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15.囚われの乙女達

第三者視点、神視点

ニイナとリフィリアの話です


 

 ピチャンピチャリとどこか遠くで、床に水が落ちる音がしている。

 シクシクと泣く、女性の声が響いている。

 ナイトキングが住む屋敷にある地下牢。

 そこに十人の村娘が捕らえられていた。

 いや、彼女達だけではない。

 新たに捕らえられた猫耳の少女と、装備を奪われた聖騎士が加わっていた。


「うニャア、魚と肉を同時には食べられないのニャ。どっちか片方にするのニャ」


 冷たい石が敷き詰められた床の上に転がされた、猫耳娘のニイナが呟く。

 どうやら楽しい夢を見ているようだ。

 魔女に攻撃され、気を失ったとは思えないほどの暢気のんきさである。

 遠巻きに彼女達を眺めていた村娘達が、恨みがましい目で見つめている。


「……くっ、ここは……?」


 ニイナの横に同じように転がされていた、聖騎士のリフィリアが目を覚ました。

 鎧を剥がされたリフィリアは、下着同然の姿で、地下牢に放り込まれていた。

 もっとも、騎士が着ているものなのでセクシーな下着ではない。

 一枚布のズボンタイプのパンツと、Tシャツのような下着である。

 リフィリアは上体を起こすと、少し身震いして、体を温めるように自分を抱きしめた。ゆっくりと周囲を見回し、状況を確認する。


「あなた達は……? エドナ村の……」


 村娘達は泣くのを止め、リフィリアの視線から身を守るように後ずさった。


「……うニャア。もう食べられニャい。むにゃむニャア……」


 定番だが、実際に呟いている人間を見たことが無い寝言を、ニイナが呟く。

 リフィリアはニイナが側で寝ているのに気付き、彼女を揺すった。


「うむニャ?」


 ニイナが寝惚けマナコで、上半身を起こした。

 焦点の合っていない瞳で、周囲を見回す。


「はニャ!? ここどこニャ!?」


「落ち着いてくれニイナ。どうやら魔女達に負けて捕らえられたらしい」


「うニャ!? ニャア達負けちゃったニャ!?」


 ニイナが言えずにニャアになってしまうニイナ。

 どうやら、ちゃんとした発音が出来ないらしい。

 その上、自分の事を名前で呼んでいるらしい。


「ニ人はどうなったニャア?」


 ニイナは周囲にバローグとアレインがいないことに気付き、慌てる。


「すまない、私も途中で気を失ってしまって、彼らがどうなったのか……」


 リフィリアは深刻そうに俯いた。


「……大丈夫ニャ。ニ人ともしぶといからきっと生きてるニャ……」


 そんなリフィリアの様子を見て、ニイナが気休めの言葉をかける。

 ニイナが傭兵になってから三年間、傭兵団でニ人と共に働いていた。

 彼らのしぶとさには一定の信頼を持っていたが、戦場では楽観的な考え方が通用するほど甘くはない。心のどこかでニ人が亡くなっている事を覚悟し、同時に生きていて欲しいと願った。


「そうだな……」


 リフィリアとて騎士団に所属している以上、仲間の死は付き纏うものだった。

 なればこそ、自分の目で確かめていない仲間の状態を、想像して悲しむほど弱くはなかった。それに、ニ人の仲間であるニイナが頑張って笑顔を見せているのに、自分が深刻な顔をしているわけにはいかない。

 弱った仲間を励ます事も、聖騎士の務めなのだ。

 ニイナはリフィリアから視線を外し、周囲にいる女性達を眺める。


「もしかして、ここにいる人全員エドナ村の女の子達ニャ?」


 ニイナの言葉を確かめるようにリフィリアが動いた。


「あなた達、エドナ村から連れ去られた娘さんね?」


 リフィリアが壁際で縮こまっている女性達に声をかける。

 警戒していた女性達の数人が頷いて肯定した。


「私達は教会からの嘆願で派遣された、聖典騎士団の団員なんだ。

 詳しい状況を聞かせてもらえないか?」


「聖騎士様が何で捕まっているの?」


 子供と言えるような小さな女の子から、当然の疑問が投げかけられた。


「ナイトキングの屋敷に向かっている途中で、魔女の強襲を受けたんだ。

 攻撃を受け、気を失ってしまったらしい」


 リフィリアが正直に答える。

 嘘を吐いて安心させることも考えた。

 だが、嘘はばれた時に結束力を失わせる。

 それを騎士団での生活で学んでいたリフィリアは、言葉を躊躇ためらわなかった。


「聖騎士様でも負けちゃったの?」


 女の子は更に問いを投げかけた。


「全員負けたわけではない。仲間が残っている」


 楽観的な考え方であることはリフィリアにも分かっていた。

 それにバローグとアレインは聖騎士ではない。

 だが、仲間には違いはない。


「きっとニ人なら、助けに来てくれるはずニャ」


 ニイナが言葉を繋げる。


 しかし、リフィリアは少し不安になっていた。

 ニ人が生き残っていたとして、私達を助けに来てくれるだろうか?

 アレインはきっと助けに行こうと言ってくれるだろう。

 最後まで難色を示していたバローグはどうだろうか?

