初・依頼!
「だって、聞いてよ。父上にしろ、兄弟たちにしろ、僕に仕事を押し付けるんだよ?こうやって、自分の仕事を終わらせて地上に遊びに来ているのに、仕事の連絡してくるし!」
小型犬くらいの大きさになったムウロが、前足をパシパシッと床に打ち付けて怒りを露にしている。その様子の、あまりの可愛さに悶えているシエル。もう頭の中に、ムウロについて行くと言われて驚いたことなど、欠片も無かった。
エミルが率いた兵たちと誘拐犯たちを捕らえ、少女たちが無事に救出された頃には、街はオレンジ色に染まっていた。事情を聞かなくてはいけない少女達は、兵たちによって領主の屋敷へと保護されて行き、シエルはエミルと一緒に宿へと帰ってきた。シエルの手をエミルが掴んだのとしっかりと目視したフォルスは領主への報告をする為、少女たちを連れて行く兵たちと共に屋敷へと向かっていた。シエルは、エミルに手を引かれ宿へと向かうことになった。けれど、屋根の上を跳ね回っていたと大騒ぎになっている銀の狼を街中で連れ歩くのは目立ち、騒ぎになる。そう自分から言い出したムウロは、自分からこの小さな愛玩犬のような姿に変化したのだ。その瞬間、シエルはムウロの事を衝動的に抱き上げ、モフモフとその毛並みを体験していた。フォルスも、エミルも、そして何故かシエルたちと一緒に行くといったエルフの少女までも、呆れた目をシエルと、抱き上げられ毛並みに顔を押し付けられて平然としているムウロに向けていた。
今回の騒動は、宿に泊まっていた客たちが出て行き、夕方からの準備をしていた時に起きた。その為、騒動に関わることになった主人夫婦は、本日の宿泊客は諦め、店先の扉にはクローズの看板がかけられている。
泊まりにやってくる客が居ないことをいいことに、ムウロは狼の口から人の言葉を堂々と話している。
「えっと、いいのムウさん?」
チラッとイスに座ってお茶を飲んでいるエルフの少女を、シエルは見た。ムウロが話すことを教えてもいいのか。今更な気もするが、シエルは首を傾げた。
その視線の先を追ったムウロだったが、平然とした顔で尻尾を振る。
「いいの。いいの。あれ、迷宮の中に住んでるエルフの一族だから。見たことある顔だから、すぐに分かったよ。こんな所で何をやってんだか。」
鼻で笑ったムウロ。その視線を受けて、エルフの少女が飲んでいたお茶をテーブルに置いた。
「それは、こちらの言葉です。このような所で何をなさっているのですか?城に戻られて、父君の相手をして頂かなくては。変性などはた迷惑な事を許されては、溜まったものではないのですよ。」
冷たい目をムウロに向ける少女。
「だから、今シエルちゃんに言ったの聞いてたでしょ?僕は自分の仕事はちゃんと終わらせてるの。父上の相手なんて、女どもが頑張ればいいじゃないか。こっちは母上の方にも顔を出さなきゃいけなくて暇じゃないんだけど。」
それに対するムウロの冷めた唸り声。
上と下で、睨みあう二人を、シエルは慌てながら見ていた。
「・・・・・・え、エルフさん!」
「イルと言います。」
エルフの少女は即座に、イルという名を名乗った。
さすがに種族名にさん付けをされて呼ばれるのはどうかと思い、イルの眉間には皺が寄っている。
「あっ、私はシエルです。」
「シエルさん。今日は助けて頂きありがとうございます。一つ質問なのですが、あの方とはどういったお知り合いで?」
ムウロを指差すイル。
どう答えたらいいのか、シエルは頭を捻った。迷宮に住んでいるエルフなら、話してもいいのかも知れないが、何処まで話ていいものか。
そういえば、ムウロさんは私がこの耳を持っているのを知ってるんだよね。魔族的には勇者って敵なのに、いいのかなぁ?
