14.喚転陣と転送陣
全く面倒なことになった。
青い魔女のカフラが残していった水流魔獣を倒した後、いきなり髭の男――たしかアレインとか言っていた――が仲間を助けるのに力を貸せ、とか言い出した。
ふざけて、誤魔化して、怒らせて、なし崩しにその場を去ろうとした。
しかし、それは成功しなかった。
一緒にいた揉み上げの長い男――こっちはバローグとか言っていた――もそれに賛成して、命を賭けるような事を言い出したからだ。
本気かどうかを試してみたら、震えながら耐えていた。
これでは、まるでこっちが苛めているみたいじゃないか……。
交換条件として、必要な情報と住めるような場所に案内するよう言ったら、快諾されてしまった。
住める場所は生活するのに必要だ。
人間に襲われないかと、毎日ビクビクしながら森で生活するなんて、御免だ。
襲われる度に相手を倒して、日々が過ぎるなんて面倒すぎる。
まあ、戦闘自体は面倒だが、あの魔女達には少しだけ恨みがある。
いきなり攻撃しておいて、謝りもしない態度には憤りも感じる。
去り際に
「いつか、絶対ぶち殺してあげるから、待ってなさい!」
とも言われたしな。
魔女達をドレインしたら、強くなれるかも知れないし、別に構わないだろう。
名前を聞かれたので、この世界での俺の名前を決定した。
手に持っていた死神の大鎌を見て、デスサイズ→サイズ→サイスという感じで、適当に名前をつけた。
自分では結構気に入っている。
信頼の証として、ニ人との握手を交わした後、魔女の居場所を聞いてみた。
妙な間の後にニ人が慌て始めた。
「ま、待ってくれ。確か地図があったはずだ。アレイン、どこにやった?」
「確かニイナが持っていたんだよ。『ニ人に持たせるのは心配ニャ!』って」
「まずいぞ。お前、屋敷の場所を覚えているか?」
「大体の場所は分かるけど、僕達の今の位置が分からないよ」
「あ~、クッソォ。無我夢中で逃げたからな、太陽の位置で分からねぇか?」
「無理だよ……」
仲間とやらを助け出そうにも、場所が分からないのではどうしようもない。
本当に面倒なことだ。
「俺が木の上に登って確かめてこようか?」
一応の提案をしてみる。
「いや、……そうだな。頼んでもいいか?」
バローグが遠慮がちに言う。
「分かった」
両腕から黒布を複数出し、木の枝に引っ掛けて頂上まで登る。
木の天辺から周囲を見渡してから降りた。
「屋敷らしいものは見えないな。
俺達のいる道が右に曲がって森の奥に続いている。
それとは別に、後ろの方でこの道と交差する道が、一本存在している」
「クソッ、道が別にもあるのか。どうしたもんか……」
「こっちの右側には山があったぞ」
俺は右手で山のあった方向を指差した。
「山? 山なんてあったかな?」
アレインが首を傾げている。
「……いや、ちょっと待て。アレイン、荷物の中に予備の地図がなかったか?」
「えっと……。そうだ!
確か村長さんがもしもの為に、って渡してくれていたよ!」
「喚転陣は落としてないよな?」
バローグが慎重に聞く。
「えっと、どうかな……?」
荷物?
