閑話:苦労人と双子と…②
「これが噂をすればってやつか」
道を塞ぐような巨大な落とし穴を見つけた後、ロゼとグレルは簡単な魔術を使い、周囲にあった落とし穴を次々に壊していった。
二人の後ろでは、フォルスとルーカス、そして軍人たちが次々と壊されていく落とし穴の様子を見守っている。
自分達だけなら壊さずとも避ければ良かったのだが、一応は職務中の身。後ろについてくる大人数の部下達が落ちでもしたら、助けないわけにはいかない。こんな簡単な落とし穴に気づかないなんて本人の責任だと双子は思っているのだが、若くして名声と地位を得てしまった三人を好く思わない者は多い。不用なことで叱責を受けるのも、揚げ足を取られて兄にまで類が及ぶのは避けなくてはならない。
周囲にあるものだけでも10以上の落とし穴を崩落させていった頃、その男は現れた。
「おい、おい。何やってくれてんだよ、クソ共が!落とし穴はな、嵌まるもんだ。壊すもんじゃねぇんだよ!!」
気配も前触れも無く、ロゼやグレルの後ろ、フォルスとルーカスの前に現れ、十分な訓練を受けている軍人たちが臨戦態勢を整えるよりも早く、男は片手で巨大なつるはしを振り回し、立っているのもやっとの風を巻き起こした。
ロゼとグレルは体の前に結界を張ることでつるはしを防いだ。フォルスはルーカスの腕を引き一歩下がることでつるはしをやり過ごし、後ろにいる軍人たちはつるはしが生み出した風圧に体を僅かによろめかせた。
「やっぱり居た。」
「良かったね、これで村に早く行けるわ。」
双子は落とし穴を壊しながら、ある事に気づいていた。
あまりにも多い、多過ぎる落とし穴から漂う僅かな魔力。それは幼い頃に迷宮で何度も会っている存在のそれと同じものだと双子は感じていた。
そして、落とし穴が確かに彼の作ったものならば、昔のように無為に壊して行けば姿を見せるだろう。彼の落とし穴に時々ある違う階層に落としてしまう罠を使えば、村のある階層も一瞬で行ける。
じゃあ、炙り出そう。
双子だけが共有していた作戦は成功した。
幾つもの落とし穴がただ壊されていく光景に我慢できなくなり、作り主であり落とし穴を何より愛するケイブが姿を現した。攻撃を結界で防ぎながら、ロゼとグレルは同じような笑みを口元に浮かべた。
「久しぶり、ケイブ。」
「昔と同じ、ちょっとした挨拶でしょ?」
「あぁあ?って、ロゼとグレルじゃねぇか。でっかくなってるが、この匂いは間違いない!最後に会った時はこんなに小さかったのに、人間ってのは成長が早いなぁ。」
先程までの怒りに染まった形相は何処に行ったのか、表情を笑顔に変えたケイブが鼻をクンクンと鳴らして双子に近づいた。
「にしても、これが噂をすればってやつか。この前お前等の妹と、お前等の話したんだよ。ありゃあ、お前等と違って良い反応してくれた。」
「それって、シエルの事?」
「あの子に会ったの!?」
会いたくて会いたくて仕方が無かった妹の話に、ロゼとグレルが目を見開いて、ケイブに詰め寄った。背の高いケイブが相手では、成人した男でも小柄なグレルは首を大きく傾けて見上げなくてはならなかった。
「良い反応!?あいつを落としたのか!?」
双子とケイブの話を静観していたフォルスだったが、話の流れからケイブがシエルを落とし穴に落としたのだと考え着き、顔を引き攣らせて悲鳴にも近い叫び声を上げた。
「落としたってよりも案内したって所だな。ちょうど、向かう場所近くに落ちる落とし穴があったから、近道させてやったのよ。近年稀にみる良い悲鳴を上げてくれた。」
フォルスに顔を向け、満足気に頷いているケイブ。
その背中を向けられたロゼが、手の中に炎を生み出しケイブの背中に叩き込もうとしていた。グレルもそれを止めようとはせず、グレル自身も手の中に術を構成していく。
「止めろ、ロゼ、グレル。」
ルーカスが一言かけるが、グレルとロゼも攻撃準備を止めようとしない。
しかし、ルーカスの言葉で後ろを振り返ったケイブが手をヒラリッと振るうと、双子が魔術を使おうと集めた魔力が意図せずに霧散してしまった。
「残念だったな。ここは俺の縄張りだ。」
フフンッと胸を張るケイブ。
悔しそうな顔をする双子。
警戒しながら、その光景を見ていた軍人たちが呆気にとられ動揺する中、ルーカスは隣に立つフォルスへ顔をケイブたち三人に向けたまま尋ねた。
「あの者が何者なのか説明してもらえないか?」
「って言われても、俺も初めて見る顔です。まぁ、何となく予想は出来ますが。」
ケイブの、白に近い銀の髪、そして面影がある顔立ちで、フォルスはケイブがアルスの子供の一人ということを察することは出来た。
「失礼。私は東方騎士団長ルーカス・フォル・ディクス。名のある方とお見受け致しますが、無知な身故に失礼な事をお聞きしますが、貴殿の御名をお伺いしても?」
ロゼとグレルと、笑みを浮かべながら睨み合いをしているケイブに、ルーカスは直接問い掛けた。しかめっ面で考え込むフォルスに尋ねているよりも、本人に直接聞いた方が早いと考えたようだ。
