届けるものは
此処だ。
色々な話をしながらも歩き続け、ようやく立ち止まったと思えばブライアンはそう言い放った。だが、そう言われても、其処はブライアンの手にある小さな炎が灯る燭台が照らし出す、本当に僅かな範囲だけしか見えない暗闇の中。シリウス達と別れ扉を潜った後、何度か右に左にと歩く方向が曲がっている感覚を覚え、下っているような、上がっているような、まるで混乱させるような道のりに、シエルはどれだけの距離を歩いたのかさえも分からなくなっていた。
炎の明かりが僅かに届きぼんやりと薄暗い位置に、幾つかの箱や物が置かれているという事だけを、見て取ることが出来た。
「まぁ、この国の秘密の宝物庫とでも思ってくれればいい。」
壁に備え付けられている燭台に、腕を伸ばし炎を移していく。
その行為を一つ、二つと重ねれば、今居る空間全体を照らし出すだけの光源が出来ていた。
ブライアン曰く宝物庫である空間の中で、それらは二つに纏められていた。
シエルから向かって右側には、様々な大きさの絵画が綺麗に並べられ、立て掛けられている。
左側には、本や箱、小さな小物まで、共通点が一切見つからないような様々な種類の物が置かれている。
「これらを神聖皇帝の下に送って貰いたいというのが、今回の君への頼みだ。そして、こちらの絵は今回の詫びも兼ねて『銀砕大公』へ渡したい。」
先に指を指したのは、左側の小物類。後に指差したのは、右側の絵。
「詫び?」
「君を無理矢理、此処に連れてきたからな。大公や灰牙伯が色々と手を外せない、君に目を向けていない隙を狙っての行いだ。村を害するなという宣言もある。普通なら、帝都が滅びるくらいの報復を覚悟しなくてはいけないだろう。」
爵位持ちが全員集まる、そんな大切な話し合いへと向かったムウロや、大公として出ている筈のアルス。自分の力と同様に、すっかりと彼等に助けを求めることも忘れていた事に気がついた。
「これらの絵は前々から『銀砕大公』が寄越せとしつこかったものだ。譲ってくれるのなら、何でも願いを叶えよう、と宣言までしている。"今回の件を許して欲しい。"という願いと引き換えに、譲ろうと思っている。此処にこのまま在っても、面倒臭いことを引き起こす可能性もあるからな。」
「アルス叔父さん?…知り合いなんですか?」
皇太子と『銀砕大公』。どんな繋がりがあるのだろうか。シエルはワクワクと心を躍らせた。
「正確に言えば、私の母が、ということになるな。世界中を飛び回っている母が『目』の力を使って見つけ出した"大公にとっての宝"が、これらの絵だそうだ。色々と使えるものだから、好きに使えと送られてきた。扱いに困るもの故に、護りも厳重な此処に父上と相談の上で保管していたんだが…。これもいい機会だ。あとの管理を『銀砕大公』に託す意味も込めて、手放すことにした。」
苦笑を浮かべるブライアンの目は、ジッと立て掛けられている絵へと向けられていた。
シエルからは、一番大きな絵だけがはっきりと見える。
首の後ろで縛った黒髪の、まるで睨まれている感覚に襲われる目つきの悪い男の人と、その前で椅子に座って微笑んでいる、黒髪の女の人。
見たことも無い人達だったが、見ているだけで不思議な感覚を覚える絵だった。
「あれ?皇太子様のお母さんって、お妃様ですよね?」
男女の絵を見ていて、シエルはある事に気がついた。
先程のブライアンの説明。アルスの名前や絵に気を取られ、さらっと聞き流していたシエルだったが、何だか強い違和感を感じ、それを探りあてようとしていた。
「そうだな。一応、そういうことになってる。私の母は、皇后セレイアだ。」
まるで、何でも無いことのように、にこやかに笑い頷くブライアン。
お妃様なのに、世界中を飛び回っている?送られてくる?