俺が見る限り、ニ人はバッグやリュックサックのような物を持っていない。
腰の後ろに、小さなポーチのような革で出来た、収納ベルトがあるぐらいだ。
バローグの収納ベルトからは柄のない形の投げナイフが見えているので、持ってる物は限られていると想像出来る。
アレインは着ていた鎧の留め金を外し脱ぎ始めた。
地面に置かれた鎧の内側、背中部分に羊皮紙が貼り付けられていた。
画鋲のような物が羊皮紙を縫いとめている。
「大丈夫。問題なく使えるよ」
「よしっ! 地面に置け」
アレインが従い、畳まれていた羊皮紙が地面に広げられる。
半畳位の大きさになった羊皮紙の表面には、複雑な幾何学模様が書かれていた。
多重の円に三角や四角、そして色々な文字が書き込まれている。
左右対称ではなく右と左、上と下で模様が違う。
「なんなんだ、これは?」
興味本位で聞いてみる。
「あぁん? こりゃ、お前、喚転陣だよ」
「喚転陣?」
俺の頭には、人参が入ったゼリーのような半透明の物体が浮かんでいた。
「遠くにある物を、近くに呼び寄せる為の魔法陣だ」
本当にお前知らないのかよ? といった顔でバローグが答える。
「物を呼び寄せる?」
「あぁ、もう面倒くせぇなぁ」
「さっきの約束には、常識的な情報を教えることも含まれていた事を忘れるな。
約束を違えるなら力を貸さないぞ」
バローグが心底面倒くさそうにしていたので、釘を刺しておく。
「これはニつで一組になっていて、もう一つの魔法陣に乗っかっている物が、この魔法陣の上に召喚されるんだ」
アレインが焦ったように答える。
「物ってことは、生物や人間を移動させることは出来ないんだな?」
バローグからアレインに視線を移し聞いてみる。
「そうだよ」
「一般的なものなのか?」
「うん、値段は銀貨五枚と高値だけどね」
銀貨五枚……。
こっちの貨幣の価値も確認しないとな。
だが、今はそこまで聞いていると、時間を無駄にしそうだ。
「他にも、魔法陣の上にある物を組になっている魔法陣の上に送る、転送陣っていうものもあるけどね。」
「この魔法陣とは種類が違うのか?」
「送るのが転送魔法陣、引き寄せるのが喚転魔法陣。どっちもニつで一組だよ。
どちらも一回使ったらもう使えなくなる」
「なるほどな」
喚転陣、転送陣というのは短縮した呼び方なんだな。
「納得したところで、やっちまっていいのか?」
バローグが待ちかねていたように言葉を挟む。
「ああ、すまない手間を取らせた」
「ったく。『空間を司る者よ、古の盟約により、陣による法を実行せよ』」
バローグが呪文を唱えると、広げられた羊皮紙の上に光が走り、山登りに使うような大き目の背負い鞄が出現した。
前世ではザックと呼ばれていた様な、大きいヤツだ。
厚手の布で作られており、所々が革で補強されている。
上や横には、毛布やマントなどの防寒具が、革のベルトで縛り付けられていた。
バローグとアレインは背負い鞄のあちこちを開いて、地図を探している。
暫くの後、バローグが地図を取り出した。
「ええと、山、山、やま、ヤマ……」
薄い布に赤い塗料で書かれた地図には、村の位置と木材を切り出し、運ぶ為の運搬用の道。
そして、屋敷へ続いている馬車用に作られたであろう道などが書かれている。
「これじゃないかな?」
アレインが地図の右上ある文字の部分を指す。
どうやら山の位置を示しているらしい。
「うおっ、通り過ぎてるじゃねぇか!?」
バローグが山と村の位置と道から、自分達がいる場所を割り出した。
「戻らないといけないね」
「それじゃあ、行くとするか」
俺はそう言った後、背負い鞄を持ち上げて、背負った。
「「えっ……」」
ニ人が驚愕の目で俺を見ている。
「何だ? どうかしたのか?」
ニ人は戦闘で怪我をしている上に、恰好もボロボロだ。
この中で一番力を持っているのは俺なので、荷物は俺が持った方が良いだろう。
ひ弱な奴に持たせて移動速度が遅くなったら、夜になってしまう。
吸血鬼が昼より夜のほうが強いのは当たり前だ。
翌日の朝を待っていてばいいのかもしれないが、俺は長引かせる気はない。
さっさと終わらせて、もっとこの世界の事を聞かなければ。
この世界でどんな事が俺を待っているのか、想像してウキウキしているのだ。
魔女に吸血鬼はいるらしい。
エルフは? ドワーフは? 魔法は何種類?
目の前で魔法陣から荷物が出現しただけでも、少し興奮している。
「あっ、いや、なんでもねぇ」
バローグが顔の前で手を振る。
「荷物を盗んだりしないぞ」
「ち、違うよ。荷物を持ってくれるとは思わなくて」
アレインが正直に答える。
「怪我をしている奴に、荷物を持たせたりはしないさ。そら、行くぞ」
「おう」 「うん」
アレインが慌てて鎧を着直す。
バローグは置かれていた羊皮紙を拾い上げた後、地図を見ている。
なんだか調子の悪いニ人をせっつきながら、屋敷を目指した。




