13.バローグの打算
バローグ視点です
「すんごい髭が整っているけど、リンスでも使ってるの?」
骸骨野郎が訳の分からない事を言っている。
だが、俺達がやったことに対して怒っているということは分かる。
クソッ、アレインの馬鹿がなんてこと考えつきやがる。
確かにこの骸骨は強い。
だけど普通、魔物に助けを求めるなんてありえねぇだろうが……。
少し考えた後、俺はアレインに加勢することにした。
アレインと同じように走って回り込んで、同じく片膝をついて頭を垂れる。
慌てたように必死に見えるように。
「さっきはすまねぇ! 俺からも頼む。俺達に力を貸してくれ」
骸骨野郎はこちらを見ると、巫山戯るのを止めて言葉を返した。
「……お前はさっき俺を殴った奴だろう。俺が願いを聞き入れるとでも?」
「それについては重ねて謝る! 勘違いしてすまなかった!
俺達の仲間が魔女達に捕まっているんだ。俺達じゃあどうしようもねぇ。
あんたの強さならきっと仲間を助けられる。頼む」
「そもそも、俺は殴られた事を謝罪一つで許すつもりはないぞ」
「なんだったら殴ってもらってもいい。それで気が済むんなら」
こうゆう理屈っぽい奴は誠意を見せると、コロリと信用してくれる。
殴られるだけで、あの魔女達をどうにかしてくれるなら安いものだ。
傭兵団で問題なくやって来た俺にとっては、こんな魔物を騙すのは簡単だ。
「さっきの戦いを見ていたのなら分かるだろうが、俺はこの手で相手の生命力を吸って殺すことが出来る。その拳を受ける覚悟があるのか?」
うえぇえ!? 嘘だろ!? そんなことできるのかよ。
俺はてっきり、ただ殴られて青痣を作る位に思っていたのに。
だが、ここで怯んじゃ、相手の信用を勝ち取ることなんて出来ねぇ。
途中で態度を変える奴は信用されない。
俺だって意見をコロコロ変える奴を信用したりしない。
「お、おう。それで気が済むんならやってくれ……」
鎌を持った骸骨野郎が俺に近付く。
こういう奴は絶対、殴られたぐらいで相手を殺したりはしない。
殺すなら話をせずに、すぐに襲い掛かって来るはずだ。
さっきも殴った俺を放置して移動しようとしていた。
そんなに怒ってないはず。
大丈夫、大丈夫だ……。
身を強張らせて耐える。
俺の読みが外れることなんて十回に一、ニ回程度だ。
これは外れじゃない。これは大丈夫……。
嫌な汗が背中を流れる。
……そして固い骨で出来た拳が、俺の頭にピッタリと当った。
頭を押さえつけるように、拳が押し付けられる。
う、嘘だろぉ……。嘘だといってくれぇ……。
こんな所で死にたくねぇ。
骸骨の腕を振り払って、逃げようと思い始めた時、奴は拳を頭から離した。
「ふぅ、そんなに仲間を助けたいのか? 全く面倒な話だ」
「じゃ、じゃあ!!」
恐怖から解放され、脱力する俺の横でアレインが顔を上げて、声をあげる。
「まあ、待て。俺は殴られた事を許してやっただけだ。
魔女達を倒す事に協力すると決めたわけじゃない」
「あ、いや、魔女達だけじゃないんだ。あいつらの親玉に吸血鬼がいる」
ちょ、おまっ! 何言ってんだこの馬鹿野郎!
そんな事言ったら、余計に手伝ってくれなくなるだろうが!
「それに、村に住んでいた娘が十二人捕まっている。それも助けたいんだ」
あ~……。あ~あ。
それも言っちまいやがった。
この箱入りお坊っちゃまは本当に駆け引きってものをしらねぇ。
まあ、だからこそリフィリアの依頼を受けちまったんだけどなぁ……。
「何だそれは? 全く面倒極まりないな」
やばい、こりゃ駄目だ。
俺が何とかしねぇと。
「待ってくれ。もし、手伝ってくれるなら俺たちに出来ることはなんでもする。
俺達結構金も持っているし、魔物が好みそうな宝物も持ってる。
手伝ってくれるなら何でもくれてやる!」
髑髏に開いたニつの穴が、顔を上げた俺の方を向いた。
なんだよ。そうだよ、俺達に金があるわけねぇ。
宝物なんて持ってねぇし、やるつもりもねぇ。
でも、何でもするって言うのは本当だ。
ニイナとリフィリアが助けられりゃあ何でもしてやるよ。
少しの間の後、骸骨野郎が口を開いた。
「いや、金とか宝物は要らない。
そうだな、少し頼み事を聞いてもらおうか」
なんだよ、俺達の命が欲しいとか言い出すつもりか?
ニイナとリフィリアが助かって俺達が死ぬのか?
いや、落ち着け。
奴は“頼み事”って言ったんだ。
すると、何だ? 生贄を集めろってか?
「俺はこの世界の事に不慣れでな。色々と常識的な事を教えて欲しい。
それと、魔物でも静かに暮らしていけるような場所へ、連れていって欲しい」
はぁっ!? 何だそりゃ!?
常識的なこと? 静かに暮らす? 嘘言ってんじゃねぇ。
でかい鎌を持って、魔物を一瞬で殺せるような奴が、そんなこと考える訳がない。
なんだ? 何を隠してやがる。
俺達をどうするつもりだ?
場所へ連れていけっていうことは、しばらく俺達と行動を共にするってことだ。
その間に何かしようっていうことなのか?
わかんねぇ。考えている事がサッパリ分からねぇ。
「それでいいんですか!? それぐらいなら大歓迎ですよ!」
アレインが何も考えなしに喜んでいる。
くそっ、馬鹿は気楽でいいよなぁ……。
こりゃ、俺がいつも通り頑張るしかねぇ。
何が目的が知らねぇが、俺が目を光らせておかねぇと、どうなるか分からねぇ。
「すまねぇ。俺はバローグって言うんだ。こっちはアレイン。
あんたの名前は?」
「俺か? そうだな……」
ただ名前を聞いただけなのに随分な間があった。
「サイス……。そう、サイスとでも呼んでくれ」
骸骨野郎のサイスが鎌から右手を離し、俺達の前に差し出してくる。
俺とアレインは立ち上がった。
「これからよろしく頼みます」
アレインが無警戒にその右手を握る。
馬鹿っ! こいつはさっき、手で俺達を殺せるって言ったばかりだろうが!
サイスはアレインの右手を離すと俺の前に手を差し出した。
クソッ! ここは我慢するしかねぇ。
「よ、よろしく頼む……」
その温かみのない骨ばった、というか骨そのものの右手を掴み、上下に振る。
正直、生きた心地がしなかった。
「で、魔女達はどこにいるんだ?」
サイスの言葉に場が凍りついた。
バローグ(25歳)
戦争によって両親を失い、戦争孤児となる
戦場で兵士の手伝いをして小銭を稼ぎ育つ
やがて傭兵となり、3年前にアレイン、ニイナと出会う
どこにでもいる顔なので、顔を覚えてもらうために
揉み上げを伸ばしている




