体ほど出現させた。
「さあ、楽しみましょう」
俺は『楽しみましょう』の『しみ』の部分で黒煙を放出する。
黒煙は蟹達が居る場所まで、地面を黒く一瞬で染めていった。
「「「「「ギュギ!?」」」」」
大蟹共は昨日の戦いで、それの怖さを知っているので、うろたえる。
しかし、遠慮はしない。
黒布を出現させ大蟹五匹を拘束する。
「なっ! 貴様ぁああぁっ!」
獄焔の魔女が、残り少ない使い魔が襲われたのを見て、咆哮する。
俺に向けられた腕から、燃え上がる黒い塊が放出された。
それは焔を吹き出す黒い石炭の塊だった。
だが、石炭の塊が地面に着くより速く、俺は駆け抜け大蟹達を切り伏せていた。
地面に当った石炭の塊は爆裂した。
それと同時に、干乾びたミイラになった大蟹が吹き飛ぶ。
あれが聞いていた爆発する石炭か……。
爆焔炭と呼ぶことにしよう。
駆け抜けていた事で、爆発から離れていた俺はダメージを受けていなかった。
「このぉおぉっ! よくも、よくも私の最後の使い魔をぉおおおおぉっ!!」
どうやら、この魔女は使い魔に大分ご執心だったらい。
よほど調教にてこずったのかもしれない。
赤い魔女は俺を狙って爆焔炭を連射していく。
だが、魔女を攻撃するのは後回しだ。
水流魔獣を放って置くと、バローグとアレインが危ない。
ニ人は水流魔獣に対抗できる攻撃方法がないからな。
目の届かないところで、ニ人が襲われでもしたら、約束が無駄になってしまう。
俺は警戒してゆっくりと近付いて来ていた水流魔獣に向かって、走る。
「ガウルル!」
一瞬で距離を縮められた水流魔獣が、威嚇の唸り声をあげる。
俺の後方では、出鱈目に打ち出された爆焔炭が着弾し、連続で爆発している。
俺は適当に鎌を振り上げ、水流魔獣達の中に飛び込んだ。
当然の事ながら、水流魔獣が飛び退いて避ける。
そこに爆焔炭が着弾した。
「ギャウワゥ!」
爆発に巻き込まれた水流魔獣が吹き飛ぶ。だが、消滅するほどではないようだ。
周囲にいた水流魔獣も、爆風でよろめき体勢が崩れた。
ムチャクチャだな、この魔女は……。
もはや狙いも何もあったものではない。
背後で爆焔炭を出鱈目に撃ち出している魔女を意識しながら
鎌を横に振りかぶり、引っ掛けるように走り抜ける。
一匹を鎌で斬り、ドレインする。水流魔獣は水へと戻っていった。
残り三匹……。
「何をやっているの! 落ち着きなさい!」
カフラが声を張り上げる。
だが、怒りに支配されているキフリには届かない。
赤い魔女はその色のイメージそのままに、激情タイプのようだ。
「くたばれぇえっ!!」
俺がいる場所に爆焔炭が降り注ぐ。
俺の周囲にいた水流魔獣も、その爆撃に巻き込まれていく。
俺は熱量を感じ取り、ギリギリで避けることに成功していた。巨親蟹と戦った時に燃炎岩を避けていた事で、なんとなくの着弾地点が分かったのだ。
爆発に巻き込まれ、水流魔獣が極端に弱っていくのが分かる。
俺も何度か爆発の余波を受けてダメージを受けていたが、ローブのお陰で最小限に食い止めることに成功していた。
バローグに殴られた時より少ないダメージしか受けていない。
爆炎の中を無理やり通り抜け、ニ匹の水流魔獣を屠る。
残りの一匹は爆焔炭によって消し飛んだ。
手古摺るかと思ったが、キフリの暴走のお陰であっという間に雑魚を倒せた。
集団戦は数より連携が重要だという事がよく分かる。
挑発した成果が出たとでも思っておこう。
雑魚を始末した俺は、本来の標的である魔女達を強襲する策を練る。
赤い魔女は大層ご立腹だ。我を忘れる程に。
もしかしたら、簡単に排除できるかもしれない。




