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ドワーフの村

トンテン カントン

転移した先は、何軒もの屋根に突き出た煙突から煙を立ち上らせている家が立ち並んでいる村の中だった。何か、固いものを叩き付けている音が何処からとも無く聞こえてくる。


「お前等、あの坊主の仲間か?」


全員が転移術の為に築かれた穴を無事に抜けることが出来た。

グレルが言っていた通り、シエルが経験した行き先が違ったという事はきちんと改善されていた。グレルなら大丈夫だろう。そういう信頼はあったが、若干の不安も抱いていた彼らがホッと一息つく姿がシエルの目に映っていた。

そんな彼らに、皺枯れ擦れた声がかけられた。


それは、シエルよりも少しだけ背の低い、がっしりとした体格をしている長い髭に顔を覆われた老人のようにも見えるドワーフの男だった。そのゴツゴツとした厳つい手には大きな鎚が握られていた。

髭に覆われている顔の中から、鋭い目が突然村に現れた鎧姿の集団を射抜く。

「貴方の言う坊主がグレルという男の事なら、そうですね。」

礼儀を払って、ルーカスがドワーフの男の問いに答えた。

ほんの少しだけ警戒を解いたドワーフは、その鋭い目でグルリと目の前の集団を見回した。そして、集団の中に紛れていた、シエルとロゼにその目を留めた。

「お前さん達が、あの坊主の姉妹ってとこか。」

兄弟だからこそ、ロゼやシエルからグレルに似た部分を見出すことは出来る。

ドワーフはそれを見て取ったのだろう。ロゼとシエルがグレルの姉妹であることにすぐに気づいたらしく、険しい顔を僅かに緩ませ、口元を覆い隠す髭が盛り上がり、何となく彼が笑ったのだとシエルには分かった。


「ケイブ様の紹介って事だから、村ん中に印付けるのを許したんだが…。こんなすぐに使うとはねぇ。まだ、あの坊主の依頼の奴は完成してないぞ?」


「グレルったら、ケイブと一緒に来たの?」

ドワーフの言葉に、ロゼが呆気にとられた声を上げた。

グレルはケイブを殴ったと言っていた。そんな相手と一緒に行動を取ったのか。一人をいいことに何をしているんだろう、と双子の片割れの行動に僅かな心配を抱いたのだった。

「おう。じゃなきゃ、色々と大事な作品があるってえのに、村のど真ん中に転移術の目印なんて付けさせるもんか。」

最近は泥棒も多いってぇのに。

ブチブチと悪態を吐き出すドワーフの様子に、グレルとケイブが随分と強引に押し切ったことが理解出来てしまった。

「おめぇら、仕事を依頼に来たりするんなら何時来ようと別に構わねぇが、作品を貶すことや盗みなんてぇ事をしやがったら…、分かってるな?」

「肝に命じています。」

ならいい。

殺気さえも漂わせて睨みつけたドワーフだったが、神妙なルーカスの返答とコクコクと頷いている男達を見て、顔を和ませた。

「俺は、カルタ。あっちで装飾品を作ってんだ。用があったら来な。」

「ありがとう。」

ルーカスの礼に頷きを返したドワーフのカルタは、シエルとロゼを見た。

「姉さん達はどうする?坊主の依頼の状況でも見に来たのか?」

ルーカスを初めとする男達は、その手に壊れた武器などを持っていた事から、村に来た目的は見て取れた。だが、手ぶらに近いロゼからも、迷宮に居るとは思えないような軽装なシエルからも、武器の補修が目的ではないと分かる。

なら、数日前にやってきたグレルがカルタに頼んでいった物の出来具合を確認に来たのか。出来具合をいちいち気にする依頼主は意外に多い。だからこそ、カルタはそう考えた。

「レテオさんに用があるんです。レテオさんの家って何処ですか?」

てっきり年長であるロゼから返事が戻ってくるとばかり思っていたカルタは驚いた。あまり多種族の子供に好かれるような容姿でないカルタに対し、物応じの一切ないシエルの笑顔が向けられていた。

