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兄妹・姉弟

お母さん‼


泣くな、ガキ。

母親こいつとまた会いたいなら、強くなれ。



普通ならば親の後を付いて回り、長い時間離れる機会など少ないであろう年の頃。一所には留まらない流浪の日々を物心着く前から母と共に過ごしていた事もあって、その年頃にしてはしっかりとしていると思っていた。だが、突然連れて来られた場所で数日だけしか経っていない中で、母に置き去りにされようとした時、子供は年相応の、親に縋って泣きわめく子供の姿を見せた。

そんな子供に、傍から見れば冷徹と罵られるだろう冷たさで言い捨て、ジークは予定通りに皇宮を後にする。

その腕には、子供の母親を抱き抱えていた。

毛布に包まれ、ぐったりと目を閉じている母親は、子供の泣き叫ぶ声に僅かに瞼を震わせるだけで、はっきりと目覚めることは出来なかった。

母親を連れては行かせない。必死に力無く垂れ下がる母親の手を離さない子供を、周囲で様子を窺っていた身なりの良い男達を顎で動かして遠ざけさせ、ジークは準備していた転移の術でその場から姿を消した。


「って事があってだな。いや、強くなれとは言ったが、本当に皇太子なんて権力を持つとは思わなかったわ。」


「お父さん、何やってるのさ…」


ヘクスを抱きしめていた腕の中にシエルまで囲い込んだジークは、シエルの耳元で皇太子ブライアンとの関わりを話した。

話の内容が内容だけに、大きな声でするわけにもいかない。

かといって、すでに皇太子と会っている娘に説明しない訳にもいかない。

ジークは、シエルやヘクス以外には聞こえないように、潜めた声で話すことにした。


「お父さんは、皇太子様のお母さんと知り合いだったの?」


公に母親とされている正妃ではなく、本当の母親。

そんな重い秘密を知ることを許され、二人を引き離す役目を任されたくらいだ。それ以前から何か関わりがあったのだと、シエルは考えた。

「あぁ、妹みたいな幼馴染ってやつだ。始め、俺にも父親が誰かも言わないで、母一人子一人で頑張ってたんだよ。でも、子育てと仕事の疲れが溜りに溜まった最中に、あんまりいい評判を聞かない組織だとかに『目』のことがばれちまった。あいつ一人なら何とか逃げ続けることも出来たんだろうが、幼い子供が一緒だと色々と無理があってな。完全に身体を壊しちまって、皇太子は皇帝が引き取るってことになったんだよ。」


それが彼女の、母親であるシャラの意思ならば。


そう言って、皇帝は母子の事を自身に忠実な部下に命じて見守らせるに留めていた。

自身の第一子。しかも、貴族の出ではないとはいえ『勇者の目』を持つ母から生まれたという、有力な手札を持っている皇子を放っておくことを、彼の側近達は難を示したという。それらの意見を抑え込んでの考えと行動は、目の前に現れた皇帝に後先を考えずに殴りかかろうとしたジークの感情を鎮めてしまった。


彼女の自由を奪って、あんな場所に押し込めるようなことはしたくない。あんな場所では、彼女が癒えることなど出来る訳がない。


皇帝がブライアンを引き取り、母親であるシャラは外で静養させて欲しい。

そう言って、後に起こった全てを提案した皇帝は、本当にシャラのことを案じる顔だった。

その顔を見てしまったからこそ、ジークは自分が母親、子供の双方から責められることとなる計画を実行したのだった。

それが間違っていたとは、今も思っていない。

一人の皇族として生きていくだろうと考えたブライアンは、ジークには及びつかない経緯を経て、皇太子として磐石な地位を築いた。血筋の真っ当な皇子辺りが皇太子となって、ブライアンにはそれ相応の地位が与えられるものとばかり考えていたジークは、それを知った時心底驚いたものだった。

母親のシャラも、身体を完全に癒した後は冒険者として自由気儘に世界中を旅し続けている。その『目』を大いに活用して皇太子へ助言を送っているのだと、皇帝から「自分にはつれないのに」という愚痴の混じった手紙を受け取ったこともある。

