断念せざる得ない
「これ、どうやって持って帰るの?」
シエルでは、木箱を一つ持つことも難しい。それだけ箱の中にはずっしりと、ただでさえ重さのあるものが詰め込まれている。
これ以上目に入れたくないと言わんばかりの顔をしているモノグは、さっさと持って帰れと目で訴えている。
村へと送り返してくれるという転移の術が使える人に、此処に来てもらえばいいのかな?
でも、迷惑かな?
そんな事をシエルが呟いた。
「先に迷惑を掛けられたのはシエルなんだから。そんなこと、気にしないでいいのに。」
だけど、それがシエルらしい。
ムウロは呆れながら笑い、その迷惑を掛けた人間の部下であるシリウスも頷き、ムウロの言葉を肯定する。
「でも…持って帰っても、邪魔よね?」
首を傾げて木箱の山を見るヘクスは、シリウスに顔を向けた。
母リリーナの遺産なのだ。ヘクスの息子であるシリウスやグレル、ロゼに渡っても誰も文句は言えないだろう。帝都に住む彼等なら、これらを上手く使うことも出来るし、村に持って帰る面倒をしなくてすむ。
そんな考えが透けて見えるヘクスの視線に、シリウスは静かに首を横に振った。
ほとんどが自給自足で賄えている村での生活。下手な貴族が貯め込んでいる全財産よりも価値がある、というリリーナの遺産を持って返ったとしても、日の目を見ることなく、ただ家の奥深くで埃を被り続けることになるだろう。持って帰れる木箱一つ、二つ程度なら、シエルの将来の為にも持って帰ってもいいし、母を偲ぶ形見として手元に置いてもおける。だが、流石にこの量はと躊躇ってしまう。何より、これらに対して、それ程の価値を見出せないヘクスやシエルが持っているよりも、帝都にあって何かと物入りのシリウス達三人が上手く利用してくれる方がいい。
そういった内容の事を、ヘクスは息子に主張したのだが、無駄な騒ぎの種を置いておきたくはないと、シリウスは断った。ただでさえ、立場や個々の能力によって擦り寄ってくる人間が多く辟易しているのだ。今まで以上の、しかも今まで以上に下劣な考えで持って寄ってくる者達など、考えたくも相手にも、したくないことだった。
「その若いのが運びゃあいいじゃねぇか。荷台にでも乗せて、それを引っ張って空飛びゃすぐだろ?」
「あれ、僕がそうって、よく分かったね。」
モノグの言葉に、ムウロは純粋に驚いた。力の強い魔術師や気配に敏い者ならば分かるかも知れないが、そんな様子を感じられないモノグに見破られるとは思ってもみなかった。
「『灰牙伯』だろ。ラザフォル陛下が隠し持ってる絵と瓜二つだからな、分かんねぇ方が可笑しいさ。」
「何、それ?」
「あ?なんだ、許可無しか。」
先々代、先代の皇帝達に仕えていたモノグ。モノグにとっては、皇帝に即位して何年になろうとラザフォルは、幾つになろうと性質の悪い悪ガキだった。
そんな彼の悪さを一つ見つけ出したことで、それを使って今度はどうからかってやるかと、モノグは悪意を多大に含んだ笑みを口の端を持ち上げて作りだした。
「絵を描くのは趣味だって言ってはいたけど…燃やすか。」
昔交流を持ったばかりの頃に、世間話の流れでそんな話をしたのを思い出したムウロだったが、流石に実害は無いとはいえ許可無くされるのはムッと眉を顰めた。
シエルとヘクスを村へと送ったら、死なない程度に痛めつけて、そして自分が描かれている絵を焼く払ってしまおうと考えた。
「ムウロさん、お願い出来るかしら?」
「あっ、はいはい。大丈夫です。家まで運んで置きます。」
シリウスにも拒否され、兄にはさっさと持って帰れと促され…。兄の意見を取り入れたヘクスは、ムウロに頭を下げ、頼んだ。そんなヘクスに、ムウロは「そんなことしなくてもいいですから」と頭を上げるよう促し、顰めていた顔に笑みを戻し、木箱の山を運ぶことを了承した。
「よし。これで片付いたな。んじゃ、用は終わったな。燻してる奴食ったら、帰れ。」
「えっ!?」
「突然こっちに連れて来られたんだろ。なら、さっさと帰って安心させてやれよ。大騒ぎだって、ルーカスから言ってたぞ。」
事情は全て村に居るルーカスから聞いたらしく、モノグはシッシッと追い払うような仕草でシエルとヘクスを動かそうとする。
こっちだって、色々と暇じゃねぇんだよ。
そう呟いて、シエル達を顎で外へ向かうよう促す。
「でも、二人のお墓にも行っておきたいのだけど…」
驚いているシエルやシリウスとは違い、モノグのそんな態度にも慣れているヘクスは、すぐに反論することが出来た。
「親父の墓なら行けるが今からじゃ日が暮れるな。それと、リリーナの墓は無理だぞ。」