ほんの僅かな違和感から、頭の悪いわけではないシエルは、それを察してしまった。
そして、シエルが取った行動は…。
バッ
シエルは自分の両手を持ち上げ、両耳を塞いだ。
「私、何にも聞いてません。」
「もう、遅いと思うけど?」
必死に耳を抑えているシエルに、ブライアンは噴出していた。
そんな音が、耳を強く抑えているシエルに聞こえることは無かった。
知ってしまうと、シエル嬢には私の嫁になってもらわないと…
ブライアンが言っていた、そんな言葉を思い出す。
お父さん、何てことに関わってるの!?
それが意味の成さないことだと分かっていても、心の中で父に対して怒鳴りつけずには居られなかった。
「この『目』は、元々母の物でね。一人残していく私が心配だった母が、何かと助けになるだろうと分け与えてくれた物だ。今でも、私の役に立つだろうと、行く先々で"印"を増やしていってくれている。その過程で、『銀砕大公』とも出会い、こういった宝も見つけ出している。君も、何れ何処かで会うかも知れないな。」
「聞いてません。」
耳を塞いだまま、目まで閉じて意思表示するシエルに、ブライアンはあっけらかと一人話を進めていった。
「これを、届ければいいんですよね!!」
耳を塞いでいるだけでは駄目だと考えたシエルは、頼み事の話を進めればいい、そう思い大きな声でブライアンの声を遮った。
シエルの思惑通り。話を止めたブライアンに、耳から手を放したシエルは目も開けて、向かい合った。
「…あぁ、そうだ。これを、神聖皇国皇帝へ届けてもらいたい。」
ブライアンは、置かれていた物の中から一つ、片手に収まる大きさのぬいぐるみを持ち上げた。
「厄介事を抱え込んで被害を出す謂れは無いからな。『魔女大公』の鍵穴は、何処よりも厳重な護りの中に放り込んでしまうに限る。」
「えっ!?」
ブライアンが、ぬいぐるみの背中についた縫い目を解き、その中をシエルに見せた。そこには真っ暗の中に浮かぶ鍵穴があった。
シエルは驚くと共に、本当に何処にでも"目"があるんだな、と感心してしまった。
「これらは、帝国内から私が見つけられるだけ見つけ出した"鍵穴"だ。此処に置いておくにも、厄介な力を持つ者相手では心許無い。だからといって、神聖皇国まで運ぼうにも陸路も転移の術も、干渉される危険性は大きい。その点、君なら何よりも安心出来る方法が取れるだろう。」
「?」
「神聖皇帝の母君は、君の友人だろう?」
「あっ!箱庭!?」
でも、ディアナから渡された鍵は、失くさないようにと籠の中にしまっていた。食堂から突然来ることになったシエルは、まったくの手ぶらで、籠は持っていなかった。
「箱庭の鍵はそう望めば所有者の下に来るものだと、魔女に聞いたが?」
「そうなの…?」
手の平を広げ、シエルは鍵を思い浮かべた。
すると、ブライアンの言うように、何も無かった手の平の上にディアナから渡された、小さな花と三日月が持ち手部分に刻まれている鍵が現れた。
「本人が当たり前に思っている事はつい、説明を忘れてしまうからな。」
「これを使って、ディアナちゃんの箱庭に荷物を運べばいいんですか?」
「頼む。」
鍵を持って箱庭に行くことを考える。
ディアナに教えられた通りに、シエルは一度言ったディアナの箱庭の事を考える。
すると、シエルの目の前に、うっすらと扉が現れ始めた。
「陛下?」
突然顔を上げたカルロに侍女の声がかかる。
そんな侍女を手を振るだけで下がらせたカルロは、寝台の上で横になっているディアナの体を揺さぶり起こした。
「母上、シエルでしたか?御友人が箱庭に来たようですよ?」
どうしますか?
そう尋ねる息子に、ディアナは声を出す事も無く指や腕を使って指示を出す。
「分かりました。私がいない間に、無理はなさらないで下さいよ。」
カルロは腰を上げ、寝台を離れていった。
その先には、扉が一つ。
カルロの姿は、その扉の中に消えていった。




