ムウロ→アルス
「あら?ムウロ、どうしたの?」
「ムウさん?これ、美味しいよ?」
目の前には絶対に有り得ない、夢だとはっきりと分かる光景が広がっている。
アルスにネージュ。
ディアナ、レイ、カフカ、ルージュ、マリオット。
数えるのも面倒臭い程存在する父方の兄弟達。
アルスの城の大広間で和気藹々とお茶会が催され、其処には揃うことなど絶対に無いであろう者達が楽しげに、笑い合っている。
ヘクスにジーク、ムウロも最近見慣れてきた、あの村の村人達もあちらこちらで、思い思いに楽しんでいる。
ディアナの周りでは、レイとカルロが何くれとディアナの世話を、張り合うように行っている。
食べきれない程の料理や菓子を飾ったテーブルが並ぶ奥では、懐かしいとしか言いようのない、魔王が優雅に椅子に腰掛けて寛いでいるし、会場の端にそびえる柱にもたれ掛かって暢気に眠っている勇者の姿が見回した目に触れた。
夢だな。
何処の時点で、と言うつもりはない。それを上げていけば限りが無いのだ。それ程までに、この光景には現実には有り得ない点が多過ぎる。
さぁ、この夢を見ているのは誰なのか。
あの夢魔は、縁深き者の夢に送る、と言った。
こんな夢を見たがる、ムウロに縁の深い者。
心当たりは一人しかいなかった。
さぁ、起きて貰おう。
思い当たった人物の下に、ムウロは歩み寄ろうと足を踏み出した。
だが、それは夢でしか有り得ない、連れ立った二人の姿によって阻まれることになった。
「姫様、シエル」
在りし日のままの『魔女大公』アリアと、シエル。
仲良い姉妹のように並んだ二人が、ムウロとこの夢の主と思われる者との間を塞ぐ。
二人それぞれに、少しずつ料理が盛られた皿を手に、ムウロにどう、と勧めてくる。
幸せな夢だな。
夢だと分かっていても、此処に居続けたりと思ってしまう。
そんな温かさと懐かしさが、この夢には満ち溢れている。
もうすでに会えぬ人々が楽しげに其処に居て…。
アルスにとっての幸せな光景は、ムウロにも深く通じている。他人ではなく、父と息子なのだから、それは当たり前の事だとは思うが。
だが、
「今は、一度起きて貰わないと困るんだ」
これが幸せな夢なのは分かる。誰がどんな夢を見て、それに浸ろうが勝手だ。息子だからといって、口出しするつもりもないし、権利もない。
だが、ムウロが此処から出て、シエルを迎えに行く為にも、アルスには一度起きて貰わねばならない。
アリアが差し出す、ケーキが幾つも乗った皿をムウロは受け取った。
勿論、食べる為ではない。
ムウロに対して背中を向けて、ネージュに話しかけているアルスに向かって、投げる為だ。
「あら。あの泣き虫さんがこんな事出来るようになったのね」
「えっ?」
アルスに向かって思いっきり、皿を投げつけたムウロ。
ただの夢、アルスの夢によって作られただけのアリアの、夢とは言い切れない言葉がムウロの耳に飛び込んできたのは、目の前の幸せな光景が歪み消えようとした時だった。
「ムウロ。お前、そんなにパパと遊んで欲しかったのか?」
瞬き一つ。
アルスが夢から覚めた事で、ムウロも夢の外に出ることが出来た。それは鼻に感じる慣れ親しんだ自宅の匂いなどからも察することは出来たが、まさか今、自分がどんな姿、自宅である城の中のどんな場所に出たのかまでは、目を開くまで気づくことが出来なかった。
呆然と目を見開いたムウロを正気づかせたのは、父親からのからかいが混じった戸惑いの声だった。
人間の大人、その倍程の大きさの魔狼姿でアルスは夢を見ていたらしく。
アルスの夢から抜け出たムウロは何故か、そのアルスの背中に跨った状態になっていた。
首をのっそりと上げたアルスの表情は、ニヨニヨと意地の悪い笑いが浮かんでいる。
「止めてよ、冗談じゃない」
父親に構ってもらいたいなんて、そんな子供ではない。というよりも、ムウロが本当に幼かった頃にもこんな光景を繰り広げた覚えは無い。可愛がられた覚えが無い訳ではないが、アリアの下で彼女とディアナと共に暮らしていた時間が長いムウロにとっては、二人や出入り出来た極僅かな魔族達、魔王にこそ可愛がられた記憶というものの方が多い。親としての愛情は、アルスよりもネージュによって与えられたという思いが強かった。別にアルスを非難するつもりも無い、比較するならばという話だ。
「ちょっと夢を通って来ただけだよ。それについては悪かったって思ってる」
「ふぅん。まぁ、他の誰でもねぇお前だからな。別にあの夢を見られようが構やしないが。にしても、シエルはどうした?」
ふんふんとアルスは鼻を動かした。
ムウロからはしっかりと、つい先程まで一緒に居たと思われる、強いシエルの匂いがする。だが、夢を渡ってきたというムウロの傍に、シエルの姿は無い。
「…ちょっとね」
父親からの、そしてシエルの主人からの問い掛けに、ムウロは目を逸らして答えた。その声が少し拗ねているように聞こえたのは、シエルを守る為に傍に居るというのに離れ離れに簡単になってしまったことへの気まずさ。それをムウロよりも経験の豊かな、シエルに似た性質を持っていた存在の面倒をムウロのように見ていたアルスは簡単に察することが出来た。
アルスは珍しく父親ぶって、からかうのは止めて、優しく見守ってやるかと考えた。
生暖かなアルスの目がムウロに注がれた。