間違ってはいなかった、と思うのだが…。

まさか、今頃となって同じ様な光景を目の前で引き起こされるとは、とジークは頭を抱えてしまった。


「ねぇ、何時まで母さんとシエルに抱きついているつもりなの。それに、内緒話まで。」


ロゼがシエル、グレルがヘクスの腕を引いて、はぁとシエルに説明をしながら思い出に浸っていたジークから引き離した。

「心配に心を痛めていた私達にも、説明してくれてもいいんじゃない?家族なんだもの。」

ねぇ、と首を傾げてジークに迫るロゼ。

兄を独占している状態にある皇太子。まだグレルやロゼが認めていないとはいえ義父であるジーク。

心配したのだから事情を詳しく知って置きたいという思いの裏に、そんな二人の秘密を知って弱みを少しだけでも握ることが出来たら、なんて思いもあった。


「だ、駄目だよ!」


だが、そんな考えの下にジークを問い詰めようとするロゼの腕を、今度はシエルが引き、ロゼが知ろうとすることを止めた。

「これ、知っちゃうと皇太子様のお嫁さんにならなくちゃいけなくなるかも知れないって、言われたんだよ?そんなの駄目でしょ?」

ロゼにはクインが居るから。

そんな意味を込めて、シエルはロゼを止めた。

もちろん、あれがブライアンの冗談が大いに混じった言葉だったのは、流石のシエルも分かっている。秘密を守りたいのなら魔術でも用いて口止めをすればいいのだ。どんな美女であろうと選びたい放題にある皇太子なら、ただの村娘であるシエルなんかを妻にするくらいなら、そちらを選ぶだろう。

大公の魔女であり、保護者役を担っているムウロを始めとする様々な爵位持ちに気に入られているシエルに対して、魔術を掛けることが出来る術師など居ないということも忘れ、政治的にも権威的にも手に入れれば大きな意味となる『勇者の欠片』を自分が持っていることも忘れ、シエルは本気でそう考えていた。

シエルはただ、あまり多くに知られる訳にはいかない秘密を守ろうと、慌てて考えた末にそれを口にしていた。


「何、それ?」

「ちょっと、待て、シエル!そんな事を言われたのか、お前!!?」

「へぇ。………いい度胸…」


それに驚いたのは、ロゼ、ジーク、そしてグレルだ。

「う、うん。言われたけど、冗談だし。シリウスお兄ちゃんも、からかうなって怒ってくれたし。」


「そのまま、一生口を開けないようにしてくれれば良かったのに。」


「お、お兄ちゃん?」

小さな声でボソッと呟かれたグレルの言葉は、はっきりと誰かの耳に届く事はなかったが、その不穏な雰囲気だけはシエルにも届いていた。

慌ててグレルの顔を見上げたシエルだったが、ん?とまるでシエルの勘違いだったと言わんばかりのニコヤカな笑顔を浮かべて首を傾げるグレルに、何も聞くことは出来なかった。


「ねぇ、グレル。ちょっと、皇宮を破壊して困った男に痛い目を見てもらおうと思うのだけど、あの術を使えばいいのかしら?それとも、もっと強力なやつを使った方がいい?」

「えっ?」

「…駄目だよ、ロゼ。そんなことしたら、兄さんにも母さん達にも迷惑が掛かるだろ?」


攻撃的なロゼの言葉を、グレルは止める。

冷静な判断によるグレルの反対する姿を見て、シエルはホッと安心していた。

だが、それはすぐに打ち砕かれてしまった。


「やるなら、もっと強力な術を見つけ出してくるか、編み出さないと。じゃないと、皇宮全域を消し去る事は出来ないし、出来たとしても皇宮や帝都以外に居る軍や貴族達によって追撃が来る。そうなったら、面倒臭い上に、今の所は母さん達を守りきることを完全に出来るとは思えない。何より、まだまだ僕達は未熟なんだ。向かってくる個々を倒すことは容易だろうけど、数が多い上に不測の事態まで想定して訓練している熟練の軍勢だ。様々な人間が含まれている圧倒的な多数を相手にする経験が浅い今じゃ、多くの面倒が残ることになるよ。」


「そ、そうね。」

冷静に、淡々と、ニコヤカな表情を一切崩すことなく、合間に呼吸をいれることなく、グレルは言い切った。

その様子に、その溢れ出す怒りを声も表情も、全身から漂い出る気配でも体現させていたロゼは、逆に落ち着きを取り戻すこととなった。

「やるなら、全部を消し去る力をきちんと蓄えてからじゃないと。」

ね?

