第四部 その二
「聖王城」
巨大な本丸を中心とし、周りには八角形の頂点毎に巨大な塔が存在する。外壁は白、屋根は紺色で、塔と塔を結ぶ外壁は非常に高くなっている。外側の八つの塔は全て中央の本丸に通じており、本丸は円形に作られている。外壁下は湖に囲まれており、外敵からの攻撃も寄せ付けない仕組みとなっている。
登城の際は門番の入念な身体検査、登城の許可証が必要となる。
「おぉー! あれが聖王城かー。ダメクトの城より五倍はデカイな」
一念は広場前を散策……しなくても見えてた聖王城に関心を持ち。色んな位置からの夜景を楽しんでいた。おそらく異国を訪れた日本人観光客のノリだろう。
(ちょっとくらいなら中見てもいいよな?)
アレクトの「ダメ!」と言う声が聞こえてきそうだったが、幸か不幸か彼はここにはいなかった。
裏路地で透明化と空中浮遊を発動し、ゆらゆら夜風に当たりながら聖王城へ向かって行った。
(これ人間が機械使わず造るとか……人智パネェ)
一念は人の知恵と努力に改めて感動し、自分がいかに小さい存在かを改めて感じていた。
(本丸の一番上に窓が付いてる。あそこから中に入れそうだ……)
一念は窓の中を視認し瞬間移動を発動、遂に城内へ侵入してしまった。勿論無断で……。当初の予定にない一念の行動は、褒められたものではないが、そもそも一念は褒められる事が嫌いだった。
(ここは……寝室?)
部屋は寝室の様で青い絨毯に敷き詰められ、中央には大きいベッドが置いてあった。ベッドは天蓋付きベッドで、透き通る水色のシルクのカーテンにより仕切られている。
一念がベッドの中をそーっと覗こうとすると、ベッドの対面にある扉がノックされた。肝を冷やした一念だったが、透明化を発動した時の一念の隠形術は、ムサシでも察知が困難だったのを思い出し、即座に心を落ち着かせた。
「失礼します」
扉を開け、「カチャカチャ」と何かを運ぶその老人は、ベッド横の寝台にそれを置いた。
音に反応したのか、ベッドで寝ていたと思われる人物が老人に話しかける。
「……リエンか?」
「はい。私でございます」
(あの爺さんがリエン……ん? それを呼び捨てにする人物……あれが聖王バルトって人かっ)
「お加減はいかがですか? 陛下」
「うむ。やはり身体に……力が入らないな」
「ふむ。薬膳をお持ちしました。身体に力が入りますぞ」
「あぁ、いつもすまない」
(いやぁ、あれってどう見ても……。まぁ一応確認してみるか)
一念はリエンに対して受信専用の精神感応を発動した。
【フッフッフ、馬鹿な小僧め。このワシの薬膳に殺さないまでも動けなくなる毒が――】
それ以上を聞きたくなかった一念は、即座に回線を遮断した。
(あの爺のせいだよなぁやっぱり。まぁ、テンプレみたいな流れ過ぎてビックリしたけど……)
「では陛下、お大事に……」
リエンが扉を出て十秒程待ち、一念はバルトに精神感応を使う事を決断した。
『バルトさん。バルトさん。聞こえますかー?』
「な、なんだ?」
『頭、頭の中に話しかけてます。念じて会話するんですよ』
『……ん、だ、誰なんだ?』
『初めまして。そうですね名無しの権兵衛と名乗っておきます』
『ほぉ……で、その権兵衛殿が一体私に何の用かな?』
『バルトさん、あなたのその身体……』
『あぁ、数年前に風邪を引いた時以来、毎日こんな調子なのだよ』
『原因はわかってるんですか?』
『我が国の賢者、リエンの話によると脳に悪い塊があるとかで――』
『ここにも駄目王がいたのか……』
『な、貴様! 余を駄目王とは! 姿を見せい! 切ってくれる!!』
『威勢のいいこって。そんな身体で切れると思うのか?』
『……ぬぅっ! 馬鹿にしおってっ!』
『馬鹿なのはおめーだよ。リエンの食事に毒が入ってるって普通気付くだろ!』
『な!? 余の友リエンを貶める物言い、万死に値するぞっ!!』
『ダメだこりゃ……どうしたら信じてくれんだよ!?』
『端から貴様の言う事を信じるつもりはない!!』
『わーったよ。じゃあリエンってやつの言う事なら信じるんだな?』
