12.アレインの願い
アレイン視点。回想から始まります。
赤いドレスを着た魔女は、自分が『獄焔の魔女のキフリ』であると名乗り、攻撃を仕掛けてきた。
僕達が蟹の事を知らないと答えると、リフィリアが聖騎士であることに気付き、嘘を吐いていると難癖をつけてきたのだ。
戦い始めてから、いくばくかの時間が経っていた。
真っ赤に燃え盛る石炭の塊が、目の前に炸裂する。
背負っていた全身盾を前に構えたにも拘らず、後方へ吹き飛ばされる。
「アレイン! 大丈夫かっ!?」
遠くでバローグの声が響く。
「だ、大丈夫」
確かに吹き飛ばされたが、ダメージはさほど感じなかった。
盾はひしゃげて、使い物にならなくなっていたが。
「高貴なる種にして始原の女神よ! 邪悪なる敵に閃光の裁きを!」
リフィリアの詠唱によって出現した光球が、キフリと名乗った獄焔の魔女へと飛んで行く。
「ええい! 鬱陶しい!」
魔女が手を払うと炎が噴出し、光球にぶつかって消えた。
状況は悪くない。
五分と五分、押しては引き、引いては押すの繰り返しだが、負けてはいなかった。
魔女は爆発する燃えた石炭を出現させたり、炎を纏ったりは出来るが、それ以外のことは出来ないようだ。
僕が前衛で飛んでくる石炭を防ぎ、ニイナが飛び回って攪乱、バローグとリフィリアが後方からダメージとなる攻撃を繰り返す。
今は僕がいなくなった隙を、ニイナが長くない剣で切り掛かることで補ってくれている。ニイナのジャンプ力にはいつも驚かされる。枝を器用に跳び移りながら移動して、空中のキフリに切りかかるなんて、僕には無理だ。
「ウニャアッ!」
そのニイナが、どこからか飛んで来た水の塊によって、撃ち落された。
「なぁっ!?」
慌ててバローグがニイナを受け止める。
「何をしているのキフリ? 使い魔を探しにいったんじゃあ?」
空に浮いているキフリの後ろから、青いドレスを着た別の魔女が現れた。
青い魔女も当たり前のように空に浮いている。
「あら? お姉様、貴方こそどうしてこちらに?」
赤い魔女は青い魔女に言葉を返した。
先程まで醜い形相で、俺たちを攻撃していたとは思えない程の、美しい笑顔で。
「捕まえた食料たちが煩いから、適当に食べ物をね……」
「そんなの放っておけば良いのに。どうせ明日には死ぬ身よ?」
「でも、お父様が衰弱した娘の生気をお好みになるかしら?」
「そうね、確かにそう言われると……」
なんでもないかのように、ニ人の魔女が僕達に視線をよこした。
「それなら、ここにいるニ人を代わりに持っていけば良いわ」
赤い魔女が言う。
「そうね。それなら良いかしら」
青い魔女が頷く。
すでに立ち上がっていた僕は、ニイナを抱えたバローグの前に移動した。
ニイナの意識は無いようだ。
「「じゃあ、そうしましょ」」
ニ人の魔女の声が重なった。
魔女がニ人になり、僕達にはどうしようも出来なくなった。
リフィリアも水弾によって弾き飛ばされ気絶し、バローグは青い魔女が召喚した獣に襲われ傷だらけになった。
僕はキフリの攻撃を硬い鎧で受け止め、被害を抑えることしか出来なかった。
ニイナは気絶しているようだった。
爆発と水飛沫が飛び交う中、必死に抵抗した。
気付くとバローグに半ば引きずられながら、逃げていた。
盾や兜はどこかで落としてしまったらしい。
もっとも、どちらも直せないほどひしゃげてしまったので、惜しくはないが。
慌ててバローグの手を払った。
「どうして……。どうして逃げたんだ!」
「馬鹿野郎! 俺達があそこに残って何か出来たのかよ!」
分かっている。魔女達は女しか狙っていなかった。
勝てないことは途中から理解していた。
抵抗を続けていても、僕達が殺されるだけで、結果は変わらない。
彼女達は連れ去られる。
僕達が生きているかどうかが違うだけだ。
歯を食いしばって耐える。
色んな感情が溢れ出てきて、このままだとバローグを殴りそうだった。
「俺は一旦クルヘアの街に戻って傭兵を集めてくる。
嘘でも詐欺でもいいから仲間を集めて戻ってくる。もしかしたらニイナやリフィリアが、何かされる前に間に合うかもしれねぇ……」
クルヘアの街。僕達が傭兵団から追い出された街。
あの場所で、僕達の話を聞いてくれる傭兵が、どれだけいるのだろう?
