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話を聞かない俺様。

くそぉ。

自分の折れてしまった真ん中の牙を触るマンティコア。

俺様の歯がぁ、と獅子のようなたてがみの中に浮かぶ人間の顔の目から涙が滲み出る。


「歯は、難しいんだ。」


人間も怪我をしたら治療しなくても自然と治っていくが、歯は折れたら折れっぱなしだ。

そういえば、そうか。

マンティコアの言葉に首を傾げたシエルだったが、人間だったらと考えてマンティコアの答えを待つことなく自分で納得に至った。

宿屋の手伝いで出会った冒険者の中にも、村の老人達にも、歯抜けのままという人は多くいる。時々、そんなのは嫌だと差し歯や入れ歯を作ったり、買ったりして嵌めている人も居た。

シエルが自分でした攻撃ではない。マンティコアがシエルを食べようとしたからこそ発動した加護だったのだ。それをしっかりと分かってはいても、普通ではありえない座り方をして肩を丸めて涙を滲ませるなんていう情けない姿で嘆くマンティコアの姿に、申し訳なさを覚えてしまった。


「あったりめぇだろ、このばーかっ!俺なんかよりも力も、再生能力も大きい吸血鬼のじじいだって、歯が無くなったって死にそうになってんだぞ!」


口にしてすぐにシエルの中で納得して答えが分かった言葉に、マンティコアは怒鳴り返してきた。

「吸血鬼?吸血鬼なのに、牙が無くなっちゃったの?」

キラリと光る吸血鬼の牙。その牙を人に突き刺して、彼らは糧である血を吸い取っていく。その牙が無いとなると、吸血鬼はどうやってお腹を満たすのだろうか、とシエルは興味を持った。

人間と同じ様な普通の食事をすることも出来るが、血とそれに宿る精気を取り込むことだけが吸血鬼を生かすのだと、シエルも知っている。

普通の調理された食事でも精気などの力を得ることは出来るが、それは本当に微少な量で、吸血鬼を吸血鬼として生かしはしない。

シエルだって、お肉も魚も、自分以外の命を食べて生きているのだ。吸血鬼が人の血を吸い取ってしまうことも、普通の街人や村人などのように大きく騒いで忌避することはない。

だからこそ、シエルは歯を失った吸血鬼がどうしているのか、純粋に興味を持つ。


「牙だけじゃねぇよ。全部の歯が粉々だ。そのせいで、血が吸えないどころの話じゃねぇって話だ。」


微少だろうと取り込まないよりはマシである、普通の食事さえも摂取することが出来ない状態。その吸血鬼の老人はそんな状態にあるのだと、自分の無くなった牙の僅かに残っている根元を爪で突きながら、マンティコアは言った。

「あれ、吸血鬼のおじいちゃんって…。」

もしかして…、とシエルは籠の中をチラリと覗き込み、瞬きをした。

ドワーフからの届け物である、中身がまだ分からない箱。

第五階層に住んでいるというその吸血鬼、バルデ三世は、第一階層で遭遇した吸血鬼デュカカポスデゥストリア一族のヴァディアスリニヌさん、リーヌと呼んでと言った綺麗な女性の吸血鬼の祖父だと言っていた。


これの届け先の人なのかな?


どうやったら治るのかとブツブツ呟いているマンティコアの耳にちゃんと届くように、シエルは大きな声を出した。

「もしかして、その吸血鬼のおじいさんって、バルデ三世さん?」


「おぇ、あのジジィの知り合いか?」

涙の滲むマンティコアの目が持ち上がり、シエルを鋭く射抜いた。

「えっ?ち、」

知り合いではない。これから届け物をする為に会いに行くだけ。

それを伝えようとシエルは口を開くが、マンティコアは釣り上がった目でシエルを睨みつけて、話を聞こうとはしなかった。

「あのジジィの知り合いだってぇなら、早く言えや。」

バルデ三世とシエルはまだ知り合いではないという事を横に置いておいても、マンティコアの言葉は無茶が過ぎるものだった。

出会った時には眠っていて、起きたと思えばシエルを食べようとしていた。

マトモに話をするタイミングなど無かったじゃないか、とシエルは訴えたい。


「リーヌちゃんを泣かしたあのジジィの知り合いなら、俺が食ってやるなんて生易しいことはしねぇ!」


食べられるのは別に優しくないよ、とシエルは訴えたい。

シエルがそんな思いを言葉にしようと口を開く度に、マンティコアは言葉を発してそれを遮るのだ。シエルの話を聞く気が一切ないマンティコアは、どんどんと彼の言い分だけの話を進めていった。

「り、リーヌさんなら、上の庭園に居たよ!」

シエルがようやく声に出せたのは、マンティコアが動き始めたおかげだった。二本の後ろ足とお尻を使って上半身を持ち上げた状態で座っていたマンティコアが立ち上がり、四足を床につけた堂々とした風体となった。

グルグルと喉を鳴らし、前足を踏み鳴らす。ゆらゆらと揺れる尻尾が壁や床を擦り、毒針だと本に書かれていた尖った尻尾の先をカチカチと鳴らす。


「そうだ。ジジィがリーヌちゃんを追い出しやがったんだ。あの時、涙を流しながら此処を通り過ぎていったリーヌちゃんの顔を俺様は、俺様は…。」


ガリガリ

前足の爪を剥き出しにして、マンティコアは床にその爪を立てて掻き掘る。


そういえば、とシエルは思い出した。リーヌもバルデ三世を祖父だと教えてくれる時、凄く嫌そうにしていたし、嫌だという言葉にもしていたな、と。

マンティコアの言っていることが本当なら、喧嘩をしたから嫌そうにして、シエルが運ぶ届け物の中身を察して大笑いもしていたのか、と考えた。

結局、これは何が入っているのだろうか。

正解かどうかは分からないが、ちょっとだけシエルは予想を立てることは出来ていた。


「おぇなんて、蛇共に丸呑みにされちまえぇ!」


床のレンガを掻き削っていたマンティコアの前足が、思いっきり空へと持ち上げられた。

「蛇?」

蛇なんて、何処にいるのだろうか。

あっ、と声を漏らした。

マンティコアが前足を振り下ろし、大きな音を立てて床を揺らした。

ビシッ、

ビシビシッ、

前足を中心に、レンガの床にヒビが生まれる。

流石にその光景を見れば、シエルだって危険が迫っていることに気づく。

落とし穴に落ちる経験は、今までにもたくさんあったのだ。

シエルは後退りし、逃げようとした。


「逃がすかよ。」

ドンッドンッ、とマンティコアが大きな足音と、足が振り落とされる度にヒビ割れて穴が開いていく音を騒々しく立てながら、逃げようと動くシエルとの距離をマンティコアが縮めてくる。

まず、体の大きさの違いがあるのだ。シエルが必死に逃げたとしても、マンティコアは簡単に追いついてしまう。

最後には、マンティコアは大きなジャンプをして見せて、シエルのすぐ後ろに前足を振り下ろす。


「俺様の歯と、リーヌちゃんの仇だ!蛇の巣に落ちろや!!」

ギャーハッハハハハ!!!



床が崩れるという仕掛けには、走っている勢いのままに通り抜けることが出来た。

でも、すぐ背後に降り立ったマンティコアによって崩された床を抜け出し、被害のない場所へと逃れることは出来なかった。


レンガを失った床に開いた真っ黒な口の中に、シエルの体は吸い込まれていく。


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