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これにて、お別れ。

「これはまた、大収穫だな。」


村に帰る為の『道』が準備されていたのは、シエル達が宿泊した家とはまた別の、諜報部隊の隠れ家となっている民家だった。

民家の中に入った四人の、その腕を独占して抱えられている大量の荷物を見た皇太子ブライアンが上げた驚嘆の声が、シエル達を出迎えた。


「皇太子様?」


まさか皇太子が見送りに着ているなど、思いもしなかったシエルとヘクスが、不思議そうな顔でたった三人の近衛だけを引き連れて待っていたブライアンを見た。


ブライアンからすれば、そんな目で見られる事こそが驚きだった。

「改めて、お詫びに参りました。ヘクス殿。御心痛を与えてしまった所業、真に申し訳御座いませんでした。」

皇太子として、滅多に使う事のない丁寧な物言いで、頭を下げたブライアンは詫びの言葉を口にした。

常に堂々と立ち振る舞えと教え込まれている身としては、確実に皇太子より上の立場である皇帝に対してしか、した事の無い謙ったその立ち振る舞いに、謝られたヘクスが「あらあら」と戸惑いを見せ、シエルも「顔を上げて下さい。」と頼み込んでしまった。


「それで解決になるとは思わないが、詫びの品を後日村へと贈らせて頂きます。そして、私が出来うる範囲ではありますが、何か望みがありましたら、それを叶えさせて頂きたい。」


頭を上げたブライアンは、尚も丁寧な物言いでヘクスとシエルに謝罪を続けた。

「望み…。」

「えぇ、何かありませんか?」

「なら…あの家を直してもらおうかしら?」

望みを言うまで、引きそうくれそうにないブライアンに、ヘクスは何とか考えた望みを引き摺り出した。

ヘクスが口にした望み、それは傷みが酷かったディクス家の別邸の修復だった。

どうかしら。

と、ヘクスは、シエルとシリウスに顔を向けた。

「母さんがそれでいいのなら。」

「…伯父さんも、傷んでるから壊すって言ってたし。直して貰ったら、おじいちゃんとおばあちゃんの思い出がある家が残せるね。」

いいんじゃない?と、シリウスもシエルも頷いていた。


時間の経過のせいで、全体的に色褪せた内装。

歩く度に、ギシギシと音を立てていた一部の床。

いちいち、体格が良いモノグが体当たりしなければ開かない扉の数々。

直そうとすれば大掛かりな工事が必要になるだろうな、と昔を懐かしんでいるようだったモノグが、ヘクスに「悪いな」と呟き、そう言っていた事を、シエルはこっそりと目にしていたのだ。


「綺麗にしてもらえたら、シリウス達も使えるでしょ?」


「使えるって、一応まだ、俺達はアルゲートの人間だから…。」

使うにはちょっと問題が…。

表向きは関係など一切無い家の別邸を使うとなれば、有る事無い事、想像力豊かに理由を作り出し、色々と下世話に広げていく、貴族達のそんな暇潰しを知っているシリウスは、そんな面倒は出来るだけ避けたかった。

「でも、兄様は全部貴方達に渡すって言っていたわよ。」

「大分…先の事になる話だよ。」


「確かに、あの人はまだまだ生きるだろうな。」


ヘクスとシリウスのやり取りに、ブライアンが口を挟み、その両脇では近衛達がブライアンの言葉に同意を示していた。

彼等も、ディクス家当主であるモノグのことを、それなりに知っていた。

あの巨体は嫌でも目を引く。

一応、社交界の場では貴族としての立派な振る舞いというものを纏うものの、一歩でもその場を離れれば、傍に誰かしらが居ようと、粗野な振る舞いや悪態を隠そうともしなくなる。

それを非難する者も確かに存在したのだが、彼は一向にそれを改めることは無かった。

あの巨体では想像もつかない健脚さで皇宮を闊歩し、皇帝主催の狩猟会でも中々の活躍を見せる。手厚い環境が整った貴族であろうと滅多に迎えることのない80という年齢を超えているとは思えない姿は、有る意味で伝説と化していた。


