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彼女の言葉

一応、掃除はしたから汚くはないぞ。

その言葉の通り、シエルが見回す範囲には埃などは見当たらない。

だが、壁や床、申し訳程度に備え付けられている家具などは何処か色褪せて、寂しげな気配がある。この屋敷に常日頃、人が出入りしていないことが感じ取れた。


玄関を入ってすぐの部屋に、シエル達は案内された。家族が集まり寛ぐ居間だったのか、訪れた客人を通す応接間だったのか、大きな窓からは外に生い茂っている木々が覗く、暖炉のある広い部屋には家具などは一切無かった。

あったのは、部屋の中央に積み上げられている箱や袋の山だった。


「ヘクス。こいつらは、お前のもんだ。」

好きにしろ。


その声は、早く持って行けとヘクスを促している。

その荷物の山を見るモノグの顔。それはシエルには、何か見たくもないものを目に入れている、そんな時に浮かべるものに思えた。

「これは?」

「リリーナが貯め込んでやがったもんだ。名より実、実より利を取る奴だったからな。傭兵時代に相当貯め込んでやがった上に、親父が相当貢いでたからな。俺が見た限りでも、それなりの価値になるぞ。」


"私のものを奪おうなんて下郎には、災い有れと呪ってやる。"


事ある毎に、そう言って笑っていたリリーナの顔が、モノグの脳裏に過ぎる。

その言葉に何か効果があったかは知らない。だが、モノグが知っているリリーナの性格を考えれば、何かあっても可笑しくはないと考えられた。

リリーナが宝を隠し持っているという噂を信じた傭兵時代の知人達も盗人達も、そしてモノグの弟妹達も、目を血眼にして探していたようだが、まさか別邸の地下に隠し部屋が築かれているなんて気づく事はなく、出来ていたとしても、その入り口さえも見つけ出せていた痕跡が無かった事からも、宝を見つけ出すことは出来なかったのだろう。


厨房の竈の中に出入り口を出す仕掛けがあるなどと、誰が考え付くものか。


「お母さん、見てもいい?」

興味を引かれたシエルが箱や袋の山を指差し、母に確認を取る。

ヘクス自身も突然に渡された母親の遺していたという物の山に戸惑いがあり、良いのかというシエルの問い掛けを、モノグを見上げることで尋ねた。

「好きにすりゃあいいだろ。リリーナが死んだ時点で、これらは全部テメェのもんだ。テメェのガキなら、触ろうが使おうが、あいつも呪やぁしねぇよ。」


"私の物は私の物。娘の物は私の物。つまり、ヘクスの幸せは私の物ってことよね。うん。私の物が減るのは少し嫌だけど、ヘクスの為ならどんどん使っちゃうかも。"


ヘクスの居る村に行ってくる。それなりに気が合い、必要も感じられないことから、帝都から追い出さずにいる僅かな親族の一人、ルーカスがそう告げに来た日からだったと思う。モノグの頭に昔の記憶が掘り起こされ、その声が響くことが多くなった。

これが呪いって奴か、とモノグをげんなりさせるには充分だった。


弟妹達を帝都から追い出し、当主の座を奪い取った時、そのごたごたと後始末でモノグの体重は激減した。リリーナに"豚?"と笑われていた頃よりも細くなったんじゃないかと思うくらいに細くなった体躯。

"貴方の横幅じゃ、隠し部屋にはいけないわ"

その言葉を試してみようと挑戦し、モノグは彼女の遺品の山を見つけ出したのだった。


年齢を考えても、見事元に戻った体型を考えても、そう長くは無いと考えられる。

皇帝にも根回しを終え、モノグの死後はヘクスの子供へと爵位は受け継がれるようになっている。リリーナの遺品もそれに含ませればいいと面倒臭がったモノグは考えていた。

ルーカスからヘクスが帝都に来ると連絡が入った時、なら直に渡すかと隠し部屋から出し保管していた遺品の山を、この部屋に積み上げておいたのだった。

これで全部、肩の荷が降りたか。

モノグはホッと息をついていた。



「シエル、いきなり触るのは危ないから。」


「ん~呪いって感じのものは無いから大丈夫じゃないかな」


"呪い"。モノグが発した言葉に反応したのは、ムウロとシリウスだった。

モノグに言われたヘクスが、今にも木箱に触れようとしているシエルに頷いて見せたのだが、その手をシリウスが止め木箱からシエルの体を引き離し、ムウロが箱や袋に触れて何らかの力の痕跡が有るのか無いのかを確認していく。

