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驚き

勇者によって負った深手により、じわじわと自身を覆いつくしていく消滅という死。

生命活動を低下させる事でそれから逃れようとしたのか、自身の終わりを自覚していく恐怖を味わうことなく死を迎える為なのか、それは誰にも、それこそ六人の実子達でさえ真意を知る者はいない。

ただ、彼女の性格や生き様を知る子等や友、朋胞達が想い図るしかない。


自身の居城の奥深くにて、眠り続けている『夜麗大公』ネージュ。

それを拝むことの出来る者は僅かしか存在しないが、それら全員はその寝顔はただただ安らかなものだと表するだろう。時折、眠りにつく部屋を訪れた子供達や朋胞達との間で、眠りを浅くし意識のみにて僅かな会話を交わすのだが、その声もただただ穏やかなもの。遠い過去の目を開き闊達に、そして優雅に動いていた時などよりも余程、穏やかでたおやかなものに、言葉を交わした者達は思えた。


ネージュの眠りを護り、その居城、魔界に広がる領土、そして吸血族だけに留まらぬ民を纏め上げる役目を担っているのは、彼女がある意味では心配してもし尽くさないながらも、自身の後継としては何の不安も心配も無い長男、『麗猛公爵』レイである。

母親の期待、信頼に恥じる事なく、彼はその役目を完璧に果たしている。

ネージュに仕えていた配下も完全に支配下に置き、考え方の違いなどから妹であるルージュや、血統によってカフカ、面白半分にマリオットに付き従う者達もある程度存在していることも許容し、余裕をもってそれらを管理する。

レイが本気となれば、自分に付き従わぬ者達もそう時間を掛けずとも支配下におけるという自信と確信があるからこそ、と彼は信頼する"爺や"オーブルに語ったことがある。

最古の吸血鬼であり、『夜麗大公』ネージュが息子達の後見を頼む程に信用したオーブルから見ても、その判断はまず間違いないものだろうと判断出来た。


『麗猛公爵』レイの下、吸血鬼達を始めとした魔族が仕える『夜麗大公』の居城は荘厳な雰囲気を保ち、どの大公の居城よりも秩序のある時間が過ぎている。


のだが、この日に限っては違った。

真の主たるネージュが治めていた時にも僅かにしか起こりえなかった、そんなザワメキが城内に満ちている。

本来ならば、それを諌めるべき幹部達でさえもばたばたと駆ける様子を隠すことも出来ず、本来ならば部下達に任せて自分達はその様子を見守るに過ぎない作業まで、何故か自分達の手で行っている。

そんな光景を見せられて、年齢でも実力でも大きく劣る者達が大人しく、心穏やかに見ていることが出来るわけもなく。我々が行いますから、と上司の作業を奪い取ろうと慌てて追いかけたり、慌しさの中でついうっかりと普段ならば鎮めている力を漏れ出させた高位の吸血鬼達のそれに当てられ昏睡する者まで現れる始末。

一体何が、と問える雰囲気も残ってはいなかった。


「おい、こら、グレース!それは不要だろう!」

「いいえ、これは必要よ。だって、姫は昔これが大のお気に入りでしたもの」

大きなクマのぬいぐるみを抱き締めるように持ち、一人の美女がヒールの音をカツカツと上げて駆け抜けていく。

注意の声を掛けた同僚を置き去りにして、侍女頭として大戦以前から仕えている吸血鬼グレースは微笑みを浮かべながら、その足を一瞬足りとも止めることはなかった。


『夜麗大公』の居城には今、二つの禁域というものがある。

そのどちらも、許された者以外が足を踏み入れることは許されず、また生半可な覚悟と力では近づくことも出来ない程、厳重に護られた城の奥まった位置にある。

一つはネージュの眠る部屋。

もう一つは、それとはまた違う位置にあたる奥殿で、この百年あまりは特にレイ以外の、特に男が近づくことが許されていなかった部屋だ。辛うじて、ムウロやカフカ、そしてオーブルがレイの許しを得て近づき、足を向けることが出来ていただけの、レイにとって宝物庫よりも意味がある部屋-レイが愛して止まない最愛の姉ディアナの私室。レイの姉に対する過保護さを知る者ならば、立ち入りを禁止する理由を何も言わず受け止めていた。

だが、つい先程のことだった。

レイ自身によって立ち入りの許可が、極一部の信頼する部下達のみにとはいえ、出されたのだ。

すわ何事か!