パシッ


「お兄ちゃん!?」

軽い打撃の音が部屋に響き、そのすぐ後にシリウスを咎める声をシエルが発した。


モノグの姿を思い浮かべ、その口元に苦笑を浮かべた、ブライアン。

そんな彼の左腕がゆっくりと持ち上がって伸び、シリウスに触れようとした。

そのブライアンの左腕を、そちらに顔を向けることなく、あと指の関節一つ分程に迫ったところで、シリウスは軽く叩いて拒絶したのだった。


「触らないで貰えますか?」


シエルの咎めの声にも、友であり主であるブライアンの腕を叩き落とした事にも悪びれることなく、顔色一つ変わらない平然とした顔で、シリウスは冷たく言い捨てた。

不思議なことに、ブライアンを護る近衛達は咎めの声を上げたり、二人の間に割って入ることもなく、苦笑を浮かべて、二人の様子をただ窺っていた。


「そう言ったって、仕方ないだろ。腕が勝手に、お前に触れようとするんだ。」


顔色を変えたのは、シエルとクインだけ。

腕を叩かれたブライアンでさえ、ただ口の先を尖らせるだけだった。

叩かれたとはいえ、本当に軽くだった事で肌が赤く染まることもなかった自身の手を摩っているブライアンの言葉に、シエルは「ん?」と首を傾げることとなる。

シエルと同じ様に、何しているんだ、とシリウスの行為に顔を引き攣らせていたクインは、ブライアンが摩る左腕の付け根に、ほのかに慣れ親しんでいる気配を感じ取って、また別の意味で顔色を変えていた。


「勝手に?」


「今、この腕は私の物であって、私の物では無いんだ。」


シエルの疑問に、ブライアンが答えてくれた。

「ちょっとした怪我でね。アナスタシアに治させたんだ。」

「アナスタシアさん…。」

「クーロン氏族の治し方は、簡単に言ってしまえば、その血肉を"つなぎ"として使うというものだ。」

分かるか?と、理解しようとしているシエルの顔を、ブライアンは見つめていた。


「"つなぎ"って、あれだよね。ハンバーグの卵とかパン粉。なら…うん、なんとなく分かる。」


つまり、お肉がバラバラにならないように入れておく卵やパン粉が、クーロン氏族の血肉ってことだよね。


少しずつ、父から料理を教わっているシエルには、ハンバーグを作ろうとして卵やパン粉を入れるのを忘れてしまったという経験があった。

それだと考えれば、ブライアンの説明を飲み込むことが出来た。



「俺、しばらくハンバーグは食わなくていいわ。」

「奇遇だな、俺もそう思ったところだ。」

「うち…今日、娘が作ってくれると約束したんですが…」

転移の術の入り口として、すでに形付けられていた『扉』が、揺らめいた。

その『扉』の前で、青褪めた顔の口元を抑えたローブ姿の壮年の男が、苦笑を浮かべてブライアンやシエル達のやり取りを見守っていた近衛達に、叱咤を受ける。

「ちょっと。しっかり固定してて下さいよ。」

「魔術師は、想像力が豊かで、繊細なんです。」

アナスタシアとハンバーグ。シエルの言葉によって、その二つを濃厚に、より精しく繋ぎ合わせて想像してしまったのだと、嘆く魔術師。だが、皇帝から直接指示を受けてこの場に居るのだというプライドによって、嘆きながらも、さくさくと手と魔力を動かして『扉』を建て直していた。



「そうそう。そんな感じだ。」

にこやかに、ブライアンは頷いた。

「その"つなぎ"が馴染むまで、アナスタシアの思念が残ってしまっているんだ。その思念が、勝手にシリウスを触ろうとしてしまう。」

ブライアンの説明に、シエルとクインは「うわぁ」という何とも言えない目を、シリウスとブライアンの左腕へと向けた。

「まぁ、一日も経てば思念は消え、完全にわたしだけの腕に戻るから、今までもあまり問題になったことは無いが…。」

「俺にとっては、大いに問題が有ります。あれの気配が貴方の腕から感じられて、気色が悪い。」

ブライアンの左腕を、視界の端に入れることさえも嫌がったシリウスが、顔を背けながら吐き捨てた。


「……」

「どうした?」


一切の動きを止め、静かに瞬きを繰り返しているシエルに、何か説明の付かない不安を感じたクインが声を掛けた。

「なんか…」

そんなクインを見上げ、シエルがにっこりと満面の笑顔を浮かべる。


「なんか…帝都って、とっても面白い所だね。」

色んな事があって、とっても楽しかった。


ふっ、くくくくっ。

一瞬、部屋の中に沈黙が生まれ、そしてブライアンを始めとする複数の篭った笑い声が生まれた。

「ねぇ、お母さん。」

「…そうね。驚く事は一杯あったわね。」

どうして笑われているのか、不思議に感じたシエルは母に同意を求めた。

そして、返ってきたのは、シエルの言葉に同意した言葉。


始めから終わりまで、驚きや刺激に溢れていた帝都。

無理矢理連れられてきたシエルだったが、そんな事をすっかりと忘れてしまっていた。そして、今度はムウロと一緒に遊びに来よう、とシエルは心の中で決めていた。

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