『そうだ! 余は友のリエンの言葉しか信じぬ!』
『はいはい……。それじゃあ少し手を触らせてもらうよ』
『な、なんのつもりだ!!』
『リエンの心の声を聞かせてやるって言ってんだよ!』
一念は透明化を解かずバルトの手を握った。
『さっきの爺がリエンだろ?』
『爺と言うな貴様! 三大賢者の一人だぞ!』
『あんな奴、爺で十分だ!』
『貴様……減らず口を叩きおってっ!!』
一念は精神感応を応用して。一念とバルトの送受信、リエンのみ発信専用の回線を開いた。
(しかし、あの小僧。本当にワシの言う事しか信じぬのぅ。馬鹿な王は扱い易くて助かる……)
『……これはリエンの声』
『心のな。心の声はその人の肉声そのものとして聴こえるんだ。まぁ少しこもるけどな』
『あの馬鹿には長生きしてもらわにゃならん。毒の配分が毎回難しいわぃ……』
『まだ聞くかー?』
『信じぬ……信じぬぞっ!!』
『死んでしまっては困るからのぅ……』
『これは貴様が聞かせている幻聴だ!』
『なかなかに強情だね……。そんなんだから民衆は苦しんでばっかなんだよ』
一念はリエンの回線のみを切断し、バルトの手を離した。
『なっ!? 民が?』
『お前がしっかりしねぇから、あの爺が税金上げまくって町の皆が迷惑してんだよ』
『リ、リエン……そうだ! リエンには何か考えがあるんだっ!』
『その様子じゃ最近ウエスティンと傘下同盟を組んだ事も知らねぇだろ?』
『っ!』
『……あの爺を信じるのは勝手だ。だが、その薬膳料理、数日食わないで自分の体調をみてみろ。空腹以上に体力が回復するだろう』
『……』
『三日後、もう一度来る……』
一念がバルトにそう言い捨てると、窓を見上げ瞬間移動を発動した。闇夜に浮かび上がった一念の身体は、ゆらゆら揺れながらゆっくり自宅へ帰って行った……。
(ダメクト以上に駄目駄目な王だわ。どうなってんだこの世界の王族は……)
一念は家に着くと保存用に買ったホビットラビットの肉を全て食べてしまった。
そして三日の間、町の情報を聞きまわったが初日以上の収穫は得られなかった。しかし三日目の晩、初日同様、兵に追われる影を空から発見をした。
「あの駆け方……やっぱりケイトじゃん。ったく毎回よくやるよ」
ケイトは脚は速かったが走り方に無駄が有り、それより遅い兵に追いつかれるのは至極当然だった。
(仕方ない。あの角で……)
ケイトが走るその先にある、突き当たりの角で待ち伏せした一念。
ケイトが角を曲がると、瞬時にケイトを受け止め、そのまま跳躍、そしてその途中、空中浮遊を発動し、角の家の屋根まで跳躍した……という風に見せた。
「なっ!? ……いないぞ!!」
「馬鹿な!」
「そこら辺をよく探せ!! 隠れているかもしれん!」
「「はっ!!」」
近くの路地で兵がケイトを探している最中に、一念は先程の「大ジャンプ」を使い、一ブロック先の家の屋根まで着いていた。
「ん……はぁ、はぁ」
「あぁ、ごめん。苦しかった?」
「す、少し……」
「三日ぶりかな?」
「うん。アーツはこの二日、ミツルをつけてたみたいだけど」
「へー。やっぱりあのにーちゃんがつけてたのか」
「気付いてたのっ?」
「街中で急にあとつけられたら流石にね……」
「二日とも見失ったとは言ってたけど……」
「家までバレたら面倒だしな」
「フフッ、そうね」
「お、来たんじゃないか?」
「え?」
「お迎え♪」
一念は屋根の下を指差し、アーツとノアがケイトを迎えに来た事をケイトに伝えた。無論、一念を捕えに来たとも言える。
一念は再度ケイトを抱きかかえ屋根の下から飛び降りた。
「わ! ……っ、あれ?」
「もう下に着いたよ」
「……あ、ほんとだ」
何の衝撃もなく二階下に着いた事に、少し疑問を抱いたケイトだったが、アーツがその思考を遮った。
「ケイト。こっちに来い」
「は、はい」
ケイトは一度一念に振り返りつつもアーツの元へ歩いて行った。
「昼ぶりだね。アーツさん」
「……気付いてたか」
「師匠が厳しくてね。逆尾行のやり方も教えてくれたんだ」
