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気に食わない

どぉぉぉぉおぉおおぉん


家から離れた平原の中、家の玄関先に居るシエルの目ではムウロの事が小指サイズに見えてしまう程の距離が離れた場所で、大きな火柱が轟音と共に立ち上った。

真っ赤な火柱がうねりを上げて上へ上へと昇っていき、離れているというのにその熱風がシエルにも襲い掛かかろうと迫ってきた。


「チッ、やっぱりね、あの女!」

「ムウさん!?」

「あっ、大変だ。家が燃えちゃうよぉ!」


シエルの背後からは、クロッサの憎憎しげな舌打ちが聞こえた。

辺り一面を真っ赤に染め上がっている火柱と、今勢いをつけて迫ってくる景色を歪ませて見せる熱風の為に見えなくなってしまったムウロを心配し、その名前を叫ぶように呼んでみるが、その声は炎が燃える音と爆風によって飛ばされた石などが落ちる音などによって消し去られてしまった。


遠く離れていたとはいえ、内部の光景を歪ませて見せながら大抵の人間が走るよりも早く迫る熱風がもたらすであろう被害は甚大だ。

植物であるクロッサなど、熱風が通り去った後の地面に残る黒い消し炭のように燃えてしまう。

夫婦の大切な家も跡形も残さずに燃やされ、吹き飛ばされてしまうかも知れない。

人、とはいってもアルスの加護があるシエルには熱風も大丈夫ではあるのだが、それがあろうとなかろうとシエル一人を放っておくことなど、魔族であっても道に外れるというもの。

