11.骨腕VS流水
水流魔獣の牙が俺の横を通り過ぎる。
俺はすぐさま鎌を振るい、切り裂こうとするが、後ろを振り向いた時には、もうそこに姿はなかった。水流魔獣は素早い。
決して移動速度は速くないのだが、方向転換が素早く、跳躍距離が長いので、攻撃のタイミングが掴めない。
俺は黒煙を吐き出し黒布を出現させる。
周囲にいた三匹の内ニ匹は、黒煙を警戒し、飛びずさった。
残った一匹に黒布を絡めるが、動きを止めることは出来なかった。黒布が水流魔獣の表面を流れている水の流れに弾かれ、地面に落ちてしまったからだ。
なるほど、身体の表面は水流で覆われているのか……。
時折、光を反射する青い毛が波打って見えるのは、水の流れによるものらしい。
どうやら黒布による拘束は出来ないようだ。
俺は標的を周囲にいる三匹から外し、後方で様子を見ている一匹に変える。
残りの四匹は、更に遠くにいる。
目の前の三匹の間をすり抜ける様に駆け抜ける。
俺は走りながらゴルフクラブをスイングするように、斜め下から鎌を振る。
標的にされた水流魔獣は、とっさに跳躍し斜め後方に飛んだ。
下から駆け上がる刃が、水流魔獣のすぐ横を通過する。
そう来ると思っていた。
俺は振り上げた鎌を切り返し、水流魔獣の着地点に振り下ろした。
「ギャウッ――」
毛と水の流れによる抵抗を、腕に感じながらも、振りきる。
鎌のドレイン斬撃を受けた水流魔獣が、着地と同時に水の塊に戻り、破裂する。
飛び散った水が地面に落ち、一瞬で乾き、消えていった。
いくら小回りが利くとはいえ、俺の速度はそれ以上だ。
反応される前に攻撃を当てられさえすれば、倒すことは可能である。
これで一匹。
「おわぁっ! くんな! 来るんじゃねぇっ!」
「ぐっ、このぉおっ!」
騒がしいニつの声に反応して、視線を向ける。
揉み上げと髭のニ人組みが、水流魔獣に襲われていた。
まったく、どこか遠くに逃げればいいものを……。
俺は髭男を組み敷いている水流魔獣に向かって走った。
鎌だと一緒に殺してしまうか……。
こちらに気付いた水流魔獣の動きより速く、俺は右腕を差し込んだ。
「ギャワアァウン!」
鎌の柄を離した右腕が、水流魔獣を貫いている。
腕に水流の抵抗を受けながら、ドレインを発動させた。
水流魔獣がドロリと溶けて水に戻り、髭の男の上に流れ落ちる。
髭の男は驚いた目で俺を見ていた。
「わぷっ」
髭男の呆けて開いた口に、水が流れ込む。
俺は髭男の反応を気に留めずに、もう一人の男を見る。
揉み上げの男は水流魔獣に投げナイフを投げているが、刺さったナイフは毛と水に流され地面にポトポトと落ちていっている。
ダメージを与えていないのは明らかなのに、男は攻撃を繰り返していた。
水流魔獣はそういった攻撃を気にせず、揉み上げに飛びかかった。
揉み上げ男はとっさに短い剣で、水流魔獣の攻撃をいなそうとしているが、先程と同じく毛と水に流され弾かれる。
「がっ! こんちくしょおおぉぉっ!」
揉み上げ男がショートソードを掴んでいる腕に咬みつかれ、叫び声をあげる。
俺は素早く近付き、男に噛み付いている水流魔獣の頭を掴み、ドレインした。
骨で出来た指の間で飛沫が跳ねる。
水流魔獣は水の塊になり、パシャリと音を立てて散った。
揉み上げ男は何が起こったか理解できずに、目をパチクリさせている。
「もう少し離れていろ。邪魔だ」
一応の注意をしてから、残りの水流魔獣に向き合う。
三匹倒した。後は五匹。
どうやら、鎌を使うより、腕からドレインした方が、効率が良いらしい。
鎌を振り上げる動作の間に、水流魔獣が逃げてしまうからだ。
これは俺の鎌が大きい所為でもある。
腕から黒煙を出し、黒布を数本出現させる。
俺は黒布で鎌を背中に固定し、両手を自由にさせた。
「グゥルルル!」
俺を追ってきた水流魔獣たちが、俺を中心に円を描くように広がる。
