第二部 その三
「ミーナ」
貿易国家トレーディアの王アレクトの妹。
眩い銀色の髪の毛を頭上で纏め、やや高い位置でのポニーテールを形成している。眼は金色に近い黄土色で、睫毛が長く、左側の目尻に小さな黒子がある。無地の黒いローブを着ているが胸元ははだけ、豊満な谷間が露出している。艶っぽい肌に潤った紅い唇。イリーナと同じ位の年齢だが、妖艶な外見からか大人の魅力を醸し出している。
豪気な性格だが、戦いになると状況解析は冷静で、無駄な犠牲を出さない様に尽力する。この事から部下や民衆からの指示は非常に高い。
「メル」
ミーナ直属の部下であるイリーナの部下。
炎の様な赤髪を襟足部分で縛っている。瞳も同様に赤いが、左眼には眼帯を装着している。密着タイプの銀色の甲冑を着ている為、外観からは詳しい体形はわからないが、同期の同僚であり、友人のフロル曰く「一般的」だそうだ。露出している褐色の両腕や太ももには、所々に傷が有り、彼女の勇ましい様を物語っていた。猪突猛進が玉に瑕。
イリーナの性格上、ミーナ直属の部下と間違われる事が多い。イリーナの方が部下ではないのか?と問われる事が珍しくない程だ。
「フロル」
メル同様イリーナの部下。
海の様な青いショートカットの髪の毛に透ける様な白い肌。瞳は青く、少女の様に小顔で、ノーフレームタイプの四角いレンズの眼鏡をかけている。華奢な体つきでメル同様、密着タイプの銀色の甲冑を装着しているが、子供体型であり、身体に凹凸を見つけるのが困難である。その身体的特徴からメルによく茶化されるが、当人曰く「需要はある。供給が少ないから認知度が低いだけ」との事だ。
非常に口数が少ないが、恥ずかしがり屋というわけではなく、エネルギー消費を抑える為らしい。冷静で沈着。メルの暴走のブレーキ役になる事もしばしば。
「え~っと、まずはあの洞窟に残存する敵がいないか視てきます」
「頼む」
「お願いします」
「私達はアイツ等を見張っていよう」
メルの、護衛兼見張り役の申し出に無言で頷き、一念は走り始めた。
一念は「見て」ではなく「視て」と言ったが、四人は当然その事には気づいていない。
透視が出来る事を女性に余り言いたくない本音が見える発言だった。
もちろん男性にも……透視能力の存在を知った「国営超常現象研究所」の男性所員から鋭い目つきで睨まれ、大いに妬まれたのだ。少ないながらも存在する女性所員からも、やや距離を置かれ(サユリ以外)、葛城に懇願して現在の眼鏡……の旧タイプを木下に開発してもらったのだった。
洞窟まで走って行く一念を見送る四人。
「イリーナ、彼は何者だ?」
当然とも言えるミーナの質問に、イリーナは少し困った表情をした後、三人に説明を始めた。
「実は――」
洞窟前の岩場まで着いた一念は、洞窟内の様子を確認する。透視を発動し、一念の視界にある洞窟が徐々に透けていく。
(人はいない……な。洞窟っていうよりちょっと深いだけの横穴だな……)
椅子やテーブルが置かれ、人が生活していた事が確認出来る。しかし、寝床の様な場所はなく、簡易的に造られたという場所だった。
(ん? あれは……)
「私が一念さんから聞いたのは以上です」
「異世界から……むぅ、にわかに信じがたいものだが……」
イリーナは事の顛末をミーナ、メル、フロルに説明した。話を聞いたミーナは驚きと困惑の面持ちを見せたが、次第に得心した様子で表情が晴れていった。
「うむっ、我ら四人の命を救ってくれた事に変わりはない。これ以上の素性の詮索は無粋というものだ。メル、フロルわかったな?」
「「はっ!」」
「ありがとうございます」
一念の代わりに礼を述べたイリーナの顔がほころぶ。
「ふふ、それに中々イイ男だしな♪」
「確かに……」
「ミ、ミーナ様っ!? フロルまで!」
ミーナの爆弾発言にフロルが同意し、イリーナの顔がほんのり紅くなる。
「イリーナもそう思わんのか?」
ニヤリと笑うミーナがイリーナをからかった時、イリーナの顔は既に真っ赤になっていた。
ようやく戦いの緊張感から離れた四人は、「これがいつも通り」という様な雰囲気に包まれていた。
そんな中、一念の帰還に気付いたのは敵の見張りをしていたメルだった。
「ミーナ様、イリーナ様。一念が戻って参りました!」