「レテオなら…あっちの端にある家だが…。装丁屋なんて物好きの事を良く知ってんな…お嬢ちゃん。」

「アイオロスさんに教えてもらったんです。」

鍛冶や工芸などを生業にするドワーフの中にあって、紙を扱う仕事を選んだレテオの事は、仲間意識の強いドワーフの村において村八分になることはなかったが、少しだけ遠巻きにされている。そして、その意外過ぎる仕事なせいか、レテオの装丁屋について知るものは少ない。

シエルの口から飛び出た名前に、カルタは納得した。

数少ないレテオの客の中で、片手に乗る程度の上客の名前だった。


そこで、カルタはようやく気づいたことがあった。


魔力に関して、少しだけ鈍感なところがあるドワーフだからこそ気づく事が遅れてしまったが、目の前でニコニコと無邪気に笑っている少女から、気づいてしまえば畏怖を覚えて体が竦む、『銀砕大公』の匂いが感じられた。

グレルが、片頬を腫らしたケイブと共に村にやって来た時も驚いたが、それ以上の驚きに襲われたのは言うまでもない。

そして、思い出したのは、ドワーフの村にも通達された『銀砕大公』の魔女が欲しい物を届けてくれるという話だった。


「ありがとう、カルタさん。」

カルタに礼を言って、シエルは示された方向に進んで行こうとした。

だが、それは手を掴み引いたロゼによって、一回止められることになった。

「シエル。手を繋ぐ約束でしょ?」

シエルの腕を掴んでいた手を一回離し、ロゼは手の平を差し出して首を傾げて見せた。

「う、うん。」

少しだけ、気恥ずかしさを覚えたシエルだったが、それは手を繋ぐことに対してではなく、その相手が知り合って間もない姉だから。

差し出された手に、シエルは自分の手を重ね、そして握り締めた。それに対して握り返してきたロゼの手をジッと見つめ、シエルはエヘヘッと照れ笑いを漏らしていた。

「さぁ、行こうか。」

「うん。」


シエルとロゼは手を繋ぎ、カルタが指差して教えてくれたレテオの家に向かった。




シエルとロゼが背中を向けて歩いていった後、ルーカス達もそれぞれ目的を果たすことが出来る店などを探し、次々と建物の中に姿を消していった。

そんな中、一人残ったルーカスはカルタに声をかける。

「此処は、迷宮の何階層になりますか?」


「何処にでもあって、何処でも無い。って答えろと言われてるな。」

「は?」


クックク

問いに答えたカルタの言葉を、ルーカスはすぐに理解することは出来なかった。

ポカンと開け放たれた口を閉じる事も出来ずに呆けるルーカスに、カルタは苦笑を漏らした。

「詳しいことまでは教えてもらっちゃいないが、大公の使いからの伝言によりゃぁ、ドワーフの村にはどの階層からでも来ることが出来るんだとよ。各階層に"道"が隠してあって、武器に困りゃ此処に来ればいいっていう仕組みにしたって話だ。」

それを聞いた時は、ドワーフ達も驚いた。

それまでは、第5階層に暮らしていた。ドワーフの村に来るのは、それなりの実力がある冒険者達で、持ち込まれる武器もそれなりの業物であることが多かった。だから、大公の使いから話を聞かされた時、驚きの後にドワーフを襲ったのは、仕事が増えるという高揚だった。

どの階層からでも来ることが出来るということは、第一階層でつまずくような冒険者も来るということ。大公の迷宮に挑戦するのだから、それでもそれなりの力を持っているだろう。そういう輩の多くは武器の扱いがなってない。補修するにしても、新たに買うにしても、ドワーフ達にとっては金さえ払えば良い客だ。


今、ドワーフの村は、変性を経て新たにやってくる冒険者達に売りつけようと、猛スピードで商品となる物を増産している真っ只中だった。

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