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招待

シエルの前に跪いてみせた少年は満面の、シエル曰く不気味な、笑顔を欠片も曇らせることなく、シエルを見上げて言葉を紡ぎ始めた。


「我らが女王アウディーレが是非、皆様を大切なお客様として城に招きしたいと申しております。御食事を共に、そして楽しく歓談を」

「えっ」

「ですが、お招きしておいて大変に申し訳ないことなのですが。女王の大切な御客様をお招きするということが長らく城に残された記録にも記述がなく、城に仕える我等の準備が手間取ってしまっております。最高のおもてなしを、と女王陛下はお望みなのです。ですから、どうか。こちらの準備が整うまでの間、暫しお時間を頂きたく存じます。幸いにも本日は天候も良く、このように街も大変に賑わっております。是非、皆様には観光などでお時間を御潰し下さい」

「えっ、あの!」

「勿論、観光に際してご利用になりましたもの全てに御代など必要は御座いません。そのように申し伝えておきます故、思う存分にお楽しみ下さい。


えっ、あの?と戸惑い話を遮ろうと試みたシエルなど眼中にも居れず、敬うような態度を取りながらも少年はスラスラと言葉を紡ぎ続けた。

女王アウディーレの考えを伝え、押し付けることしか、彼の考えには存在しない。

女王の命令が彼の全て。

それがありありと示されている態度そのものだった。


スッと少年は立ち上がる。

そして大振りな動きで腕を動かし、シエルから見ると自身の背後に堂々とした姿を見せている城を指し示す。


「準備の程が整いましたら、あちらの王城にて鐘を鳴らす手筈となっております。あの鐘には特別な魔術がかかっておりまして、その音はこの国の何処に居ようと全ての者の耳に届きます。鐘の音が聞こえましたら、どうぞ城まで御出で下さい」


言い切った少年はシエル達に一礼して、すでに浮かべていた満面の笑みをより深く、そして完璧に作りなおす。

そして誰の言葉も受け付けないとばかりに、周囲に腕を揮って指示を出し、足早にこの場から立ち去る準備を始めた。

「それでは皆様、どうか我等が女王が治めしアウディーレ王国を存分にお楽しみ下さい」

この間にもシエルは少年の言葉を遮り、断ろうとしたり、説明を求めようと試みていたのだが、少年もその後ろに整列していた兵士達もシエルの声が耳に入らず、その姿さえ見えていないかのように、まったく話を止め様とはしなかった。

制止しようとする声を一切気にも留めることなく、最後まで言い切った少年はやり遂げた達成感を満面の笑顔の中に浮かび上がらせている。そして、くるりとシエル達に対して背中を向け、まるで何事も無かったのだと言わんばかりの素早さで、兵士達を引き連れて城に向けって去っていく。

ザッザッザッザ

兵士達の訓練の行き届いた、規則正しく重なり合った足音が少年と共に段々と遠ざかっていった。


「な、何だったの?」


兵士達の背中が小さくなった頃になったようやく、シエルは声を出す事が出来た。

シエル以外の、ムウロもユーリアも、シリウスも見た目には平然とした顔で、これからどう動くかなどの話を始めて、そして終わらせようとしている時のことだった。

「あの女の侍らす輩は大抵あんなもの。驚くことではない」

ころころと笑うユーリアのその言葉は、驚きから覚めやらぬシエルに対する慰めだったのかも知れない。


「大戦の前はまだ、常識もあるマトモな人間だったんだけどね」


「おやまぁ、ムウロ、お前もまだまだ坊やだこと。あれの何処か、マトモで常識のある人間だったのかしら。すでに気味の悪い化物だっただろうに」


遠い昔を思い返して呟いたムウロに、ユーリアは呆れ顔で肩を竦めていた。


「だが、歓迎するというのなら乗ってやろうではないか」


「そうだな」


馬鹿息子を探すには好都合。

言葉少なめにシリウスも、ユーリアの言葉に頷いた。


「シエル。ムウロと決して手を離さぬようにな。それと、此処では何も口にせぬように」

「…うん、分かった」

ユーリアの忠告に素直に返事をしたシエル。

あまりにもあっさりと頷いたシエルに、ユーリアは少しだけ目を見張る。

「…理由を聞かぬのか?」

「気になるけど、絶対にしちゃいけないことだから教えてくれたんだと思ったから」


「…馬鹿息子は一人で十分だとは思ったが。このような娘が生まれるのならば、少し考えてしまうな」


頬に手を当て、シエルをじっくりと見下ろすユーリア。

「自分から生まれてくると思うのなら、別に止めませんけど?」

「冗談じゃ。アリア姫やディアナならばいざ知らず、私の子がこのような娘になろう筈はない」

分かっておるわ、とムウロの辛辣な物言いをユーリアは切り捨てるが、その顔には本心から残念だと思っているような表情が浮かび、見下ろされるシエルだけがそれを目撃していた。


「まぁよい。娘が駄目なら、孫に期待すればいいだけのこと。孫ならば、息子に感じたイラつきなども気にせず、楽しむだけ楽しめるしねぇ」


「あれはシエルとはあまり似てはいないが…」

二人の妹達の性格に似たところを見つけることは、兄であるシリウスにも難しい。勿論、どちらもシリウスにとっては可愛い、護るべき妹、家族。だが、それでも濁すことも難しい程に二人の妹達は違い過ぎる。

「馬鹿息子に似るか、まだ会ってはいないから分からぬが嫁に似るか、それともシエルのような子が生まれるか。それもまた楽しみよ」


その為に。


笑みをたたえていたユーリアの顔から、表情の一切が一瞬消えた。


「その為にも、さっさと馬鹿息子と嫁を見つけ出して連れ帰らねばな」

そうであろう、シリウス?シエル?

表情が戻ったユーリアが同意を求めるのは、自分と同じように家族を探す二人にたいして。

「あぁ」

「うん」


少年が去り、兵士達もそれに続き、シエル達以外の人の気配さえも全く消え去った『崇敬の迷宮』の入り口前。

もしかしたら居るかも知れない、という僅かな可能性しかなかった探し人達の行方を求めて、シエル達はアウディーレ王国の中心である王城の周りに広がる街並みに、足を踏み入れる。



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