「は、はぃいいいいいいいっ!!」
不意を突かれたイリーナが奇妙な声を出し、一念とは逆の方向に顔を向けた。
「はぁはぁ……た、ただいま戻りました。どうやらこれで全員の様です」
息を切らせながらそう言うと、一念は肩に掛かっている荷物をメルの近くに下ろした。
「これは……縄か」
「ふぅ……そうです。奴らを縛っておかないと安心出来ないでしょ?」
一念はニコリと笑いながら、纏まっている縄を解き始めた。
「なるほど……しかし、この様に重い荷物だったら、先程の魔法を使えば楽に運べるんじゃないか?」
「ですね。でも、身体を動かせる時は動かさないと鈍っちゃいますから」
「ほぅ……」
一念の考えに感心し、共感を覚えたメルは腰を下ろし一念を手伝い始めた。
「あ、ありがとうございます」
「ふん、ミーナ様とイリーナ様の安全の為だ」
やや遠目で見ていたミーナがクスッと笑い、同じく笑みを浮かべていたフロルと顔を見合わせた。イリーナは未だに顔が真っ赤で、俯きながら何やらブツブツ言っていた。
「イリーナ、フロル手伝ってやれ」
「はいですっ」
「あ、はいっ!」
フロルが右手で敬礼し、我に返ったイリーナが遅れて返事をする。
倒れている敵、合計十四人の手足を縛り終えた四人は「ふぅ」と息つくと、その様子を見たミーナが「待ってました」という表情になった。
「御苦労だった。さ、一念殿!私はいつでも大丈夫だぞっ!!」
「ハハ、安全運転を心がけます」
「空を飛ぶ」という行為に夢を抱かない人はごく少数である。勿論「自由に」となると今回の場合は例外になってしまうが、ミーナはそんな事を気にしなかった。
「一念、ミーナ様の身に何かあれば、その身体無事では済まないと思えよっ!」
「ぜ、善処します」
メルの「脅し」に背筋を凍らせた一念は、少し深呼吸をし、気を取り直して敵の方を見つめる。
「まずはあいつらを……」
右手をクイッと手を上げ、十四人の体がフワリと浮かび上がる。徐々に浮かんで行く敵を見るそミーナの眼は子供の様に輝き、未だに残る驚きを隠せずにいた。
「本当に凄い……魔法式や詠唱をせずにこれほどの魔法を……」
(ハハ……魔法式ってなに!?)
「それじゃ、いきますよ!」
上空に浮かぶ敵が見えなくなる程小さくなった時、一念は振り返り四人に呼び掛けた。
「宜しく頼む!」
「お願いします!」
「…楽しみ」
「安全にな…」
四人の返事を受け取ると、一念は左手を自身の前に出し、ゆっくり頭上へ上げていった。踏みしめていたはずの大地が、徐々に離れていく。先程イリーナ達が身を隠していた大木の頂上を通り越し、頂上の緑色の葉が小さくなっていく。
「おぉっ!!」
「わぁ……わぁっ」
「ハハ、これは凄い……」
「……私……飛んでる」
上空百メートル程まで達した時、一念が空を飛び、数秒程でイリーナ達に追いつく。
「どうですか、ご感想は?」
「うむ。素晴らしい。この様な世界があったとは……感動だ」
「風……気持ちいい」
「あぁ、最高だ……」
フロルが呟き、メルが同意した。
イリーナが靡く髪を右手中指で掻きあげ、左手で近くの山を指した。
「一念さん! あの山の麓が城下です!」
一念はその指に倣って、山へ身体を向け眼を細めてみた。確かに山の麓あたりには「町はずれ」という感じの軒並みが見える。
「なるほど、あそこか。結構近いな」
そう呟くと同時に、五人の針路が山の麓へ向かい始めた。最初は歩く程のスピードで……。徐々に早歩き、小走りのスピードと加速していった。申告通りの安全運転だ。しかし、それが不満かの様なクレームが一念の耳に届いた。
「一念殿! もっと! もっと速くていいぞっ!!」
自分より歳が上と思われる女性から発した言葉とは思えない程、ミーナの声は「キラキラ」と輝いていた。
一念は困った顔になりながらメルの顔を見て「お伺い」を立てた。
「フ……安全になっ!!」
許可とも却下ともとれるそのセリフを一念は「許可」と認識した。メルの顔に笑顔がこぼれていたからである。メル自身もこの状況を楽しんでいた。生涯初めてと言えるこの状況を。
