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恋する少年

「うわぁ!!」

感動があふれ出る声が上がり、シエルの手を握り締めて、キラキラと輝く目でシエルは見つめられていた。


シエルの目の前に立って感動に打ち震えているのは、シエルより少しだけ背の高い、モコモコとした薄茶色の髪の少年。

彼は、村の奥から村人達を押しのけて、砂煙を撒き散らしていることも気にする事なく、ただ真っ直ぐにシエルに向かって駆け寄ってきた。その勢いに圧倒されてシエルだったが、ムウロの背後へと逃げ込もうにも少年に手を強く握り締められている為に動くことも叶わなかった。


「本当に来てくださったんですね!感激です。それで、何処ですか?サイレンさんを連れて来て下さったんですよね!?」


キョロキョロと周囲を見回して、サイレンという人物を探している。

そんな彼に長老を初めとする村人達から嗜める声がかけられた。

「おい、フルル!魔女様が困ってらっしゃる!手を放して落ち着け!!」

その言葉でシエルは、目の前に現れた少年が依頼主のフルルであることを知った。


「サイレンが、花嫁さんの名前?」


村人達が数人掛りでフルルの体を掴み、シエルから引き離そうとしていたが、フルルは小柄で細い体には似合わない力でその場に留まっていた。

しかし、シエルが首を傾げて問い掛けてきた質問に、一瞬気を取られてしまい、力の抜けたフルルの体はシエルから引き離されていった。


「サイレンさんは…来ていらっしゃらないのですか?」


頭に生えている羊の耳が垂れ下がり、肩を落として背中を丸めるフルル。何処となく、小柄なことも相まって幼く見えるフルルの落ち込む姿は、まだまだ子供のシエルの胸を打って庇護欲を掻き立てようとした。


「来てないっていうか、"花嫁"としか書いて無かったから説明を聞きに来たんだよ?」


「えっ?」


今度はフルルが首を傾げた。

「…あれ?」

シエルの言葉の意味がまだ理解出来ていない様子のフルルに、シエルは説明を続けた。

「届けて欲しいものに"花嫁"ってだけ書かれても分かるわけ無いよ。だから、どんな人なのかとか、何処に居るのかとか、どういう意味なのか聞きに来たの。」

腰に手をあて、足を肩幅に広げて呆けるフルルの前に立ったシエル。

相手があまりにも間抜けて見えるせいか、シエルの方がしっかりして見える。

「だ、だって、大公様の魔女なんですよね。あの羊皮紙に書いたら、パパッと詳細が分かったりして届けてくれると思って…」

「そんなの出来ないもん。」

間髪入れないシエルからの答えに、フルルがガクリと肩を落とした。


頑張って書いたのに、と小さな呟きがシエルの耳に届いた。

「書くだけなのに、何を頑張ったの?」

「それはあれだよ。恋をしてると色々と行動を起こすのに勇気が必要っていうか、恋する相手に関わる何をするにも悶々としちゃうっていうか…イテッ」

「シエルに向かって、変なことを言うんじゃない。」

集会場に置いてあるという依頼を書き込む羊皮紙に、自分の名前と村の場所、そして"花嫁"と書くだけの事の何処に、頑張らなければならないのか。まだ、恋をした経験の無いシエルには全く意味が分からないことだった。

