第二部 その一
「魔法」
科学では解明できない超能力と似て非なるモノ。
火を起こし、雷を呼び、人を癒す等、多種多様な魔法があるが、どの魔法も現代社会では確認されていない。常人には不可能とされる魔法を使う者を「魔法使い」、「魔術師」という。
魔法には諸説あり、体内エネルギーを魔法式により書き換え魔法と成すケース。大地や風の精霊に呼び掛け、集束したエネルギーを魔法式により書き換えるケース等、様々なモノが存在するとされている。
とある森。湖を中心とし、それを木々が囲み豊かな自然を築いている。
湖の傍らに広がる草のベッド。そこに腰掛ける二人の人物がいる。一人は男性。一人は女性である。
男性が女性に話し、女性がそれに相槌を打っている。
「というわけで、どうやら俺は違う世界に来てしまったみたいだ」
「そうなのですか……元の世界に戻る事が出来るといいのですけど……」
男性……吉田一念の経緯を説明し、謎の女性……イリーナもそれに理解を示した。
「で? 俺の話になっちゃいましたけど、イリーナさんは一体どうしてあいつらに命を……?」
謎の女性イリーナは、西洋風の銀色の甲冑を身に纏った兵士に命を狙われていた。
「イリーナ」
魔法世界アンアースで出会った謎の女性。
ブロンドの美しい髪を持ち、眼は大きく、瞳の色は海を思わせる様な青。
身長は百五十センチ程で、見るからに小柄だとわかるその体系。フード付きの白いローブを着ているが、ローブ越しからでもわかる、身体とは不釣り合いな膨よかな胸。ローブは胸元を縛って留めるだけのシンプルな造りとなっており、内側から茶色のショートパンツの様な衣服が見える。靴も同じく茶色の革製のブーツである。稀に見える太ももから脹脛にかけての薄く白い肌は、男性であれば理性を保つのに一苦労であろう。
イリーナは沈痛な面持ちで、俯きながら静かに語り始めた。
「……私は、貿易国家トレーディアの王の妹君「ミーナ」様の側近でございます。
国家で貿易を営んでいる我が国は、国内・国外でも貿易を行っております。
先日、国内で非常に珍しい鉱石「ミスリル鉱」が見つかったと連絡を受け、直ちに所有者に連絡をとり、交渉を行った結果、相場以下で譲って頂けるとの良い返事を聞く事が出来ました。
我が主、ミーナ様は「礼には礼を尽くせ」と仰い、ミーナ様自らが、取引の場まで向かう事になりました。
ミーナ様は私を含めた少数の部下と共に取引場に着き、所有者と相まみえた時、我々は罠にかかったと初めて気がついたのです……」
「……それが、あいつらかっ」
一念が怒りで表情を歪めていると、イリーナが優しく微笑む。
「お優しい方ですね……」
「えっ?」
一念はイリーナが言った「優しい」に対し、よくわからないという様子で応えた。
「先程の水の塊……火の魔法によって燃えた木々を、消火しに行ったのでしょう?
一念様の傷を癒した時、大地の精霊が感謝をしておりました。」
「精霊が? そんな事までわかるんですか?」
精霊との対話という不思議な現象…精霊に感謝されたと聞いて、一念は少し耳がくすぐったくなった。
「はい、簡単な事ならある程度はわかります。
……その一念様も普段お聞きになりませんか?」
唐突なキラーパスに一念は慌てふためく。
「あー、えーっとその……あ、その一念様ってのやめません? 「様」って柄じゃないし……」
「それでは私の事もイリーナと呼んで下さい♪ ね?」
「はい、わかりました。アハハ」
「ウフフ」
やや親密? になれた一念とイリーナだったが、一念がある事に気づき声を上げた。
「って事は、そのミーナさんが危ないんじゃっ!?」
「いえ、大丈夫なはずです。私が囮になり、敵を引きつけたので……」
一念は驚いた。自分と大して変わらない歳の女性が、命を投げ出して人を助けた事に。自分にそれが出来るだろうか? 他人の為に命を投げ出す事が……。
イリーナを助けられたのも自分が超能力者だったからだ……。生身の一般人なら不可能だったに違いない。
瞬間移動をする時に触ったイリーナの肩は確かに震えていた……怖かっただろう……心細かっただろう。その身体に余るほどの恐怖と……彼女は独りで戦い続けた……。
キョトンとするイリーナに一念は尊敬の眼差しを送った。
一念は壊れやすいガラス細工に触れる様に優しくイリーナの肩に手を乗せた。
「ひゃっ!? え? あのぅ……」
慌てながら赤面するイリーナに一念は優しく、しかし力強い声で言った。
「絶対にミーナさんに会おう。それまでは俺が絶対に守ってみせる!」
一念の小さな……しかし大きな決意は彼女の心を震わせた。
「…………り……ます」
「え?」