一念は感覚を昇華させ、更に強力な念動力を発動させた。高速で飛行する際に注意しなければならない事は多々ある。空中に舞っている砂埃一つで怪我や失明に繋がる。切り傷一つ負わせず飛行可能とする為に、一念は自分を含めた五人と敵達の正面に、念動力の障壁を発生させた。もちろん「アトラクション」を楽しみにしている四人にはその苦労や障壁は見えない。
(自由に能力使うってのも難しいな……)
「さて、いきますよ!」
唸る風切り音を、誰も聞く事なく加速し全員の身体にGという負荷がかかる。時速にしておよそ百キロという速度だ。
「ッ……ハッ……ハハ……ハハハハハ!!!」
「……わぁ!わぁわぁわぁっ!!! 凄いですっ!!!」
「ハッハッハッハッハ……!! アハハッ!」
「……髪の毛すぐ乾きそうだけど……すぐ乱れそう……」
全員が未知の体験に困惑し、驚き、笑っていた。
それを見た一念は、他の者とは違った感動を得ていた。これ程までに自由に超能力を使える事に。自分の能力で人を感動させた事に。認識の違いはあるが超能力を認めてくれる人間達に。
「ハハッ」
一念もまた……喜んでいた。
徐々に町はずれが近いていく。その間にミーナから求められる「もっと」というリクエストに一念は応え続けていた。
急降下、急上昇、ロール、サークル、バレルロール等様々なアクロバティック飛行をプレゼントした。
町はずれを越え、城下町手前にある石造りの大きな城門前百メートル程で、少しずつ減速していった。
一方城側は、上空から近づく黒い影に兵隊が騒ぎ出し、十名二列の編隊で城門前に現れた。その後ろには頭二つ抜けてる大男が、刀の様な武器を構え軽装で立っていた。
大男は近づいてくる影に物怖じせず、大きく声を上げた。
「何者だ!!!! 速やかに返答せよ!!!!」
地上からの大声にミーナとメルが反応した。
「あれは……」
「あれ、ムサシ将軍ではありませんか?」
メルの発した名前にイリーナが反応する。
「あ~! 本当だっ! おぉーい!! ムサシしょうぐ~ん!! イリーナだよぉ~!」
すっかりテンションの上がったイリーナを見た一念は、多分「最初と印象が少し違う」とでも思っているのだろう。
(フフ、これが本来のイリーナなのかな?)
上空から聞こえる聞き覚えのある黄色い声に、大男含む二十人の兵隊がざわつき始めた。
「あの娘……。っ!! イリーナ!? それではあの隣にいるのは……ミーナ殿下っ!!!」
「おーい! ……あ、気付いたみたい!」
少女の様な微笑みを見せるイリーナを見て、少し呆れた様子のミーナが肩をすくめる。
「ミーナ様のお帰りだっ!! 武器をしまえぃっ!!!」
(しかし、何故……いや、どうやって空を……)
一念は五人と降下を始めると同時に、空高くにいる敵も降ろし始めた。
次第に茶色い砂利が敷かれる地面が近づいてゆき、四人の爪先が地面についた時、一念は自分を含めた五人へ念動力を解除した。
「っと……凄いな、まだフワフワしてる感覚だ……」
「楽しかったぁ~♪」
「癖になりそうですね」
「髪……キシキシ……」
誰もが初めて見る光景に、驚き、そして困惑していた。見た事のない飛行魔法。しかし、飛んできたのは自分達がよく知るミーナ殿下。混乱という言葉が至極適当だろうが、その状況を打破できたのはやはりこのムサシと呼ばれる大男だった。
「ミーナ殿下……これは一体……? 取引はどうなされたのです?」
兵の全員が質問の答えに集中した。しかし、ミーナの返答はあっけないものであった。
「中止になった。……ムサシ将軍には後ほど説明する。お前達はあの者を頼む」
上空を指差すミーナの指先には、人の塊の様なモノが徐々に降下してきていた。それが宙で整列しながら地面に到達した時、一念は念動力を解除した。
「っぷぅっ!」
「お疲れ様。
こ奴ら我等の命を狙おうとした不届き者達だ! 全員牢に入れておけ!」
「……な、なんと! かしこまりました!おい、引っ立ていっ!!」
「「「「はっ!!」」」」
兵隊達が気絶している敵を重そうに担ぎながら城門に向かって歩き始めた。
「私は事の顛末を国王に報告してくる。お主はイリーナ達と一緒にこの青年を城まで連れて来てくれ。我等四人の命を救ってくれた恩人だ。手厚くもてなせ」
再び驚愕したムサシの頭は状況の整理に追われていた。しかしムサシは歪んだ顔をすぐさま修正し、胸に手を置き一礼した。
「はっ!かしこまりました!」