「ん?へぇ、魔族である俺に敬意を払うってのか。」
僅かとはいえ頭を下げ、己の名前を名乗ってからの問い掛けに、ケイブは笑みを深めた。大概の人間、しかも軍属の人間は魔族など、ただの討伐の対象にしか見ず、力量も弁えずに向かってくる事が多い。ルーカスの態度は、何かあったら助けてやってもいいと思うくらいに、ケイブの興味を引いた。
「俺は、『銀砕大公』の長子ケイブ。爵位を持たない、ただの放蕩者だ。」
「!・・・ロゼ、グレル、どういう知り合いなんだ」
ルーカスは予想以上の大物だったという事実に驚き、そしてロゼとグレルに対して溜息を吐いて頭を抱えた。ルーカスのその姿を見て、シエルと一緒の時の自分の姿を投影してしまし、フォルスは少し胃が痛むのを感じた。
「幼い頃、遊んでいた私達にちょっかいをかけてきた人です。」
「嫌だって言ってるのに付き纏って来た、知らない人です。」
「おい、待てよ。それじゃあ俺が変質者みたいじゃねぇか!!?」
「何にも、間違った事は言ってないけど?」
「そうだね。嘘は言ってないよ。」
双子のあまりな言葉に、ケイブは焦った声を上げる。しかし、ロゼとグレルは反省する素振りもなく、平然と笑っていた。
「それより、ケイブ。私達の妹を落とし穴に落として、何処にやったの?」
「まさか、僕達の時みたいに、馬鹿みたいに下の階層に送ったんじゃないだろうね。」
「エルフの村に行くってたから、その近くに繋がってる穴を教えただけだよ。それに、兄弟の中で一番優秀な弟と、エルフの爵位持ちが一緒だから何の心配もいらねぇって。」
ロゼとグレルが第10階層に行ったのは6歳の時。8歳だった兄シリウスや友人達といった村の外に出れば目を見張られる実力を持った子供の集団だったといっても、あの時は死ぬかと思う事態が何度も起こった。最終的には、第9階層に何とか上がることが出来た時に村の大人達に助けられ事無きを得たのだ。
色々と母に似た逸話を聞いている妹がそんな所に落とされたら、と思うとロゼとグレルは苛立ち、不安に襲われた。
けれど、ケイブが語るものに、二人はホッと息をついた。ケイブが嘘をつく事がないと幼い頃の邂逅によって知っているからだ。
そして、その傍で聞いていたフォルスは、シエルとムウロが一緒に街を出て行ったエルフの少女の姿を思い浮かべ、まさか彼女が爵位持ちだったとは!と驚いた。シエルに注意を払うことに忙しく、イルと名乗るエルフに意識を向けてはいなかった。だが、確かに爵位持ちのムウロと対等に嫌味の応酬をしていたなと思い出した。
「じゃあ、村に行ってもシエルには会えないのね。」
悲しげに顔を歪め、ロゼが呟いた。
「せっかく御土産を一杯用意してきたのに。」
グレルは腰に下げた袋に目をやった。人の頭が入るか入らないかといった大きさの袋だったが、グレルの言葉を考えると、どうやら普通の袋では無いようだ。
「なんだ、お前等は里帰りに来たのか?」
二人の落ち込んだ姿を見たケイブが、この集団の目的に気づいた。
「里帰り…まぁ、僕達はそうだよ。」
「そうね。任務なんてついでだし。」
多分上司に聞かれたら懲罰ものの言葉が、二人の口から出た。フォルスがチラリッとルーカスを仰ぎ見ると、苦笑を浮かべていた。どうやらルーカスにはロゼとグレルが考えていた事はお見通しだったようだ。
「村までの近道使うか?」
先程まで、ケイブから見ると元気で腕白だった双子のあまりの落ち込みように、ケイブは驚き、そして元気が出ればと一つの提案をした。
ケイブが双子に出会った頃、この双子とその兄が村や母親の事を嬉しそうに話していた事を思い出し、里帰りだというのなら村に帰って早く母親に再会したいだろう。父親や兄弟達に馬鹿だ馬鹿と言われる頭を使って、そうケイブは考えた。
「うん。使うわ。」
「そうだね。こいつらを連れて第五階層まで地道に行くのは時間がもったいない。」
訓練されている軍人たちだとはいえ、迷宮には慣れていない集団だ。地図も無い第五階層にまで行こうと思ったら、フォルスという盾があるとはいえ、数日は懸かるだろう。それだけの装備は準備してあるが、面倒くさい事この上ない。双子だけでなく、フォルスも思っていたことだ。
「そうか。じゃあ、落とし穴を呼んでやるよ。再会記念だ。」
ケイブが持っていたつるはしを振り上げ、地面に向かって突き刺した。
すると、ケイブ以外が地面の中へ吸い込まれていくことになった。
驚き、足元を見ると、そこには地面が無くぽっかりと黒い巨大な穴が空いていた。
「本当は、ちゃんと掘るのが楽しいんだがな。」
四方を黒の壁に包まれ、上には宙に浮かぶケイブの姿。
「途中で術が発動して、第五階層に移動するから。安心して落下しろ。」
体の中身が上に上にと上がっていく、気持ち悪さが襲ってきた。
段々と、底が無いのでないかという穴の中を落ちていく。
気持ち悪さに目を閉じたフォルスが、気持ち悪さが無くなって次に目を開けた時、四方には黒い壁ではなく森が広がり、木々の間に見慣れた村が見えた。
こうしてフォルスは、無事にミール村に帰ってきた。




