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秘密の本

シエルは、手の上にある古びた本をペラペラと捲った。

ページを捲る度に、そのページの一番上に言葉が字の下に線が引かれた状態で一つ。その下には、長い文が続いている。


アルシード

ネージュ

カルカ

・・・・・・ 

・・・・

・・・・・・・・


「兄様の弱点?」

シエルの手が、そう書かれているページで止まった。

これを書いたのは『魔女大公』アリアさん。アリアさんは、魔王の妹。っていうことは…。


「これって、魔王の弱点ってことだよね?」


シエルはそのページを開いたまま、ムウロとアイオロスに問い掛けた。

すると、いつもならシエルの疑問に答えを返してくれるムウロが驚いた顔をして、シエルの手元を見ていた。そして、そのまま視線をシエルの顔へと移してきた。

「読めるの?」

驚いた顔のムウロに言われ、シエルはもう一度、開いた本へと目を戻した。でも、何度見ても、ページを捲って見ても、そこにはシエルが読める字ばかりが書かれている。

二人の言葉の意味が分からず、シエルは不安な声を上げていた。

「えっ?」

「どういうことですか?」

アイオロスもムウロの言葉の意味が分からなかったらしく、ムウロに顔を向けて首を傾げていた。

「大戦の時に使われていた言葉は、今では地上で一般に使われているものじゃないよ。魔術に使われているくらい。」

「おや、そうでしたか。」

まぁ大戦から随分と経っていますから、それも仕方無いことですね。

しみじみと言うアイオロスに呆れた視線を向けたムウロだったが、それもすぐにシエルへと戻してきた。

「シエル、魔術習ったことあったの?」

母と二人揃って、スズメの涙程しか魔力が無い、魔術を使おうとしても無駄、と認定されているシエルが、魔術を習ったことは無い。けれど、ムウロは「そうじゃなきゃ、この言葉を知ってる訳無いし…」と言い、頭を捻り始めていた。

「でも、普通にいつも見てる言葉に見えるよ?」

悩むムウロの前で、シエルも悩み始める。

どう見ても、いつも見て、使っている言葉そのもの。ムウロの言うような、特殊な言葉には見えなかった。


「…父上が何かしたのかな?」


「アルス様にそんな小細工をする理由も考えも無いと思いますが?」


そうだよね。

自分で言い出した言葉をあっさりと否定する。

ある意味ではアルスの事を馬鹿にしているとも捉えかねない二人の言葉に、シエルは呆気に取られていた。


「まぁ、読めないよりも読めた方が便利ではありますね。」

「それは…そうだね。」


此処に来るにも普通だったら必要だったんだし。

迷宮を動き回るには必要なスキルだろう。


「あぁ、それで父上が加護の内で与えたのかも知れないな。冒険がしたいってシエルが言ったことが、シエルを魔女にした理由なんだし。」

一瞬考え込んでいたムウロが、理由になりえるかも知れない事に辿り着いた。

それによって、シエルが古い言葉を読むことが出来るのは、アルスの与えた加護の一部だろうという結論に落ち着いたのだった。

まだ多分ではあるものの、理由が判明してホッとしたのはシエルだった。

良かったと胸を撫で下ろし、安心して本に目を戻した。


「それにしても、魔王陛下の弱点ですか。興味深いですね。」


シエルの手の中で開かれている本に、アイオロスの興味深々の様子で覗き込んできた。

同じように興味を引かれたのか、ムウロも覗き込む。

シエルは二人が見やすいように本を持ち上げた。






兄様の弱点


今日気づいたのだけど、兄様って実は甘いものが苦手みたいだわ。

ディアナとムウロと一緒に、お菓子を作ってみたから食べてもらったのだけど、見せた時に一瞬だけど嫌そうな顔をしたのを私は見逃さなかった。

でも、今までもお菓子差し上げてたのに…。疲れた時は甘いものって、ガルスト叔父様に言われたんだけどなぁ?

そうだ、甘くないお菓子を作ればいいのかな?


甘いものを、兄様と喧嘩しちゃった時に使おうっと。





「くだらない…」

「ムウさん、お菓子作ってたの?」

あまりにもくだらない内容に、アリアの書いたものだからとそれ程期待してもいなかったムウロも、体から力が抜けていく感じに襲われた。

そんなムウロに、シエルはキラキラと輝く目を向けていた。

「まぁ…姉さん達の手伝い程度のことはしていたよ?」

ムウロは濁すが、キラキラと見上げてくるシエルの視線に、つい目を逸らしていた。

だが、何時までも見上げてきているシエルの視線に耐えられなくなったムウロ。

「…その内ね。」

「うん。」

「…にしても、まさか僕の事まで書いてないよね。」

見覚えのある字で、自分の名前が書かれていることで、ムウロは不安を覚えた。

「アルス叔父さんの名前はあったよ?」

ムウロの不安の声のせいで、むしろシエルにはムウロの事が書かれているか興味を覚えた。

パラ、パラとページを捲る。


ガルシア

メルヒィ

クルーグ

・・・・・・

・・・

・・・・


「あれ?」

何枚かページを捲った時、気をつけていた筈なのにシエルの手は二枚の紙と一緒に捲ってしまった。

慌てて戻そうとしても、どうしても二枚一緒に動いてしまう。

差し出されたムウロの手に、開いて状態の本を置いて、シエルは両手で重なり合っている二枚のページを離そうとしたが、ページの端はピラピラと動くものの、二枚の紙が離れることは無かった。

「…本を読みながらご飯でも食べたのかな?」

その状態の本を、シエルは一度見たことがある。

それは、村の子供達に勉強を教えてくれているハグロが持っていた本だった。ハグロが食堂に忘れて行った本は、シエルが興味を持って開いてみるとページが開かない。顔を出した父ジークが言うには、米などを使った食事を知らずに零して本を閉じるとこうなるのだそうだ。

「姫様なら、やりかねないね。」

どうしようか。

シエルとムウロの間に、そんな空気が流れた。

他にも、興味を引かれるページはあった。でも、見えない状態にあるページこそ気になってくるというのが人の心というものだった。


「それならば、ドワーフの所を訪ねてみたらどうです?」


「ドワーフ?」


それは、シエルでも知っている魔族の一種族の一つだった。背が低く、鍛冶が得意とする酒好きの種族。何度か、迷宮に取り込まれる前の村にも来たことがあった。ジークが取り寄せて置いておいた酒類全てを綺麗さっぱりと飲み干していった小さな小父さん達の事を、シエルはよく覚えていた。


そういえば…迷宮の中に魔道具を作るのが得意なのが居るから行ってみればって、アルス叔父さんが言ってたな、とシエルは魔女になった後のアルスとの会話を思い出していた。それはドワーフの事だったのか、シエルは今更ながらに頭を捻るが、それは分からなかった。


「今は何処の階層になっているかは分かりませんが、ドワーフの村に一人変わり者が居ましてね。書物の製作や修復を生業にしているドワーフが居て、私も色々と懇意にしているのです。その者に言えば、綺麗に直してくれるかも知れませんね。」


「ドワーフが、書物?」

一般に知られているドワーフの生業は、剣などの武器を作ったり、金属を使って細工物を作ったりすること。シエルが見たドワーフも、鉄を扱うのが得意そうだなと思える太い腕をしている者ばかりだった。そんな彼らの姿が頭の中にある状態で、今目の前に広がっているような書物に囲まれて、それを手にとっている姿は想像し辛かった。

それでも、手の中にある本の、見えないページが気になることは変わりなく…。

「うん。行ってみるね。」

シエルの向かう先が決まっていた。


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