そんな風に念を押される頃には、ロゼの頭は完全に冷え切って、グレルに落ち着けと心配の声をかけるまでになっていた。


ロゼは、その感情を全身で表現する。

その声で、表情で、力で。

そして、その感情は燃えやすくもあり、冷えやすいものでもあった。

双子でありながら、そんな感情の表し方ではロゼとは真逆にグレルは居た。

感情が高まれば高まる程、落ち着いた物腰になる。冷静に判断を下し、黙々と敵と見做した相手を殲滅するまで追い続ける。

ロゼはよく、それなりに親しくしている同僚や、僅かにも居る友人と呼べるような者達から、男女逆に生まれてきたのでは、などと茶化されることがあった。

それは、ロゼの大胆で大雑把に丸無げをするところが女性よりも男性のようだと評されるからであり、グレルの何時までも執拗に敵を追い詰めようとする姿勢が女性のようだと評されることがあるからだった。


「お、お兄ちゃん?」

「グレル。私、別にそこまで本気じゃないからね。そりゃあ、ちょっと困ればとは思うけど、帝国全てを敵に回そうなんて考えられないから。」

ロゼとしてみれば、術の暴走、失敗を装っての皇宮破壊くらいは目論んでいただけ。生まれた時から共にあり、何時も考えを見通しあえるグレルなら、言わずとも理解して戯言に付き合ってくれると思っての発言だった。

「ふふっ。僕のも、冗談だよ。やだなぁ…」

それまでの作り物めいた笑みではなく、満面の笑顔を生み出した、グレル。

その姿に、シエルはホッと息をついたが、ロゼの表情は浮かなかった。

まだね。

そう口が動いたように、ロゼには見えた。

「グレル…」

「でも、本気で兄さんと遊べるなんて、楽しそうではあるよね。」

グレルが皇太子に攻撃を仕掛けた場合、彼の近衛であるシリウスは敵ということになる。

兄とは戦いたくはないが、好奇心として兄と戦うにはどうしたらいいのか、どうやったら倒せるのかと考えるのは楽しい。

「喧嘩は駄目だよ!」

穏やか、そんな印象をグレルに抱いていたシエルは、首を思いっきり横に振って、兄達が戦いあうなんて駄目だと叫んだ。

「分かってるよ、シエル。それに喧嘩じゃなくて、遊びだよ。昔も、まだ村に居た頃にもよく遊んだんだ。狩りの成果を比べあったり、新しく身に付けた術や技を見せ合ったり。…最近は三人とも忙しくて、出来るだけ大人しくしていないといけない帝都だってこともあって、滅多に遊べなくなっちゃったけど。早く、シエルも交えて遊んでみたいのに。」

そんな昔を懐かしむグレルの言葉に、再びシエルは首を振った。

それぞれ立場を確立し、名を知らしめている兄姉達相手に、グレルが懐かしむような遊びに参加出来るとは思えない。

絶対に無理。

そう主張するシエルだったが、ヘクスの珍しい、本当に珍しい笑い声によって声を失った。

「フフッ。そうね、いつかは皆揃って何かを出来たらいいわね。」

「…その時は、俺が腕によりを掛けて弁当でも作るわ。」

「私も、手伝うわ。」


「……あぁ、頼む。」


珍しく見ることが出来た、小さくとも浮かんだヘクスの笑みに絆され、ジークは普段ならばそれとなく回避していたヘクスの調理を頼んでしまう。

あっ、という顔をジーク自身もして、大好きな母とはいえ料理に関しては何とも言うことの出来ないロゼやグレル、そしてシエルまでもがジークを睨みつけていた。

けれど、全ては後の祭り。

また顔から表情を出さない常の顔に戻りはしたものの、ヘクスはその時を心待ちにして、何を作ろうかと思案さえ始めていた。


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