「ちょっと、我慢してね。」

シエルの返事を待つことも考えず、ヴェルティは一言シエルへ言い置く。そして、家とクロッサ、シエルの前へと立ち塞がった。


「えっ?」

「動いちゃ駄目よ。」


間近に迫った熱風。シエルの目の前に見えるのは、ヴェルティの背中。

驚いていると、舌打ちした時とは打って変わった優しい声音で落ち着き払っているクロッサの声がシエルに掛かり、その肩をがっちりと抑えられた。


何がなにやら分からないまでもシエルは、人間が危険に出会った際に自然としてしまうように、目を強く瞑っていた。

ひんやり

熱風に襲われそうだというのに、目を瞑ったシエルの頬や手足、全身をひんやりとした感触が包み込んだ。


ぷにゅぷにゅ


「く、くすぐったいよ~」

ひんやりとしたものが手に触れる。ぷにぷに、ぷにぷに、ついつい何度も揉み返してしまう感触をシエルは時と場合を忘れて楽しんでしまった。

すると、手の中の感触が僅かに振るえ、ヴェルティの震えた声がシエルの耳に入ってきた。

不思議な事に、その声はシエルの両耳にあちらこちらから反響するような音となって聞こえてくる。


「ヴェルティ、さん?」


シエルが目を開けると、目の前は真っ青に染まっていた。

キョロキョロと、ぷにぷにとした感触を頬に感じながら周囲を見回すも、変わらず無事だった家とクロッサの姿があるだけで、声の主であるヴェルティの姿はない。

迫ってくるだけで熱さを感じさせていた熱風がどうなったのか、熱さとは真逆の冷たさを感じているシエルは呆然としてしまっていた。


「これが、うちの人なのよ。」

背後からシエルの顔の横を通って伸びたクロッサの手が、シエルの目の前で空中を手で握ってみせた。

「あっはははは。や、止めてよ、クロってば。」

ヴェルティの笑い声がこれまた反響して聞こえ、シエルの周囲を包む真っ青なぷにぷにした何かが震えて、外の光景が歪んだ。

「ごめんなさいね。あのババア、自分の気に入らないものは徹底的に攻撃するのが趣味っていう女なの。」

巻き込んじゃったわね。

クロッサが頬に手をあて溜息をはき、シエルに頭を下げた。

「あっ、ムウさん!?」

不可思議な感触にかまけて、忘れていたわけじゃない!そう自分に言い訳をしながら、シエルは真っ青な光景の外に目を向けた。

草原が真っ黒な墨の荒原と成り果て、初めにムウロが身を隠していた木々が辛うじて立ったまま墨のようになっていた。

シエルが目を瞑ってしまう前よりは半分程になっていたが、火柱もまだ存在していた。


「ムウロさんなら、大丈夫だよ~。」

「そうね。ムウロ様なら、この程度なら難なく防いでみせるわ。」

ヴェルティとクロッサの夫妻が、シエルを安心させようと宥める。

「母よりも、ムウロさんの方が強いからね~。あぁ、ほら。あそこに居るよ。」

ヴェルティがムウロの事を見つけたらしく、シエルにそれを教えようとするが反響する声だけで、何処に居るかが分かるわけもなく。

何処?と首を傾げるシエルに、シエルよりも先に見つけることが出来たクロッサが指を差して教えた。


火柱の傍に飛んでいる、炎のせいで赤く輝いているようにも見える狼の姿が、クロッサの指の先にあった。


「良かった。」

遠目ながらにだが、怪我もないようで空に浮かんでいるムウロの姿を確認でき、シエルはホッと安堵の息を吐き出した。

そして、無事を確認して安心してしまえば、シエルは気になることをクロッサやヴェルティに聞くことが出来た。


「ヴェルティさんは、何の種族なんですか?」

シエルの全身を覆い尽くしている真っ青なものがヴェルティだと言う。だが、中に包まれているシエルには、それの全体像を見ることは出来ず、どんな種族なのか予想する程度しか出来ない。

それをはっきりとする為に、シエルは口に出して聞くことにした。

「あっ、僕はスライムなんだぁ~」

「あっ、やっぱり。」

シエルが予想していた通りの答えに、シエルは少しだけ嬉しくなった。

「父親がスライムでね。僕は完全に父親似。それが、ちょっと母は気に食わなかったみたいでねぇ~」

「その上、自分とは真逆にある種族の私も気に食わないんですって。」

あははは、と情け無さそうに笑うヴェルティ。クロッサは肩を竦めて見せた。

「『毒喰大公』様の庇護下にあたる迷宮なら、滅多なことは出来ないと思ったんだけどね~」

「あの女に常識を求めるのが間違えだったわ。」

心底、嫌な目に合ってきたのか。あの火柱を生み出した母・姑であるヴァローナの事を語る二人の顔は何処か疲れた感じが見て取れた。


「でも…君と家さえ無事なら僕はそれでいいよ。」

「あなたぁ。」


ポンッ

可愛らしい効果音が聞こえ、真っ青な視界が一瞬にして元の色鮮やかなものへと変わった。元の、とはいっても、その大半が黒色になってしまっているのは炎と熱風のせいだった。

苦労をさせてゴメンね、と謝る、自分よりも頭二つ分も小さなぽっちゃり系のヴェルティの頭を豊満な胸に抱きしめるクロッサ。

「あなたと初めて会った時から、一生あなたに付いて行くって決めたのだもの。どんな障害があっても、離れたりなんてしないわ!!」

感極まったクロッサの声に、彼女の胸に埋まり顔を赤く染めたことが見えたヴェルティと同じだけ反応を示したのは、家の周囲で真っ黒になってしまった植物達だった。


ポンッポポポンッ


クロッサの感情にあわせるように、真っ黒になった地面の中で色とりどりの花々が次々に蕾を出し、大輪の花を彩らせた。花々の次は、緑の葉が。墨となってしまっている木の傍では芽吹きが始まり、目に見える早さで成長していった。


最終的には、所々に黒色が覗く程度の、元の自然豊かな森や平原へと戻っていた。

黒と緑が疎らとなっている地面にムウロが降り立った。


「まったく、何て威力のものを仕込んでるんだ、あの人は!?」

降り立ってすぐに、火の柱を生み出した包み袋を届けさせたヴァローナの息子を睨みつけ文句を言ったムウロだったが、当の息子であるヴェルティは妻クロッサと抱きしめ合いながら、愛を語らっていた。


「……シエル。帰ろうか。」

「えっ、いいの?」

文句を言い続ける気力もないムウロは二人から目を逸らすと、シエルに「行こう」と促した。

帰るのは別に構わない。でも、それを二人に言ってからじゃなくても大丈夫か、と真面目なシエルは首を傾げた。だが、ムウロは晴れやかな笑顔で言い捨てた。

「こうなると何時終わるかも分からないからね。大丈夫、行こう。」


あと二つの頼まれ事があるんだから。次の届け物へ向かおう。


「う…ん、分かった。」

ムウロにそう言われてしまえば、抱き合っている二人を待つよりはその方がいいと、シエルも納得するしかなかった。

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