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鳥の巣

足を踏み出し、暗闇から抜け出る。

僅かな光源だけだったトンネルの中から、一気に明るい場所へ出たことで、シエルは眩しさに目を瞑ることになった。


ピル


早く明るさに慣れるように、そう思い顔を伏せて瞼を開いたり閉じたり繰り返す。

そんな時、シエルは自分の前方、しかもとても近い場所から、何だか可愛らしい音が聞こえてきたような気がした。


「ピル?」


ピルピル


聞こえた音を口にしてみる。

すると、その音がまた聞こえてきた。

ピルピル、ピルルピル

それは勘違いとかではないと確信出来るほど、聞こえてきた音。

瞬きを続け、大分見えるようになってきたシエルは、顔を上げて音の正体を知ろうとした。


「ふぇ!?」

ぴる!


勢い良く顔を上げた上に、大きな声を出して驚いたシエル。

そんなシエルの動きと声に、音の発信源も驚いていた。


シエルよりも大きな、灰色のもこもこと丸い、くりくりとした目にシエルの姿を映している、鳥の雛が目の前にいた。

「ひよこ?」

首を傾げるシエルの真似をしているのか、目の前の雛も同じように首を傾げる。

周囲がどうなっているのか確認しようとすると、ガサッという音が足下から聞こえた。

見れば、シエルの足下には木の枝や動物の骨のようなもの、布が幾つも重なり合っている状態。キョロキョロと、真似をしてくる雛と一緒になって周囲を見回したシエル。

「鳥の巣?」

背後には切り立った崖で、周囲に見える景色は地面が遠い高所であると分かるものだった。それでシエルが思い立ったものは、村の近くでよく見た木の枝の上に作られている鳥の巣だった。

ガサガサと歩きづらさに気をつけながら巣の淵に寄り、巣の外を覗く。

飛び降りようなんて絶対に思えない、そんな高さにある岩肌の窪みに引っかかるよう巣は作られていた。

「ムウさんは動くなって言ったけど、これじゃあ動けないよ。」

ピル

早くムウさん来ないかな。

シエルが何かをしゃべれば、雛も同じように鳴き声を出す。


「あっ、ミミズ。」


鳥の巣から見下ろしていると、何処までも続いているように見える砂漠の砂の中から突然、巨大なミミズが飛び出した。

どうやら、その場には何人か冒険者も居たらしく、ミミズが飛び出ることで巻き起こした砂埃の中に、人らしき幾つかの影が見える。

あぁぁ!!!

そんな悲鳴が聞こえた気もしたが、それはすぐにミミズが砂の上に倒れ込む音で掻き消える。

砂埃の中に映る人影も、砂を払いのけるように起こった突風によって見えなくなった。

「鳥?」

突風を起こしたのは、巨大な青い鳥。空から舞い降り、地面を這うミミズに向かっていく。巨大な鳥よりも大きなミミズが体をしならせて鳥を追い払おうとするが、スルスルと素早く飛んで鳥はミミズの体を嘴や爪で引き裂いていっている。

「…もしかして、君のお母さん?」

ピルル

シエルよりも大きな雛の親があれならば納得もいく。

そう思ったシエルが聞いてみると、雛は頭を上下に動かして鳴き声を上げた。


「あっ、こっちに来るね。」


何度かミミズに向かって突撃を繰り返した鳥が、その爪に己の体の半分程の荷物を握り締め、シエルと雛のいる巣へと翼を羽ばたかせてやってくる。


ギャース

雛を基準にすれば、その四倍はある青い鳥の鳴き声は耳が痛む程の声量があった。

「ヒィッ」

人の声がした。

それも、シエルの背後から。

えっ?驚いて振り返ると、鳥の巣を作り上げている木の枝や布の下から上半身を出して顔を青褪めている3人の冒険者の姿があった。

背後にあるのは崖の岩肌だけだと、あまり注意して見てはいなかった。けれど、人が3人も隠れていた事に気づけなかったなんて、と何とも言えない気持ちに襲われた。


ギャース!