 それに、あのニ人で、この状況をどうにか出来るとは思えない。

 どちらにしろ、自分達で何とかしなくてはいけない。


「それに、私達も脱出する努力はするつもりだ」


 リフィリアはしっかりと女の子の目を見て言い切った。


「そうニャ! こう見えてもリフィリアは魔法も使えるニャ!」


 ニイナも女の子を励まそうと言葉をかけた。


「ホントに!? 魔法が使えるの!?」


 女の子は目を大きくして驚き、喜んだ。


「み、水、水は出せますか!?」


 奥にいた、娘というには年を召した女性が前に出てきた。

 目の下がくぼみ、衰弱しているのがよく分かる。


「すまない、私が使えるのは真聖魔法と回復魔法だけだ」


 女性がガッカリしてうな垂れる。

 スゴスゴと壁際に戻ろうとした。


「あっ! そうニャ、もしもの時の為に干し芋を持ってたのニャ!」


 どうやら皆は随分と衰弱して、腹も減っているようだ。そう判断したニイナは、非常食として隠し持っていた、干し芋の存在を思い出した。

 仲間から隠れて、干し芋をオヤツとして食べようと思っていた訳ではない。

 ニイナが革の上着を脱ぎ、内側にある隠しポケットから干し芋を取り出す。

 あっという間だった。

 壁際で震えていた女性達が、こぞってニイナに群がっていった。


「ウニャニャニャニャッ!?」


 上着が奪われ芋が引っ手繰ひったくられる。

 片手に持っていた干し芋一個を残して、全て奪われてしまった。


「な、なんニャ!?」


 リフィリアに引っ張られていなければ、押し潰されていたであろう。

 ニイナは目を白黒させながら、干し芋が奪われる状況を呆然と見ていた。

 その横に、問いを投げかけていた小さな女の子がやって来た。

 ニイナの手に持っている干し芋をじっと見詰める。


「た、食べるニャ?」


 恐るおそるニイナが干し芋を女の子に差し出すと、女の子は笑みを浮かべた。

 しかし、いつの間にか近づいていていた、目が窪んだ女性がニイナの手から干し芋を奪おうと手を伸ばした。


「うニャア!?」


 とっさに干し芋を握り締めたニイナだったが、半分が千切り取られてしまう。

 干し芋の半分を奪った女性は、すみに逃げ込むと、無心に干し芋を貪っている。


「び、ビックリしたニャア……」


 今度は奪われないように、残りの半分を女の子に近付いて渡す。


「いいの?」


 突然の出来事に驚き、涙目になっていた女の子が不安げに聞いてくる。


「お姉ちゃん達の分がなくなっちゃうよ?」


 女の子はこんな状況で、ニイナやリフィリアの事を気遣っていたのだ。


「ニャハハ、お姉ちゃん達は少しの芋を食べても、お腹一杯になれないのニャ。

 だから、気にせず食べるのニャ」


 なけなしの我慢だったのだろう、女の子はそれを聞くと干し芋に齧り付いた。

 リフィリアは女の子から干し芋が他の誰かに取られないように、ニイナの反対側に移動し、周囲を警戒していた。

 ニ人は村娘達が捕らえられてから、酷い扱いを受けている事を実感する。


「どうやら、あまり待っていられるような状況ではないようだ。

 ニイナ、私達で何とかするぞ」


「わかったニャ。何とかして皆を外に連れ出すのニャ」


 ニイナは女の子が干し芋を食べきったのを確認した後、揉みくちゃにされ所々切れてしまった上着を拾い、埃を払った。


「あっ……」


 上着の裏側に貼り付けてあった、地図が千切られ周囲に散らばっていた。

 こんなことなら、アレインにでも持ってもらっておけば良かった。

 そうニイナは思う。

 ニイナは上着の襟の部分から、小さなノコギリ――ギザギザのついた幅1cm長さ5cmほどの金属の刃物――を取り出すと、リフィリアに見せる。

 リフィリアは少し驚いた後で、すぐに頷いた。

 さすがに傭兵をやっていただけの事はある、と感心したようだ。

 傭兵だからといって、道具を隠して用意しておく必要はないのだが……。

 ニイナはすぐに牢屋の格子を削り始めた。

 リフィリアが格子の間から通路を眺め、警戒する。

 耳も使って、近付く者がいたら知らせるつもりなのだ。

 村娘達は干し芋を食べ終わり、その様子を何も言わずに見ていた。

 何人かは何かを言いたそうにニ人を見ていたが、数分もすると視線を逸らした。

 牢屋の中ではないどこかで、水が床に落ちる音がする。

 静けさの中、鉄の格子を小さな鋸が削っていく音だけが響いていた。

 何かを期待するような、しかし失敗で終わる事を知っているような、そんな眼差しの中でニイナとリフィリアは希望を失わずに行動していた。



ニイナ(19歳)

訳あって、獣人が住む大陸から、人の住む大陸へとやって来た

持ち前の明るい性格と、敏捷性を武器に傭兵団に入る

リフィリア(22歳)

貴族の三女だったが、政略結婚をするぐらいなら、と聖騎士団に入団

目下の悩みは、親が教団と繋がりを持ちたいらしく、同じ聖騎士と

お見合いをさせようとしている事

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