どう説明しようか考えていたのに、シエルの中で疑問が生まれ、その疑問の相手であるムウロに目を向けていた。
「父上の魔女で、迷宮内で配達屋をすることになったんだ。」
お気に入りのミール村の子だよ。と、視線を受けて任されたと思ったのか、ムウロがあっさりと教えた。
「配達屋?」
「違うよ、ムウさん。届け物係だよ。迷宮の中から来る要望に応えて、地上の品物を届けるの。イルさんも何かあったら言ってね。頑張って届けるから。」
シエルはイルの手を自分の手で挟み、笑顔を向ける。
配達屋より届け物係の方が可愛い。
それに、調達資金はアルスが出すのだし、配達屋なんて名乗れる程の仕事はしないじゃん。
アルスから仕事を任された時、そう言ったシエルの主張はアルスや村人たちに好きにすればっと丸投げされた。なので、シエルは届け物係と名乗ることにした。
「・・・・そうですか。今まで、欲しい物があったら自分で来ていたのですが、これからはシエルさんに頼めばいいんですね。」
「!うん。そうだよ!頑張るから、何でも言ってね。」
満面の笑顔になったシエルに、ウッと息を飲んだイル。少しだけ体を後ろに引いた。
勇者に味方したものたちがいるという事から、地上に出ても比較的何事もなくいられるエルフだったが、それでも人間からは遠巻きにされる事の方が圧倒的に多い。
シエルのように、エルフだというのに、しかも迷宮の中から出てきたと説明を受けたというのに笑顔を浮かべ、何事もないように接してくる人間に出会ったことがなかったイルは、どう対応していいのかを頭の中で模索していた。
「・・・・・な、何でもなんて気安く言わない方がいいですよ?迷宮には狡猾なものや口が上手いものも多くいますから。」
「そうかな?・・・うん。分かった。ありがとう、イルさん。」
イルの注意を分かっているのか、分かっていないのか。シエルは首を傾げながらも笑顔で頷いてみせた。その姿に不安を覚えたイルは、先程まで睨み合っていたムウロに目を送る。
「大丈夫だよ。こう見えて、本当に危険なことは回避するらしいから。父上が言っていた事だから信用は出来ないけどね。それに、父上の魔女に手を出せる輩はそんなに多くないよ。」
「魔女?大公のですか?・・・・・・そうですか。それなら大丈夫ですね。」
フッと、イルが微笑みを浮かべた。
それを間近で見ることになったシエルは、顔を真っ赤に染め上げた。
「では、シエルさん。私を村に届けてもらえますか?変性が始まる前に街に来たので、迷宮の中を戻って行くのは少し不安だったんです。」
そのイルの言葉に、ムウロはハァっと口を大きく開けて固まってしまった。
このエルフがそんな事に不安を覚えるようなたまかよ。狼の顔ではあったが、ムウロの顔がそう語っている。
「はい。頑張ります!」
始めて自分が直接受け取った依頼に、シエルは喜びを全身で表現し、ウキウキと飛び跳ねていた。
エルフの村、エルフの村。って何処かっなぁ~
シエルは、籠から一枚の羊皮紙を取り出した。
この羊皮紙もまた、アルスに渡された魔道具だ。誘拐される際に落としてしまった籠と荷物だったが、誘拐された現場に落ちているのを発見され、その後フレッドの手によって宿に持った帰られていた。
中身にも別に異変も無くなったものもなく、シエルは肺の中の空気を全て吐き出し安堵した。失くしたなんて言ったら村人たちや両親、アルスになんて言われるか。
特に、アルスから持たされた魔道具は、村の魔術師ホグスや迷宮に入って採掘などの仕事をしている村人などが、獲物を見る目を逸らさなかったくらいの物らしい。シエルには何も感じられないから価値はまったく分からないが、大事にしなけらばいけないというくらいは理解出来た。
エルフの村に、イルさんを届けて。
その前か後に一回、家に帰って~
それから、今日買ったものを届けに行って。
冒険って感じだね。
たっのしみぃ~!!!!