ピルルゥ

「ヒィィ!!!」

「あっ。」


冒険者達に気を取られている内に、親鳥が巣に到達していた。

突風に煽られながらも、親鳥を見上げる。

巣の淵に爪をかけて翼を畳んだ青い親鳥、親に甘えて体を擦り付けている灰色の雛鳥、親鳥の前には肉の塊が鎮座していた。

ギュルルルル

ピルルルル

親子の会話らしき鳴き声が交わされる。


「どうする。逃げなきゃ食われるぞ。」

「逃げるったって、どうやってだよ。くそ。誰か魔術師が来てくれさえすれば…」

「あの子、大丈夫か?」


背後から、三人の冒険者達の会話も聞こえる。


ギュル

青い親鳥が嘴で肉の塊を噛み千切り、シエルの両手にも収まる程の肉片を差し出してきた。

「くれるの?」

ギュル

親鳥からの返事があったことから、シエルは自分よりも大きな嘴の端に咥えられた肉片を受け取る。取り立てだということは見ていたから知っている。だというのに、温かさは感じられても、肉にはつきものの血などの液体は一切感じられなかった。それが不思議で仕方が無かったシエルは、手の上に乗せられた肉片をクルクルと上下左右に回して観察した。

「…美味しいのかな?」

ミミズって食べたことないしなぁ。流石に、そのまま食べようとは思わないが、お肉としてはどんな味なんだろう。

「えっ、何あの子。」

そんな事を考えていると、口に出ていたのだろうか。背後の冒険者達から驚愕の声がシエルの背中に飛んできた。

「うん。美味しいよ、それ。」

「あっ、ムウさん。」

ムウロがシエルの横に降り立った。

お待たせ、と言って手を振るムウロの体はほのかに黄色がかり、髪からは揺れる度に砂が落ちる状態だった。

「この出口から一番遠い出口だったよ。運が悪かったね。」

「出口って、一杯あるの?」

「上へは一つだけど、降りてくる時はこの階層のあちらこちらにある出口に落とされるんだ。冒険者達は、頑張って移動して仲間を探す事から始めなくちゃいけない。」

さぁ、移動しようか。

そう言って、手を差し出したムウロ。

「ムウさん、あの人達も連れていってあげる?」

ムウロを手を繋いだシエルは、岩肌にピタリと背中を貼り付けて顔を青褪めている冒険者3人を指差した。

「…でも、人には人の予定や計画があるんだし、その冒険に手を出したらいけないんじゃないかな?」

「そう、かな?」

ムウロの顔に一瞬浮かんだのは、面倒臭いという表情。

だが、シエルはそれを見てはいない。

だからこそ、ムウロの言葉に、そういうものなのかと納得しかけていた。


「いやいやいや。助けて下さい、お願いします!!」

シエルとムウロに向かって、よろめきながら駆け寄ってくる冒険者達。

その顔は必死そのものだった。

突然の動きに、青い鳥がギャッギャと鋭い鳴き声を上げ、少しだけ冒険者達の動きを鈍らせたが、それでも彼らはシエルとムウロに縋りついてきた。

「こんな所、どうやって脱出しろっていうんだよ。せめて、下まで連れていって下さい!!」

「ムウさん…」


「しょうがないね。」


涙を流しながら頼み込んでくる、そんな冒険者達が可哀想になったシエルがムウロに頼む。

ムウロは、青い鳥を見上げた。

「彼らを下に。」

そう指示を出すと、青い親鳥は翼を広げて羽ばたかせ、飛び立ったかと思えば3人の冒険者達をしっかりと爪で掴み、巣の下へと滑降していった。

「だ、大丈夫かな?」

「彼らも冒険者だよ?それなりに丈夫だって。」

巣の外を覗いても、もう青い鳥と冒険者の姿は見えない。


「このまま第四階層に向かおう。」

見ている人間もいなくなったし、とムウロが狼の姿になる。捕食者の出現に雛鳥が怯えた様子を見せた。

四足を折ってシエルを背中に乗せると、狼姿のムウロは巣の淵を越え飛び立つ。

風の魔術を纏うことで、落下の速度を抑えたり、シエルが落ちないようにして、地面に向かっていく。

アイオロスに会いに行ってみる?

空中をゆっくりと降りて行きながら、ムウロはシエルに声をかけた。

落ちていくという感覚を怖がってないかな、という確認も兼ねて話し掛けたのだが、心配されているシエルは楽しいね、と興奮し喜んでいる。それには、ムウロは苦笑を浮かべていた。

「いいの?あっ、そうだ。ねぇ、ムウさん。アイオロスさんにも、『魔女大公』の鍵の話を聞いてみたらどうかな?」

「あぁ、いいかもしれないね。」

こうして、第四階層での寄り道が決まった。




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