そんなヘクスの言葉も、モノグはばっさりと切り捨てた。
「どうして?」
「どうして…えっと、おじいちゃんとおばあちゃんのお墓は別の所なの?」
ヘクスの疑問は、母の墓には行けないというモノグの言葉についてのもの。
だが、そのヘクスのすぐ後に、元々疑問に思っていたことがあったシエルが、それをモノグに聞く良いチャンスだと問い掛けた。
クインに案内してもらう予定だったのは、この別邸と、ヘクスの両親の墓への三箇所。シエルの中での常識では、夫婦は同じ場所にお墓を作ってもらうものだった。どうして、違う場所にあるのだろう。そう、ずっと疑問に思っていたのだ。
それを聞く為に口に出せれた、少しだけスッキリとした面持ちとなったシエル。
そんなシエルの、何とも言えない表情となったモノグが、木箱の山を指差した。
「あれが原因だ。」
「あれが?」
端的なその返答に、シエルには何のことかすぐには思い浮かべることは出来なかった。
「死んだのはリリーナが先だからな。最初はちゃんと、貴族用の墓地に入ってたんだよ。」
その数年後、寿命を迎えたモノグとヘクスの父親も死に、貴族だけが埋葬される墓地の一角にあるディクス家の区画へと埋葬された。
流石に、後妻であるリリーナと険悪な関係だったモノグの弟達や親族も、死者に鞭を撃つような真似は出来なかった為、数年は何事もなく済んでいた。
問題だったのは、リリーナが貯め込んでいると一部では有名になっていた財宝だった。
その噂を信じた荒くれ者達や、リリーナが生前交流を持っていたあまり素行の良くない冒険者達などが、彼女の眠る墓を掘り起こすようになったのだ。犯人が捕まることもあれば、誰が行なったかわからず仕舞いの事もある。何度も、何度も起こったそれらに、墓地を管理する役人からは苦言が漏れ、ディクス家当主の決定により、リリーナの墓は貴族の墓地から、平民が埋葬される墓地へと移されたのだった。
「リリーナがそれなりの財産を貯め込んでたのは、交流のあった奴等の話を聞けば確かなもんだと確信が持てたんだろうな。だが、何処にあるかわからねぇ。この屋敷にも、何度か忍び込んだみてぇだが、見つけることは出来ず。じゃあってことで墓を漁ったんだろうよ。」
一度、誰かが掘れば無いって分かるもんを。何度も何度も、自信過剰だってぇの。
その被害は今も尚、忘れかけた頃に起こっている。平民用の墓地の、どの部分にリリーナの墓を移したのかは内密にしてあるにも関わらず…。
「おい、警邏隊。つい最近、墓地で馬鹿みたいな大立ち回りがあっただろ。」
突然、シエルの疑問に答えていたモノグが、クインを見た。
「あ、あぁ。平民の方の…一区画に被害が凄かったのが…」
あれは…と口篭り、クインは口元を引き攣らせた。
その横で、モノグが何を言いたいのか思い立ったシリウスが、目元を押さえていた。
モノグが口にしたのは、警邏隊も大いに関わっている事件だった。
強盗、殺人など、手口などにおいても凶悪な性質で名を轟かせた盗賊団を一網打尽にした捕り物が、平民用の墓地で二ヶ月前に行なわれた。
魔術師団に属していたこともある優秀な魔術師が落ち、加わっていたこともあり、色々と梃子摺った捕り物ではあったが、魔術師団の協力もあって、警邏隊にも魔術師団にも大きな被害を受けることなく、幕を閉じる事は出来た。
大団円というには、墓地の一区画が灰燼に帰したことに、目を瞑らなければならなかったのだが。
「一応、墓地の復旧は終わってるんで…墓参りには問題ないかと…」
「調査はまだ完全には終わってないらしいぞ。それに至るまでの要因全てを割り出して、関係各所に認められるまで…一番の要因の血縁を出入りさせて貰えると思ってんのか?」
証拠隠滅などを図る可能性が示唆され、絶対に許可は降りないだろう。
情報監査官として長年務めていたモノグにとっては、当たり前のことだった。
警邏隊と協力したのは、第三部隊。その部隊を率いていた隊長の名は、ロゼ。
"人の気もないし、住宅街ほど迷惑をかけるわけじゃないし、いいかなって思ったの?"
流石にヤバイと思ったのか、肩を竦め、目を泳がせたロゼはそう言った。
"新しく会得した術を試してみたかったの!"
そう言って放った術は、クインの目の前で漆黒の炎を生み出したのだった。
「お、お姉ちゃんって…豪快…なんだね。」
「それじゃあ…仕方ないわね…。」
話を聞いたシエルは呆気にとられ、ヘクスは納得していた。
それは、どれだけロゼの事を知っているかの違いだった。
溜息をつきながらもヘクスは、昔とあまり変わらないのね、と嬉しそうな呟きを零した。




