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彼女が残した物

《分かったわ。気をつけるように伝えておくわね。》

早く教えた方がいい。そう思ったシエルは、ムウロ、アイオロス、そしてディアナを《遠話》で繋いで話をした。

話を聞いたディアナは少しの間考え込んでしまった。

そして、しばらくの間の後に小さく呟いた言葉は、しっかりとシエル達にも届いていた。

 

似たような話を聞いた気がするような…しないような?


その後にもまた、黙り込んでしまったディアナをシエル達は根気良く待ってみたが、結論は出なかったようで、最終的にディアナは息子達に伝えておくと言って、考えることを止めていた。


《でも、シエルちゃんも気をつけてね?危ないと思ったら、アルス叔父様や、何だったらレイの名前でも出して、逃げてね?》


《ありがとう、ディアナちゃん。》





「本当に、突拍子も無い事を起こす所などはアリア様にそっくりですね。」

ディアナと別れの挨拶を交わして『遠話』を切った。

アイオロスは感慨深げな言葉を吐き出していた。

「そうだ。今から村を出ても第五階層は真夜中になっているでしょう。どうぞ泊っていって下さい。」

このとおり、家も綺麗になりましたから。

まだ、家の外は夕焼けの色にはなってきているが明るい。

けれど、そう言葉にして言われてみればと眠気に襲われ始めるシエルは、迷宮の階層はそれぞれ時間などが違うという事を思い出した。

「まぁ、帰ろうと思えば、僕が居るから別に問題無く帰れるんだけど。どうする?アイオロスの言う通りにする?」

「夜中に帰っても、家に入れないと思うし…」


お願いします。


シエルはアイオロスに頭を下げて、家に泊らせてもらうことにした。

別に、帰ったら帰ったで父か母のどちらかが気づいて家に入れてくれるだろうが、すでに冒険者達が第五階層に到達して、宿に泊まっている者もいるかもしれない。そんな彼らを起こすかも知れないことはしてはいけないと分かっているし、朝食の用意の為に朝の早い両親に迷惑をかけるわけもいけない。

それなら、とシエルはアイオロスの提案に乗った。

それに、以前に見たアイオロスの所有する本にもシエルは興味があった。第五階層が朝となる時間まで、眠気を我慢して見た事も無いような本を読むのも楽しそうだな、と考えたのだった。


そんな考えを伝えると、アイオロスは前足を折り、腰を曲げて床に手を伸ばした。

アイオロスの手が床に着いて軽く叩くと、床の一部が長方形に沈んでいった。その中に指を入れると、ガコンッをいう音と共に、床板の一部が消え、その中に地下へと伸びていく階段が現れた。


「地下の書庫に全ての本を片付けてあります。どうぞ、好きなものを試してみて下さい。」


「何時も片付けるようにしたらいいのに。」

あれだけ、床を本が覆い尽くしていては、地下にあるという書庫に行く入り口を開く事も出来ない。そうなる前に、書庫に本をしまえば本が溢れることも無い。

そんなもっともな事を言っているムウロの言葉を、ニコニコと笑って階段の前に立っているアイオロスは完全に受け流していた。


階段を使って地下へと降りると、そこには本棚が幾つも列を成して並べてあった。

本棚の中には、大小様々、新古様々な書物が横入れ、縦入れと収められていた。


数人の村の老人達を連れてきたら、しばらくは出てこないだろうな。そんな映像がしっかりと思い浮かんでくる書庫の光景に、シエルは「わぁ」と感嘆の声を上げた。

「此処に収めてある物には、状態を保つ為の幾つかの術が施してありますから、好きに手にとって読んで貰って構いませんよ。」

「そういえば、昔はよく本を破損させたよね。」

「えぇ、そんな事があったので、色々と策を施すことにしたんですよ。」


「ムウさん。何やったの?」


ムウロとアイオロスの話に、シエルは呆れた顔をしてムウロを一瞥した。今でも、買おうと思えば、それなりの値がつく書物。一応、帝国では街の住人などが頻繁とは言えずとも手に出来るようにはなってきている。だが、小さな町や村に住む者には、ちょっとした贅沢になる。

今でもそうなのだから、ムウロとアイオロスがしているような昔なら、どれ程だったのか。シエルは、多分と予想するくらいでしか出来ない。だが、高価なものだったのだということは分かる。

そんな書物を、笑いながら壊したといえるムウロ達にシエルは眉を顰めた。

「僕じゃないよ?父上が、ね。」

力加減を誤って読んでいる最中に破壊していたのだと、ムウロは言った。

アイオロスを見ても、ウンウンと苦笑を浮かべながら頷いているので、ムウロの話は本当のことのようだと分かった。

「ですので、アルス様には決して本を触れさせないようにお願いしますね。」

「分かった。」

アイオロスの頼みに、シエルは当たり前のように即答していた。

「では、これをどうぞ。」

読んでみて下さい。そう言ってシエルに差し出したのは、群青色の、何も書いていない表紙の一冊の本だった。受け取ったシエルが、表、裏、背、と本を回してみていくが、何処にも文字は一つも書かれてはいない本だった。

「実は、久しぶりに書庫に入って整理していたら、出て来たのですよ。アリア様から預かったものです。」


「…アイオロス…」


シエルは口を大きく開けて呆気に取られた顔となって本を見つめ、ムウロはアイオロスを睨みつけていた。

「申し訳ない。すっかりと忘れていました。私も、年ですね。」

本当に落ち込んでいる様子を見せ、溜息を吐き出しているアイオロス。

「ちょっとした事を書きとめてあるものです。此処にあるよりは、神聖皇国にあった方が安全でしょう。読み終わったら、そちらに届けて貰えませんか?」


「あっ、うん。分かりました。」

それは簡単な依頼だった。

ディアナの箱庭に行き、渡せばいいだけのもの。シエルは、アイオロスの依頼を承諾していた。

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