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魔法世界の超能力者  作者: 壱弐参


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第二部 その四

「ムサシ」

 貿易国家トレーディアの軍統括将軍。

 黒髪の大男(百九十五センチ程)。髪型はオールバックで纏めておらず、無造作に首筋まで伸びている。筋骨隆々で焦げ茶色と濃い灰色の混じった直垂(ひたたれ)を着用しており、足元もわらじ……の様な履物である。腰元には太刀の様な武器と、それより少し短い刀…脇差の様な武器が佩用(はいよう)されている。

 十数年前、人材が不足していたトレーディアにある日突然現れ、食客としてトレーディアに尽力し、様々な功績をあげた。その働きからトレーディア王アレクトの熱いアプローチを受け、現在の地位に至った。 果敢で勇猛。部下の指導にも熱心であり、城内での信頼も熱い。白兵戦では国内最強と称されており、他国からの引き抜き工作もしばしば起こるとの事。


「では、また後ほどな♪」


 やや日が傾き始めた頃、ミーナは兵隊と共に騎馬に乗り、一足早く城まで駆けて行った。

 ミーナが見えなくなるまで深く頭を下げていたムサシがゆっくり頭を上げ一念の方へ振り返った。

 大きい身体だけではなく、一念はそのオーラとも言える重圧で身じろぎ出来ずにいた。


(か、葛城さんより大きいや……)


「ミーナ殿下の件、心よりお礼申し上げる。して……そなたの名を聞かせて頂きたい」

「あぁ……こ、これはご丁寧に」


 思いがけないムサシの謙遜な態度に不意を突かれ、声が裏返りそうになった一念は姿勢を正し自己紹介を始めた。


「初めまして。吉田一念と言います! その、イリーナ……さん達とは偶然会っただけなので、あまり気にしないで下さい」


 緊張しているのかムサシの重圧によるものなのかは不明だが、一念にもムサシの強さが解ったのかもしれない。


「吉田……」


 名前ではなく「姓」にピクリと反応したムサシだったが、すぐに表情を改めた。


「いや失礼した、一念殿。偶然とは言え、ミーナ殿下の命を救ってくれた事は、礼を言っても言いきれない。しかし一体……イリーナ、説明しなさい」

「あ、そのぅ……取引の相手があの人達で……」


 イリーナが俯き表情が暗くなっていく。先程までのテンションが嘘の様だ。

 言い訳は出来ない。多勢に無勢とは言えミーナを危険に晒したのだ。イリーナへの処罰は免れないだろう。


「お待ち下さい、ムサシ将軍っ!! イリーナ様は危険を顧みず、自ら囮となりミーナ様を逃がしてくれたのですっ!!」

「……ですっ」


 メルとフロルがムサシに何を訴えているのか、一念は未だに理解できずにいた。


「え……どういう事?」


 一念が不可解な顔をするとムサシが静かに語り始めた。


「アレクト陛下がイリーナ達をミーナ殿下の護衛に任命し、その職務を全うする事が出来なかった。後ほど陛下より指示を仰ぎ、処罰をしなければならない」

「……なっ!? イリーナ達は命を懸けてミーナ様を守ろうとしたんですよ!?」


 反射的にムサシに反論した一念だったが、ムサシの次のセリフがそれを許さなかった。


「納得いかないのはごもっともだが、結果が全てだ。それに……私に決定権はない」


 思いがけず、ムサシ自身も沈痛な面持ちであった。年端もいかぬ娘への重責はムサシも納得するところではなかった。

 一念はどうにもならない憤りを感じていたが、ムサシの言葉により、憤りの解放先を見出した。


「……わかりました! 国王様に直談判させてもらいます!!」

「っ!?」

「い、一念さん……」

「一念……お前……」


 一念は自分がどれだけの無茶を言っているか理解していた。しかし、命まで懸けたイリーナが罰せられると聞いて、黙っている事が出来なかった。

 ムサシは腕を組み、やや俯き少し考えている様だった。


「ふむ……相わかった! 元よりミーナ殿下より城へお連れする様言われている。そこで陛下に謁見する機会があるだろう!!」


 ムサシの返答に覚悟を決めた一念はムサシに連れられ、押し黙る三人と共に用意された馬車に乗り込んだ。











 ――城の中は煌びやか……という訳ではなく、薄暗ささえも目立っていた。それを不可解に感じた一念だったが、今はそれどころではなかった。

 謁見の間……中央奥にある玉座と思われる椅子は、外縁に金色の装飾がなされており、背中等に当たるクッションには美しい紅いカバーが被せられていた。玉座の左右には上に登る階段が伸びており、正面には一念達がいる場から少しの段差があり、入口から玉座までは幅約二メートル程の赤い絨毯が敷かれていた。入口の扉は木製で、中央に大樹の彫刻がされた大きいものであった。


(まるでRPGの世界だな…)


 ムサシは玉座正面の段差を下った右側に立ち、イリーナを中心とし、メルが右側、フロルが左側の位置で跪いていた。一念はイリーナより少し前で王の登場を待った。

 最初に音に気付いたのはムサシだった。左の階段上の奥の廊下から足音が聞こえた。一念もそれに気付き、左上を見た。

 堅いヒールの様な靴で歩く足音が近づき、姿を現したのはミーナだった。先程とは違い、黒いローブを脱ぎ、肩や太ももが露わにになっている。一念は目に毒……と思いながらも公の場、という事で表情を変えずにいたが、ミーナの衣装を視認した時、それは崩れ去った。


(あれは…チャイナドレス!?)