オーブルを始めとする全員が驚きを露にその報せを聞いたのだが、その理由とレイの命令を聞き、その全員が納得し、心晴れやかにその命令を聞き入れた。


レイの最愛の姉であり、ネージュの最愛の娘、そして彼らにとっても愛らしくてたまらない姫たる、ディアナの帰還。

レイは主不在であった部屋を、帰還するディアナが何不自由ないように、心穏やかに過ごせるように整えるよう、彼らに命じたのだ。


姫はあれが好きだった。

幼い頃はこれが無ければ可愛らしく拗ねられて。


そんな昔語りをしながら、普段は見せない慌しさで掃除から何までを行っていく、吸血鬼族の大物達。

皆が皆、その表情は晴れやかで。

家出をなさって百年ほどとなる、可愛い姫君の帰還を今か今かと待ちわびていた。


「オーブル様」


「ん?なんじゃ、急ぎでないのなら後にせよと申しておいたじゃろう」

一人の侍女がオーブルへと近づく。

最古、その名の通りの好々爺という姿をしたオーブルも、その皺だらけの腕の中に色とりどりの花束を抱え、ディアナの部屋へと年の割りにはしっかりとした足取りで向かっているところだった。

レイの命令が伝わってからというもの、通常業務も何もかもを後回し。普段ならば姉にかまける時だけ仕事を疎かにするレイを戒めるのを役目としているオーブルがそう部下達に通達した時には驚きが走ったが、それだけディアナの帰還の知らせがオーブルの心を弾ませたのかと思えば、誰も文句のいいようは無い。

今この居城内において、ディアナの帰還を喜んでいない者など、限られた一部のみ。それらに対しては、オーブルを始めとする者達全員が冷ややかな眼差しを秘かに送っている。彼女とディアナ、ネージュとレイを頂とするこの地において優先すべき存在を間違えた者への嘲りと、ディアナを侮る彼らの愚かさへの怒りを込めた眼差しに、向けられた者の中に気づけた者はいなかった。


「いえ。カサンドラ様からレイ様へ、文が」


侍女が恐る恐る口にした名は、確かにオーブルへ伝えるべき重要なものだった。

「カサンドラ様から?…それは確かに若へ伝えるべき事じゃな。ふむ。今はディアナ様と御一緒に」

さて、どうやって知らせたらレイが機嫌を損ねぬか。

ディアナと一緒の時には最高潮に機嫌が良いのだが、その反動で邪魔をされた時の機嫌の悪さは最たるものとなる。だが、魔界随一の"先読の力"を持った魔女カサンドラからの文とあっては、どの『大公』であっても無下には出来ぬものがある。ネージュより全てを任されているレイに知らせぬ訳にはいかない。

白い髭が生い茂る顎に手を添え、侍女から手紙を受け取ろうとオーブルはもう片方の手を伸ばす。

「お見せ」

だが、オーブルが侍女の差し出した手紙を受け取ることは出来なかった。

手渡されようとした瞬間、それを颯爽と奪い取ってみせた真っ白な肌のたおやかな手があったのだ。

「は?」

ネージュとその子供達を除けば、この城において一番の地位にあるのは、このオーブル。

だからこそ、そのオーブルに対して、このような行いをし得る、真っ白な手の持ち主である女性など、たった三人しか存在しない。

一人は現在、まだ地上でレイと共にあるだろう。

一人は魔界に居るには居るが、しばらく前からレイと対立し城からは姿を消している。

そして、もう一人は一番可能性は低かった。

何故なら、深い深い眠りの中で…。


「ふぅん。確かに、この妾を起こすには十分なこと」


「ね、ネージュ様!!?」


その姿は性別の違いはあれど、息子であるレイと瓜二つ。

頭の先から、目、肌、と全てが真っ白に染まっているのは、カフカが一番似通っている。

足先よりも長く、床に引き摺る形となっている光り輝くような艶を放つ真っ白な髪が辛うじて隠し覆っている、服などを一切纏っていない肢体は、すぐ近くに控えていた同性の侍女達でさえ頬を染めて見惚れる程に美しく整ったもので、これは娘のルージュが似たのだろう。


「い、何時、お目覚めに!?」


誰も彼も、言葉も出ない驚きに支配された。

眠り続け、起きる時が来るなど誰も知らなかった真なる主人、女王たる『夜麗大公』ネージュが、その真白な瞳を開き、無意識に息を呑んでしまう存在感を放って、そこに立っている。


「つい、先程のことじゃ。どうやら、大人しく眠らせてはくれぬらしい」


ふふ、とネージュが微笑む。

大輪の白薔薇が朝日の中に咲き誇る、そんな美しさが綻び溢れる。

その微笑だけで、侍女達もその場に幸運にも居合わせた者達も、慣れて居る筈のオーブルさえも、早く跪いて頭を垂れねばと心が急かされた。


「す、すぐに知らせを・・・」


ディアナにレイ、ムウロ達、ネージュの子等へ。それだけではない。ネージュを女王と慕う者全員へ、この喜びを知らせねばとオーブルは言葉を振るわせた。


「皆に会うのは楽しみではあるが、妾はカサンドラの下へ向かう」


きっと自身の子供達のことを思い描いたのだろう。微笑が深まったが、そこに含まれる色は和らぎ、慈愛溢れる華やかさを表した。

「服を」

たった一言。ネージュが望みを口にすれば、侍女達は正気を取り戻し「ただいま御持ち致します」と慌しく立ち去っていった。


「久方ぶりに、あやつらの驚く顔を見るのは楽しみじゃな」


これから向かう先に、ネージュと同じく集まっているであろう古き良きともがら達を思い浮かべ、ネージュの微笑みは再び妖しく艶やかなものと変化した。

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