だが、鼻を引く付かせてみても、それらから魔術や力といった形跡は見つけることはなく、ムウロはシエルを拘束していたシリウスに合図を送った。


そう多く言葉を交わした訳ではない。

だが、シエルに対する"兄"という部分で、ムウロとシリウスの間には何らかの信頼が生まれていた。


「でも…あまり女性って感じのない宝の山だね。」

「そうなの?」


ムウロの合図を受け、シエルを留めていたシリウスの手が離れた。

一番手前に置かれた箱の蓋に手を伸ばし、シエルは何が入っているのかを確認しようとする。

そんなシエルの横で、触ったり、匂いを嗅いだりして、中に入っているモノが何かを大方把握したムウロが首を傾げ、目を細めた。


「女性っぽい物が無いんだよね。」


一つ目の箱には、汚れもついている色々な意匠の金貨が詰まっていた。

二つ目の箱には、板状になった金が並んでいた。

三つ目の箱には、何の細工も装飾も施されていない、裸の状態の宝石の数々が。

四つ目の箱には、大きな石がゴロゴロと。


全ての木箱、そして皮の袋、その全てにそれらが詰め込まれていた。

時折、首飾りや腕輪などの装飾品もあったが、その量は全体からすれば、ほんの僅かなものだった。


「石?」

「あぁ、それは宝石の原石だよ。僕はあまり詳しくはないんだけど…」

「それは、青玉の原石だな。そんだけ大きな原石は珍しいぞ?」


シエルの両手に収まらない大きさの石に、目を凝らしたクインが驚きの声をあげた。

竜族は宝を収集する習性がある。その貯め込まれた宝を見て育っているクインの目利きはほぼ間違いは無かった。

「こっちは、色々な国のものが混ざっているな。収集家に見れば、金貨として以上の価値を見出す古いものもある。」

金貨の山から幾つかを掬い上げたシリウスが、知り得る限りの知識を披露する。

今はもう存在しない、古い国で使われていた物などを集める好事家というものが居る。彼等は、その物が本来持つ価値以上の価値を、それらに見出し、糸目をつけずに欲するものだ。

見た目以上の価値がありそうな、祖母という女性の遺産に、シリウスは冷や汗を流す。


「あいつが言うには、刹那的なもんを大事に取っておいたところで、価値が無くなるんだってよ。」


"ドレスとか、絵とか?まぁ色々あるけど、そんなの流行が去ったらそれで終わりじゃない。高いお金出して手に入れても、売る時に流行が終わってたら価値はダダ下がりよ。お金だって同じ。国が終わればそれで終わり。その点、純度さえ気をつけておけば、金貨なら溶かしてしまえば価値は同じでしょ?宝石も同じこと。指輪とかにしちゃうと流行があるもの。原石のままなら、その都度の流行のカットにして、装飾を施せば良い値で売れるってものよ。"


また過ぎる声。

それをそのまま、モノグは口にした。


それに感心したのは、永い時間を生きているムウロ。そして、隠しているものの、本性は竜であるクインだった。

「随分と、老成というか、長く生きるモノのような考え方の人だったんだね。」

その考えに至る経験は、ムウロもクインもしていた。

地上で資金を手に入れようと思い、昔地上で手に入れた物を手放した時など、想像以上に価値が無かったりする事もあった。

モノグの告げたリリーナの言葉は、まるでそんな経験があるかのように聞こえた。


「変わってる。…本当、面白いな。」


ムウロはおもむろに木箱の中から、数少ない装飾品の一つを、持ち上げる。

小さな真珠が連なっている鎖を持ち、その先に繋がっている幾何学模様が描かれている飾りを眺めた。


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