 一念が見た花吹雪が(ちりば)められた赤いドレスは、まさしくチャイナドレスであった。肌に密着したドレスによりミーナの身体のラインが浮き彫りになっている。胸元に開いている滴型の穴からは余りある谷間が見え、ドレスの丈が短い為、腿の露出は非常に大胆となっている。

 ミーナが玉座の左側に立ち、一念を見て右目を閉じてウインクする。突然のチャイナドレスとウインクに動揺する一念だったが、右側の廊下からする気配がそれを止めさせた。

 それは突然の出来事だった。右奥の廊下から現れたそれは、現れた瞬間に宙を舞った。

 一念が、それは人である…と認識した時、それは膝を抱え込んだ。男性である…と認識した時、彼は頭を小さくし前方に回り始めた。彼が王だ……と認識した時、王は玉座の中央に両手を挙げ着地した。


(裸足…だと!?)


「アレクト」

 貿易国家トレーディアの国王

 整った輪郭、薄い眉、しかし目が非常に細い。ミーナ同様に銀色に輝く髪を真っ直ぐそのままおろし、鎖骨辺りまでそれが届いている。

 様々な問題を抱えたトレーディアに真摯に向き合い、問題を解決し、更に改善し、利益に繋げる努力を怠らないその姿勢は民衆からも支持を受けている。性格は明るく活発。一人で街へ出かけ、城内を騒がせる事もよくあるという。民衆の間ではミーナの方が実は年上なのでは?という噂も出ている。


(しかもあれは…ス、スウェット!?)


 無地の白いスウェット姿の裸足の王は、自分で拍手を終えると玉座の上にあぐらをかいた。


(突っ込み所が多すぎる…)


 ニッと、笑みを浮かべたアレクトは一念をしばらく見つめた。


「君が一念君か。ようこそトレーディアへ。アレクトという。こんな格好だが……まぁ、この国の王をしている。よろしくな!

 で、話はミーナに聞いている。ミーナとイリーナ、メル、フロルが世話になったそうだね。感謝している」

「い、いえ、そんな滅相もないです……」


 一国の王に礼を述べられ、やや萎縮してしまった一念にアレクトは優しく声をかけた。


「謙遜をする事はない。あと、私が王だからとて遠慮する事もない」

「あ……はい」


 先程の子供の様な行動とは打って変わり「国王」になったアレクトを見て、一念は素直に感心していた。

 アレクトが顎に右手をもってゆき、少し考える仕草をする。


「ふむ。何か礼をとらせよう。何か欲しいものはあるか?」

「で、では、イリーナ達の処罰を無くしてください!」


 後ろにいる三人がピクリと反応する。


「ほう。確かにそれはミーナからも懇願されたが、私も王である身。イリーナ達のみ特別扱い……となると他の者に示しがつかないのだ。それとも、私の命令を全う出来なかった責任が他にあると言うのかね?叶えてあげたい願いだが、それを叶える事は非常に難しい」


 ミーナが申し訳なさそうに顔を鬱向ける。

 正論を言われ、言葉が出ない一念は、頭の中にある子供の様な反論を言わずにはいられなかった。


「責任は…ほ、他にもあるはずです!!」


 一念の大胆とも言える発言に対し、ムサシがピクリと眉を上げ、アレクトの口尻が上がった。


「面白い。聞こう!」

「まず、今回の護衛の任務。ミーナさんの……あ、

「構わん。ミーナがそれで良いならなんら問題はない」


「さん」付けで呼んだ事にブレーキを掛けた一念だが、すかさずアレクトがフォローを入れた。


「で、では……ミーナさんの今回の取引の件、どなたの判断で決めた事でしょうか?」

「ふむ。それは私とミーナで決めた事だ」


 一念の質問の意図が読めないアレクトは一念に話の続きを促した。


「そして、護衛にイリーナ、メル、フロルを任命した。そうですね?」

「その通りだ」

「取引の際に襲撃を受け、ミーナさんを守る事が出来なかった」


 一念の……まるで状況を整理するかの様な話を聞き、ミーナもアレクトも頭に「?」を浮かべていた。

 ゴクリと喉を鳴らし、一念は意を決し声を上げた。


「なら、この責任は王様を含む全員にあります!!!」

「なんとっ!?」


 アレクトは驚きつつも口尻の位置を動かさなかった。呆気にとられミーナとムサシは目を見開いていた。

 一念はまくしたてる様に説明を始めた。


「か、簡単な理屈です!