「ありがとう……ございます……っ……う……ぅう……」
眼に宝石の様な滴を浮かべ、ゆっくりとこぼれ落ちる大粒の涙は、一念の決心を固く強いモノへと変えていった。
「……んっん……んっ……ぷはぁっ! うめぇ!」
湖に顔(顎から口まで)を埋め水分補給を済ませる一念。
とりあえず身の回りの物を整理し並べてみた。
学生鞄(草のベッドに埋もれていた)、スマートフォン(電波は無し)、学生服と革靴(一念が現在着用中)。
学生鞄の中には水筒・スマートフォンの充電器、筆記用具、眼鏡ケース(旧眼鏡入り)、パンダのマーチ(チョコのお菓子)、財布が入っていた。
「とりあえず使える物は……スマートフォンと水筒、筆記用具くらい? スマホはいざって時の為に電源を切っておくとして……水筒にここの水を入れて……よし! バッチリ! イリーナ、準備はいいかい?」
「はい!」
ミーナを助ける為に準備を整えた一念は、イリーナと作戦を考えていた。
大まかな作戦概要こうだ。
ミーナと部下を見つける。助ける。逃げる。
……………………。
どこかの作戦総司令部が聞いたらタコ殴りにされそうな作戦内容だが、一念とイリーナが話しあった結論である。
「それじゃ、イリーナはミーナさんが何処にいるかはわからないんだよね? 待ち合わせ場所とか決めてなかったの?」
「はい、何しろ事が急でしたから……」
「あ、いやいや、おーけーおーけー大丈夫!」
イリーナに気遣いながら一念はある考えを思いついた。
「そうだ、さっきの道までもう一回行こう!」
「一念さんと出会った場所ですか?」
「そうそう! よし、イリーナ俺の腕に掴まって!」
「はい!」
イリーナは一念の腕を掴んだ……いや抱きついた言うのが正解だろう。
一念の左腕に雷のような衝撃が走る。左腕にイリーナの胸がしっかりと押しつけられた。
ポヨンという擬音が一番合うだろうが、そんな事は考えてられない程、一念の思考回路は爆発寸前だった。
「一念……さん?」
(こ……これはサユリさんレベル!? いや、もしかしたらサユリさん以上!?)
やらなければやられる……とまではいかないが、一念は「これは無理」と判断して、イリーナに提案を出した。
「イリーナ、手を繋ごうか? やっぱり……ほら腕より自由が利くし」
「え? ……はい?」
苦し紛れの言い訳だが、どうやらイリーナは納得した様だった。
イリーナは一念の左手を軽く握った。
「いくよっ」
音もなく数十メートル先へ瞬間移動した後、次の着地点を視認し、瞬間移動をする。二十回程それを繰り返した時、先程の開けた道の少し手前に着いた。
未だにノビている上官と兵士達。一念の左手を握っているイリーナの右手に少し力が入る。
「大丈夫だよ、イリーナ」
無言で頷くイリーナ。
ニコリと笑った一念は、足元にあった石を念動力により宙へ浮かべた。
拳大程の大きさの石はユラユラと上官の頭上へと運ばれた。
(よし、ここだな)
一念が能力を解除すると、石は上官の頭に落ちた。
「っ! ぐぁ……」
上官が意識を取り戻し辺りを見渡している。
意識が覚醒したのか、よろよろと立ちあがった。
「いつまで寝ているんだ! すぐに起きろ!」
六人の兵士に対して拳骨を入れる上官。
拳骨の衝撃に反応し、六人の兵士達が意識を取り戻す。
「……隊長……?」
「さっさと起きろ! アジトへ戻るぞ!!」
『あいつは取り逃がしたが、仲間達は既に別働隊が捕えてある。仲間を人質にすればあいつもノコノコと出てくるだろう』
「っ!?」
精神感応で上官の声を聞いた一念は、イリーナに小声で囁いた。
「イリーナ、まずい事になった。ミーナさん達……どうやら捕まってるみたいだ……」
「なっ!? ……フガッ!」
「しぃいいいっ」
突如大声を出そうとしたイリーナの口を手で塞ぎ、二十メートル程後方に瞬間移動した。
上官がチラリとこちらを見たが、どうやら発見されなかったようだ。
「……ふぅ」
「ごめんなさい……」
「いや、大丈夫だよ。それよりあいつらの後を追わなくちゃ!」
「は、はい!」
上官達はけもの道を歩き、一念達は少し離れた森の中から上官達の後を追った。追跡は二十分程続いたが、森の出口付近にある岩場に囲まれた洞窟まで辿り着いた。
「ここはっ!」
イリーナが小声で驚いていた。
「イリーナ? どうしたの?」
「ここは先程の取引場です……」
「どういう事だ……」
「わかりませんっ……あっ!」
イリーナの視線の先に甲冑を来た女性が二人、黒いローブを着た女性が一人いた。三人とも眼隠しと猿ぐつわをされ、両手を後ろ手に縄で縛られ、足も同様に縛られている。
「イリーナ、あの三人か?」
「……はい」
イリーナは声にならない様な声を出し、唇を噛みしめている。