シュラーがその答えをシエルに授けようとしたが、どうも不適切な事を言おうとしていると判断したムウロが、シュラーの頭に拳を一発落とし、口を閉ざさせた。

「いえ、シュラー様には申し訳無いのですが、文字通り頑張ったんです。」

一人の村人が三人へと、オズオズとした態度で口を挟んだ。

シエル達が声のした方向に目を向けると、フルルよりも背が高い少年がいた。

少年は、フルルとルシアの幼馴染のリグ、と名乗った。

「文字通り?」

「…フルルの行動に勘付いたルシアに追い回されて、必死な思いであの手この手と考え、ルシアの目を掻い潜って依頼を書いたのです。」

深い溜息がリグの口から吐き出された。

「だってぇのに、"花嫁"だけしか書かないって、馬鹿だ馬鹿とは思ってましたが此処までとは。」

リグに睨まれて、大人しくなったと判断されて村人達の手から自由になったフルルがビクリッと震えた。リグからゆっくりと逸らした目には涙が溢れている。

「だって、だってさぁ…


「サイレンさんって、どんな人なの?」


時間が無かっただの、あの人の事を考えると恥ずかしくて、などと頬を赤らめているフルルにシエルは聞いた。フルルの言い訳に付き合っていると長くなると感じ取ったからだった。此処は早く"花嫁"のことを聞いて連れに行った方がいいと考えた。


「どんな…。僕の初恋の人なんです。」


両手を赤く染まった頬に当てて、目を瞑って記憶に残るその人を思い浮かべるフルル。

その姿に、青筋を立てて目を細めて自分を見るルシアの姿をフルルが見ることは無かった。


「恰幅が良いっていうのかな、大きくて、でもとてもしなやかな体付きで、金色に光ってる目が鋭くて、目を逸らすことが出来ない雰囲気が溢れ出ている人なんです。」


なんだか引っかかるところがあったような気がしたが、シエルにはそれが何かはっきりと分からなかった。


「何処に居るの?」

それが分からなければ、迎えに行けない。

だが、シエルがそれを聞いた途端、頬を染めて恍惚な表情をしていたフルルが肩を落として哀しげな表情になった。

「それが、僕が彼女と出会ったのは10年前の、村の外の森の中なので…何処に住んでいらっしゃるのか分からないんです。」

「分からないの?」

「すみません。…分からないから…大公様の魔女様がやっている届け物係なら、ちょちょいのちょいで見つけて連れてきてくれると思って依頼したんです。」

フルルが潤んだ目でシエルをチラリと見て来るが、そんな事言われても困るとシエルは首を横に向けてフルルの視線を拒否した。


「というより、それだけの相手を"花嫁"って言うのはどうなのかな?」


フルルの言葉を聞いて誰もが思っていたことをムウロが指摘した。

一度会っただけで住んでいる場所も知らない女性を"花嫁"として依頼を出すのはいかがなものなのか。


「それは…大公様の魔女様に言われたら、サイレンさんも従って此処まで来るしか無いと思って。」


再びポッと頬を染めて照れてみせるが、シエルもムウロも、あまり深く考えない性質のシュラー、そして村人達全員も、うわぁという顔になって一歩後ろへ、フルルから離れるように下がっていた。

確かに、その言葉は正しい。

『銀砕大公』とは違う大公の支配地域に生きていたとしても、大公位を持っている者に逆らうことが出来るわけがない。後に、大公同士の小競り合いになったとしても、その場では従うより他は無いのだ。大公本人ではないとしても、その寵愛深いと噂されている魔女の言葉は絶対、魔女本人がそう思っていなくとも、言われた方はそう捉えるだろう。

それを利用して、サイレンという女性を花嫁にしてしまおうと企んでいたと告白したも同然のフルルに、ドン引きしたのも仕方無いことだ。


「腹黒、っていうのかな?」

シエルは自分が知っている言葉の中から当てはまりそうなものを掘り出していた。

当っている?とムウロに聞くと、首を捻ったムウロが口を開いた。

「性悪?いや、でも天然っていう可能性もあるかな?」


「あっ。」


全員がドン引きしてフルルから距離を置いている中、シエルの目にはフルルの背後でルシアが大きく手を振り上げる姿を見た。


バッチィン!!!

大きく響く音が生まれた。

前のめりに倒れていくフルル。

「この馬鹿フルル!!」

勢いよく地面に叩きつけられたフルルの背中に投げつけられるルシアの声。

誰一人、フルルを助けようとするものは居なかった。


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