 王様とミーナさんが決めた取引が失敗した。ならその責任は王様とミーナさんにあります。

 王様がイリーナ達に任命した護衛、それが失敗した。ならその責任は王様とイリーナ達にあります。

 そして、一番の責任は今回の取引が罠だと見抜けず、最低限の護衛しかつけなかった……王様、あなたにあります! あなたの判断が甘かった!! ……それだけですっ!!!」


 説明を終えた時、一念の身体には暗い影が覆っていた。一念の身体に光を届かせなかったのは、この場にいる最も大きな存在。ムサシであった。


「お主!!! 陛下に対する無礼っ! 許さぬぞ!!!」


(あ〜ぁ、やっちゃった…)


 ムサシの強烈な怒気を目の前にし、一念は心の中で反省を繰り返していた。

 一念のとんでも発言に、ミーナも頭を下げるのを忘れたイリーナ達も、目を丸くして固まっていた。

 今にもムサシが一念を取り押さえようとしていたその時、アレクトがその緊張を破った。


「……フ……ッフ……クク、ク……ハッハッハッハハハ!! ハーッハッハッハハハハ!!」


 アレクトが大きな声で笑い出し、その場にいる全員がそれを見つめていた。そして、それが止むのを全員が待つしかなかった。アレクトの息が切れ始めた頃、その時はやってきた。


「ハ……ッハ……はぁ。あ~笑った。……うむ。一念君! キミは面白いな!!」

「は、はぁ……」


 アレクトは息を整え、「っよ!」と声を出し玉座の上に立ち上がった。


「うん! そうだな! 俺が一番悪いな!! 二番目はミーナだな!! そうだろ、一念君?」

「下の人の責任は上に立つ人がとる。答えとは少し違いますけど、俺は親にそう教わりました」

「ほぅ……良い親御さんだ」


 両手の甲をを腰の左右に置き、一念の教えに素直に感心するアレクトは少し考え、再び一念に語りかけた。


「一念君、君は異世界からアンアースに来てしまったと聞いたが?」

「あ、はい。そうです」


 ムサシの眉がまたもやピクリと動いたが、気づいた者はいなかった。


「では、しばらくはここ、トレーディアを拠点として元の世界へ戻る方法を探すといい。貿易国家というだけに情報は集まるだろうしな」


 アレクトの、一念にとって好都合な待遇の説明を受けたが、イリーナ達の処遇が気になる一念は腑に落ちない面持ちだった。


「は、はぁ……ありがとうございます」

「相わかった!!!

 イリーナ! ミーナの為に命を懸け、囮となったのは素晴らしい事だが、その作戦の失敗の責はお主にある! メル、フロルはそれに従っただけなので不問とする!!

 イリーナは一階級降格処分とする。以降は護衛「副」隊長としてミーナを事を守ってくれ!!」

「「「っは!!!」」」


 沙汰を受けた三人。アレクトが先を続ける。


「ミーナ! お前には後で山ほど仕事を用意しておく!」

「えぇええええ!? そんな! アレクトお兄様ぁ~…」


 アレクトは一念を見つめる。そして登場時と同じ様に、ニッと笑い一念に提案を出した。


「一念君。今しがたミーナの護衛隊長の職が空席となったのだが……やってみる気はないかな?」

「……へ?」

「すぐに元の世界に見つかるとは限らない。少なからず時間がかかるだろう。それまでで構わないのだが、どうかな?」


 沙汰のとばっちりを受けた様に感じた一念だったが、それは紛れもない一念のスカウトだった。そして、その話を瞬時に理解したミーナとイリーナの表情が明るくなっていた。

 困惑する一念に、アレクトが事細かに説明を続ける。


「長期間この世界にいる事も、可能性として視野に入れなくてはならないという事だ。そうなるとこの世界で生活する為に、少なからず金銭が必要になるだろう? 金銭を堅実に稼ぐなら仕事をしなければならない。至極当然であろう?」

「あ~……そっか」


 得心がいった様に一念は相槌をうち、腕を組み考え始めた。


(なんだか丸めこまれたような感じだけど、確かに言う通りだし好条件だな…。他に当てもないし……)


「イリーナはどうなります?」

「基本的に職務内容は変わらない。給金もそのままだ。主に君の身の回りの世話、仕事のフォローをしてもらう。階級を落としたのは周りの目を気にしての事だ。イリーナに何らかの処罰がないと、私が糾弾されるだけならまだ良いが、イリーナが周りから非難されてしまう。それを考慮した上での判断だ」

「お心遣い、感謝しますっ」


 イリーナの声が震えていた。跪き俯きながら涙しているのを一念は背中で感じ取っていた。一念は少し口尻を上げ、静かに深呼吸をした。


「さっきみたいに生意気言ってしまうかもしれませんが、構いませんか?」

「構わぬ! 私は君が気に入った! ムサシ、構わぬな?」

「陛下が決めた事ならば私は構いませぬ」


 跪いたムサシの顔に少し笑みが含んでいた事を、ムサシ本人と王だけが気付いていた。

 一念は胸を張り、足を揃えアレクトを見据えた。


「では、お世話になりますっ!!」


 アレクトがニヤッと笑い、ミーナ、イリーナ、メル、フロルにも明るい表情が宿っていた。


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