惚れ薬
「いやぁ、ごめん。お待たせ!」
「えぇ、仲間外れはいけないのよぉ」と駄々をこね嫌がるウルルの背中をマリアが押し、家から追い出すことが出来たのは数分、十数分と時間が経った頃だった。
その頃には、床に腰を下ろしていたシエルは退屈のあまり、うつらうつらと船を漕ぎ始めようとしていた。頭をフラフラと前後左右に動かし、瞼が石のように重たく閉じようとしていたシエルの横を通り過ぎ、ウルルが家の外へと放り出され扉が閉まる。ドタドタと大きな音で繰り広げられた問答に瞼の上の石をどける事になったシエルが見たのは、閉ざされた扉の前でゼェゼェと息を荒げ、拳を天井に向けて振り上げているマリアの姿だった。
額から汗を流しながらマリアは振り返り、床に座り込み自分を見上げてくるシエルへ、達成感あふれる笑顔を返した。
そして、シエルの手を取り引っ張り上げることで立ち上がらせると、床に直で座った為にシエルのスカートについた埃やゴミなどを叩き落とした。
「ごめんねぇ、あんまり掃除とかしないから汚れちゃってる。あぁ、もう本当に私って駄目。待ってもらうなら奥のイスでって言えばいいのに!」
両手で頭を抱えながら、マリアはシエルを先程ウルルの背中を押して出てきた家の奥へと促した。
「ウルルが入れたお茶があるから、まずは一休みしてよ。」
その言葉の通り、案内された台所のテーブルの上には、湯気を立てるカップが二つ用意されていた。促されるままにイスに座ったシエルがカップを手に取ると、中には程よい色で揺れる美味しそうなお茶が並々と注がれていた。
「ありがとうございます。あっ、でも、その前に。」
進められるがまま、お茶を飲もうとしたシエルだったが、一端カップをテーブルに置くと籠をその隣に乗せ、中からマリアからの依頼だったラブポイズンを取り出していった。
一つ、二つ。
一つずつ籠から出し置いていくシエルの手元を見て、マリアは目を輝かせていた。
…五つ、六つ
「ね、ねぇ。どれだけ採ってきたの?」
その数が片手では足りなくなり、そして両手でも足りなくなると、マリアの顔はあからさまに引き攣り、動揺を隠せなくなっていた。
「えっと、全部で24本です。」
ムウロに手伝って貰った上に、群生している場所を見つけたおかげで、たくさん手に入れることが出来ていた。収穫は程ほどにしないといけないという、山のマナーが頭にあったシエルは自分が楽に持てる程度、見つけたラブポイズンの半分以下しか採ることは無かった。
その旨をマリアに説明して、籠に入っていた24本のラブポイズンを全てテーブルに置けば、マリアは顔を自分の手で挟みブツブツと何かを呟いていた。
えっ、ちょっと待って?
これって確か希少種だったわよね。
本には、そう書いてあったのに。業者の人も手に入りにくいものだからなぁって頼まれてもくれなかったのに…。
何?何なの?大公の魔女様だから?
「これ、集めるの大変だったでしょ?」
いえ、違う。きっと違う。
この子が頑張って、何時間もかけて集めてくれたに決まってる。
そうよ、そうよね。
マリアは必死に自分の考えが正しいと思い込もうと、引き攣った笑みをシエルに向けて問い掛けたが、そんな呟きが届いていなかった当のシエルは、首を振って「すぐに集まったよ」とマリアの考えを打ち破ってしまった。
「そ、そう。」
「少なかった?」
もっと一杯採ってくれば良かったのかな、とマリアの反応を見て不安に顔を歪めたシエル。
そんなシエルにマリアは大慌てだった。
マリアからすれば、一本や二本で良かった。というか、業者に頼んだのならマリアの財布の状況を考えても二本が限界だった。
それくらい、ラブポイズンは希少で効果なものなのだ。
そんな事を知らないシエルは、依頼を達成出来なかったのかと不安を隠しきれない様子だった。
「ううん。こんなに、たくさん持ってきてくれるなんて思っても見なかったから驚いてるだけ。うん。ありがとう。」
シエルの手をとり、ブンブンと振って感謝を示すマリア。
でも、その頭の中は謝礼ってどうすればいいのという思いが渦巻いていた。
しかし、すぐに解決方法を思いつき、暗さを落としていた顔色が明るいものへと変化した。
「そうだ!これで作った薬を持っていってよ!」
「薬って、惚れ薬?」
ムウロに、ラブポイズンから作られる薬が何かを説明されていたシエルは、マリアの提案にどうしようと困ってしまった。
惚れ薬なんて使う時あるかなぁ?
そんな事を考えているシエルの目の前で、再びマリアは固まっていた。
子供のように見えるのに、どうして惚れ薬なんて知っているのだろうか。
そして、子供相手に惚れ薬を渡そうとしている自分が急激に恥ずかしく感じたのだった。
「惚れ薬って、どういう時に使えばいいの?」
貰う惚れ薬の使い道を聞いておこうと、ただそれだけの素直な考えでマリアに尋ねたシエル。
マリアは、どう答えるべきかで混乱した。
マリアも素直に答えるべきか、それとも頑張って頭を働かせてはぐらす言葉を捻り出すか。
「物語だと、悪い女の人が男の人を横取りする為に使ってるけど、ムウさんは他にも色々使い道があるって言っていたの。私は横取りしたいって人は居ないから、使うなら他の使い方だもん。何があるの?」
無邪気な質問って怖い。
マリアは打ちひしがれた。
「お、お父さんとお母さんに聞いたら分かるんじゃないかな?」
困った時には他人に押し付けてしまえ。
そんな言葉を思い出したマリアは、そう答えていた。
「…なんか、お父さん、お母さんに使いそうだな。」
マリアに言われ、ジークとヘクスを思い浮かべたシエル。
あまりイチャイチャしたりしない、淡々とした表情で素っ気無く相手をする母。そんな母にベタ惚れで、隙あらば抱きつこうとしたりする父。
「あら、いいじゃん。親が仲良いのは嬉しいものでしょ?」
シエルの意識が、マリアに向けた質問から反れていると感じたマリアは、ニコニコと無責任な言葉で進める。
マリアの言葉に、惚れ薬を父に渡したりしたら、間違いなく絶対に母へと飲ませるだろうと、シエルは確信した。