「っ……」
一念はやりきれない気持ちになり、イリーナの頭を撫でた。
「あ……」
イリーナが少し俯き、仄かに頬が赤くなっていた。一念は意を決し、イリーナに言った。
「大丈夫、まかしておけ。イリーナ? 今からあの三人の顔を頭に強く思い描いて? そしたら強く念じて、心で語りかけるんだ」
「え……?」
「いいから俺を信じて、ね?」
「は、はい!」
イリーナは眼を閉じミーナと二人の部下の顔を強く思い描いた。
『……ナ……ま!』
『ミ……ナ……ま! ……ミ……ナさま!』
岩場にいるミーナ達に声が響く。まるで天から降り注いでるかの様な声だった。
『っ!?』
「いいぞイリーナ、もう少しだっ」
イリーナの手を握る一念に力が入る。
『ミーナさま!!』
『イリーナか!』
『『イリーナ様!!』』
精神感応の応用技。
第三者と共に対象に思考を飛ばしたり、対象の思考を読むことが出来る。
この場合、第三者、もしくは一念のどちらかが、対象の顔をしっていれば交信が可能である。
ミーナと部下二人が明るい声で返事をする。
『よく無事だった! イリーナ、これは一体!?』
精神感応という心だけで会話出来る事に驚きを隠せないミーナだったが、
『えぇーっと、それについては一念さんが……』
『一念……?』
イリーナに代わって一念が応対する。
『初めましてミーナさん、一念と申します』
『君が一念か……これは一体?』
当然の疑問だったが、一念は魔法世界に存在してしまっている「異能」について、あまり喋りたくなかった。
『話は後です。今は事は急を要します! 話は簡単です。三人とも私が「いい」と言うまで声を出さずにお願いします。それと、後ろ手で構いませんので三人共手を繋いでおいて下さい。説明は省きますが、必ず助けます!』
『ミーナ様、待ってて下さい!』
イリーナが一言添えると、ミーナは安心した様子だった。
『わかりました。イリーナが信頼しているキミだ、頼みましたよ』
『信頼……わかるんですか?』
『声でわかりますわ。話はわかった? お前達っ』
『『了解しました!』』
交信が途絶え、イリーナが少しだけよろめいた。
「おっと、大丈夫? 慣れない事をしたから少しだけ酔ったのかも……」
「大……丈夫ですっ」
一念は再度イリーナの頭に手を置き、
「協力してくれてありがとう。もう大丈夫だから少し後方……あの大きな木の根元で待っていてくれ。一分で戻る!」
「はい!」
イリーナは音を立てない様に、小走りで五十メートル程離れた大木まで駆けて行った。
イリーナが大木の根元まで行った事を確認したら、一念は振り返りながら呟いた。
「さて……と」
持っている学生鞄を地面に置き「ふぅ」と息を吐いた。心を落ち着かせ精神を集中させる。
次第に一念の身体が揺らめき、そしてぼやけてくる。
「っ!?」
遠目で見ていたイリーナが驚きの声を漏らした。徐々に一念の身体が透明になっていく。
「……あれは幻惑魔法っ!?」
透明化
文字通り身体を透明にする事が出来、前述の瞬間移動同様、一念が認知している衣服も同じく透明化する事が可能となっている。
イリーナの眼に完全に見えなくなった一念は、足早にミーナの元へ走る。
ミーナと部下の手がしっかり握られているのを確認し、ミーナの肩に手を触れた。
「っ!?」
一瞬ミーナの肩が震えたが、指示通り、ミーナは声を出さなかった。ミーナの肩に手を触れながら、一念は瞬間移動を発動した。
先程の場所に戻り学生鞄を拾い、もう一度、瞬間移動を発動し、大木の根元まで移動してきた。
「いいですよ。もう大丈夫です」
「ミーナ様っ!!!」
三人の猿ぐつわと眼隠しを外すイリーナ。
「イリーナ!」
「「イリーナ様!」」
百五十メートル程先の岩場で、先程の上官と思われる者が叫んでいる。人質が瞬時に消えた事によって騒ぎが起きた事を察したようだ。
「戦闘準備ぃ! さっきの糞ガキだ、絶対に探し出せぇっ!」
十人程の部下が森の中へ進行を始めた。ミーナと部下二人に緊張が走る。
「ミーナさん、あいつらどうすればいいですか?」
一念の言動にピクンと反応した部下の一人赤髪の女性が叫んだ(敵には聞こえない程度の声で)。
「貴様っ、ミーナ様と呼べっ!」
「あぁ、すみません。誰かに「様」って付ける習慣がなかったもので」
「っ!」
意外にも返ってきた答えは「謝罪」で、赤髪の女性も言葉に詰まってしまった。
「よい、彼は命の恩人です……取引は信頼が第一、それを逆手にとり我らを愚弄した罪は重い。捕えて、我が国の警備隊に引き渡します!」
それを聞いて安心した一念はニコッと笑い返事をした。
「了解しました!!」