俺は振り向きそれらと対峙した。
ボクサーの様に戦う姿をイメージして、左手を前に右手の拳を顎の横に構える。
素早く踏み込む。
左拳をジャブのように、視線より下方向に打ち出す。
四足で立っている水流魔獣の鼻先に拳が走る。
水流魔獣が後方へ飛んで避ける。
それと同時に、左右に広がっていた他の水流魔獣が襲いかかって来た。
数は三匹。
突出している一匹を標的に据える。
すぐに拳を引き戻し、体勢を整えた俺は右の掌底をフックのように振った。
勢いのついた掌底が、水流魔獣の顔面にぶつかる。
ドレインされた水流魔獣が、水の塊になり飛び散った。
それを確認した俺は後ろへ跳びながら、残りニ匹の牙と爪をかわす。
着地と同時に前へ踏み込む。
体勢をすぐさま立て直したニ匹が、迎撃の爪を繰り出した。
その爪をローブで受けながら無理やり前に出る。
水流魔獣の爪は俺の両肩に当るが、ローブを引き裂くことなく止まった。
俺の両腕が、動きを強引に止められた、ニ匹の頭に突き刺さる。
埋没している腕が、皮膚と毛の部分に流れている水で流されそうになる。
ぶれない様に両腕に力を込めた。
ドレインされた水流魔獣は叫び声も上げられずに溶け崩れ、地面に消えていく。
少しダメージを受けたな。
残りはニ匹。
視線を向けるとニ匹の水流魔獣が重なるところだった。
ええぇ……、合体とか聞いてないんですけど。
ニ匹は溶け合うと、一回り大きくなった大水流魔獣になる。
そして、大きく口を開けると咆哮した。
「グガアアアァアアァッ!」
その口から凍水の魔女から放たれたものと同じ、水弾が発射される。
俺は慌てて横に避けた。
真横のギリギリを水弾が通っていき、木にぶつかる。
一抱えもありそうな木が一撃で折れて倒れる。
結構な威力がありそうじゃないか……。
相手が遠距離攻撃をしてくるなら、対応を考えなくてはいけない。
「ガアウッ!」
大水流魔獣が口を開けて、水弾を出せるようにしながら、駆け寄ってくる。
俺は水弾を警戒しながら黒煙を吐き出した。
いつものように地面の上を覆うように広げるのではなく、空間を遮るように黒煙を前面に、壁のように撒いていく。
これで視界が悪くなったはずだ。
大水流魔獣が立ち止まり、水弾を放った。
俺との距離は五歩程度。
煙幕として張った黒煙が水弾に弾かれ、上の大部分が霧散する。
しかし、そこに俺はいない。
水弾をしゃがんで避けていた俺は、黒煙の下部分から飛び出した。
三歩目で大水流魔獣の前足が振り下ろされる。
軽く跳んで、スライディングするように斜めにかわす。
踵が地面にこすれ音を立てる。
大水流魔獣の横に位置した俺は素早く姿勢を戻し、黒煙の中ですでに背中から両手へと持ち替えていた鎌で大水流魔獣の横腹を薙いだ。
滝の中に棒を突っ込んだような反発を感じながら、振り切る。
「ギャウアッ!」
ドレインされた大水流魔獣は水に戻り、水飛沫になって散った。
ふうっ、何とか倒せたな。
見逃しや勘違いが無いように、周囲を見回す。
ローブについた埃や泥を払う。
キフリから受けた水弾による湿り気は、乾いて無くなっていた。
そういえば、俺は何で戦っているんだっけ?
道を歩いていたら男ニ人に絡まれ、いきなり登場した魔女っ子に攻撃されて、それで反撃したら戦いになったんだった。
頑張って戦った割には、収穫のない戦いだった。
結局、何の情報も得られなかったしな。
ナイトキングとか魔女とか俺には関係ないし、どうでもいい事か。
周囲に魔物や敵対する者がいないのを確認した後、適当な方向へと歩き出そうと向きを変える。
男が後ろから出てきて、いきなり片膝を地面について頭を下げてきた。
「僕達に力を貸してください!」
よく見ると、先程俺に絡んできた男の一人、髭面の男だった。
そこら辺にまだ居たのは確認していたが、もう絡んでこないと思ったのに。