状況は絶望的だ。
これじゃあ、ニイナやリフィリアは……。
「バローグ。僕がこのメイスを売るよ。
それで魔剣を買う。
そうすれば、何とかあの魔女をやっつけられるかもしれない」
僕のメイスは特別製だ。そこいらの武器と比べれば結構な価値がある。
親の形見を手放すのは惜しいが、仲間の命には代えられない。
お金があれば、上手くいけば魔女殺しの魔剣が手に入るかもしれない。
「アレインお前……」
「あの街じゃあ、僕達の話を聞いてくれる傭兵なんていやしない。
だったら時間を無駄にするより、魔剣を手に入れて僕達で何とかしよう」
バローグは何かを考えるように、ジッっと僕のメイスを見詰めた。
「いや、駄目だ」
「バローグ!」
「街でメイスの買い手を見つけて、魔剣を買うにしても、時間が足りねぇ。
村まで半日、そこから馬で街まで一日程かかる。
不眠不休で移動しても、往復で三日以上かかっちまう。
あの魔女達は、明日には捕らえた娘が死ぬみたいな事を言っていた」
「それは……」
くそう、良い考えだと思ったのに。
でも、明日までに何とかしなきゃいけないなら、傭兵を集めるのも無理だ。
「俺も焦って出来もしない事を言っちまった。すまねぇ。
俺達で何とかするしかねぇ。何とか屋敷に潜り込んで隙を見て――」
不意にバローグが黙り、僕の肩を叩いた。
バローグが親指で指差した先には、変な魔物がいた。
巡礼する人のような、フードが付いたローブを着た骸骨だ。
両手で大きな鎌を持っている。
こちらには気付いていないのか、反対側へと移動していった。
「もしかしたら、あれがニイナが言っていた、覗き見骸骨かも知れねぇ」
小声でバローグが囁く。
「奴を脅して、屋敷ん中に上手く入れれば、何とかなるかも知れねぇ」
僕は頷いた。
バローグが傭兵仲間と喧嘩する時のように、骸骨を脅した。
上手くいくと思った。
バローグはそういった交渉が物凄く上手いのだ。
バローグに任せて悪い結果になったのは、三年でニ、三回ぐらいしかない。
だが、駄目だった。
三人目の魔女が出てきたのだ。
緑色の魔女は樹木で出来た人型の魔物を召喚して、僕達を襲ってきた。
僕は殴られて吹き飛ばされ、地面に転がった。
不思議なことが起きた。
一瞬で周りに黒い煙が出現し、僕の体が覆われる。
煙の中から真っ黒な禍々しい布が現れて、樹木の魔物を拘束した。
そして、骸骨は信じられないほど速く動いて、全ての魔物を倒してしまった。
仲間だったんじゃないのか……? 魔女達の仲間だったんじゃ……。
バローグに助け起こされた僕は、呆然と骸骨を見ていた。
骸骨は緑の魔女に襲い掛かった。
もしかしたら魔女に勝てるかもしれない。
この骸骨なら勝てるかもしれない。
でも、状況が変わった。
また、あの青い魔女が現れたのだ。
青い魔女は忌々しい獣を召喚すると、緑の魔女と共に逃げてしまった。
慌てて僕達は魔女を追い駆けようとしたが、獣に阻まれてしまう。
メイスで何度も叩いたが、激流の中に棒を差し込んだ時のように弾かれる。
攻撃が効かない。
どうやって倒せばいいんだ。
僕の攻撃は効かないのに、獣の攻撃は僕に当る。
獣に押し倒され、またもや地面に転がった。
獣の牙が僕に襲い掛かる。
影が覆いかぶさった。見上げると骨の顔がそこにあった。
僕に圧し掛かっていた獣が破裂し、水に変化する。
何故助けてくれるのか分からない。
ポカンと開いていた口の中に、水が入ってきてむせた。
骸骨は同じように襲われていたバローグを助けると、こう言った。
「もう少し離れていろ。邪魔だ。」
あんなに強くて攻撃を弾く獣を、あっさりと骸骨は倒していった。
残りの獣が合体して大きくなったが、それも簡単に倒してしまう。
僕は考えた。
骸骨は強い。そして話が分かる人だ。
いや、人じゃなくて魔物だけど。
もしかしたら、もしかして、僕達が頼めば助けてくれるんじゃないだろうか?
そうすればニイナもリフィリルも助かるんじゃないだろうか。
僕とバローグだけじゃあ、魔女どころか使い魔にも勝てない。
でも、この骸骨なら魔女も倒せる。
もしかしたらナイトキングも……。
願いを聞いてくれるだろうか?
もし、怒って攻撃されたら?
バローグがさっき殴っている。
怒るのが当然だ。
でも、それなのに助けてくれた。そんな僕達を助けてくれた。
気付いたら走り出していた。
骸骨の前に回り、最大の敬意を表す姿勢をとる。
片膝を地面につけて屈む。両手を両腿に乗せて、首を前に差し出す。
これは願いを聞いてくれるなら、この首を差し出しても良いという意味だ。
「僕達に力を貸してください!」
「うわ、君、顔が濃いな~」
何か、酷い事を言われた。
アレイン(21歳)
本当はソース顔のイケメンだが、訳あって髭を生やしている。
神官の息子だったが、神殿が取り潰しになり、傭兵に身をやつす。
性格は好青年のボンボン気質。