「さぞかし名のある師匠なんだろうな」
「まぁね。で、今日も俺を捕えるのかい?」
「いや、どうやら我々では君を捕える事は出来ないようだ」
「あれ、あきらめが早いんだな?」
「勝算のない戦いは嫌いでね。……今日は君を招待したい」
「招待?」
「うちのボスが、君の名前を出したら会いたがってね」
「……?」
一念がミツルという偽名をここで名乗ったのはケイトだけである。そのボスにミツルという知り合いがいるのだろうか? と考えた一念だったが、反乱軍の頭に会えるのは願ってもない事だった。
「それじゃ、行こうか」
「あぁ、付いてきてくれ」
アーツ、ケイト、ノアが駆け出し、一念はそれに着いて行った。
見覚えのある道をひたすら走り、聖王国の東の外れの一軒家に着いた。
(ここ……俺の家の真裏じゃねーかっ)
「どうした?」
「あ、いや。なんでもない」
「……そうか。この家の地下だ」
古い扉を開けると、中には数人のアーツ達の仲間と思われる人間がアーツを出迎えた。
「「アーツ!」」
「すまない。遅くなった」
「彼が?」
「そうだ。彼がミツルだ。今日もケイトを助けてもらった」
「すまないけど、フードをとって顔を見せてもらえないかな?」
「あ、あぁ」
緑髪の女性に促され、一念は黒いフードを外した。一念の顔を見たアーツ、ケイト、ノアは少し驚いた様子だった。
「おっ。中々の良い男だね。ケイトを助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「その若さであの体術は見事と言う他ないな。まぁ、声で若いとは思っていたが、これほどとはな……」
「さっき言ったでしょ? 師匠が良いんですよ」
「フッ、そうだったな」
「ボスは?」
ノアが緑髪の女性に尋ねると、緑髪の女性は下を指差した。
「お待ちかねだよ」
「わかった」
ノアはそう言うと、その家の床に敷いてある青い絨毯を大きく捲った。
床には四角い切れ込みの様な部分があり、その左隅に取っ手の様な物が付いていた。
(うわぁ……典型的な隠し部屋)
「あ、私はエメリア。宜しくね」
「あぁ、宜しく」
エメリアと名乗った女性が腰を落とし、その取っ手を取り、真上に引っ張り上げる。大きい金属音が室内に響き、下へ降りる階段が現れた。
エメリアが一念の方へ向き「案内しよう」と言うと、一念はその後へ付いて言った。後ろから付いて来るのはアーツのみで、ケイト、ノアは一階に残った様だった。
階段自体は短く、地下一階へ行くと、大きい部屋があるのみで、部屋には簡素なベッドとテーブル、椅子が数脚……そしてそれに腰掛ける女性が一人いた。
「あら、エメリア? お客様?」
「サエ様、ミツルと名乗る青年を連れて参りました」
「ケイトを助けて頂いたという……お待ちしておりました。さ、そこへ掛けてちょうだい。エメリア、彼にお茶を……」
「ミツル君、掛けたまえ……ミツル君? ……っ?」
一念は動けずにいた。「サエ」と呼ばれる女性。彼はその女性を知っていた。遠く昔の記憶だが、彼が大好きだったその女性を忘れるはずもなかった。いつの間にか一念の目からは自然と涙が零れ、それに気付いた、アーツ、エメリアは、サエが口を開くまで何も口に出来ずにいた。
「あらあら、……どうしたのミツルさん?」
「房江さん……ですか?」
「っ!!」
「「?」」
サエ本人もその名前は伏せていた。エメリアにも、アーツにも……。
「エメリア、アーツ。少し……二人にさせて」
「「はい」」
サエがそう言うと、エメリア、アーツは何かを察したかの様に一階へ戻って行った……。
「さて、私は貴方みたいな若くてカッコイイ男の子に知り合いはいないんだけど……詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「俺です。……一念です。吉田一念です」
サエは何かに驚き、そして困惑した。
「一念……ちゃん?」
「はい。葛城さんと……《葛城房江》さんに小さい頃お世話になってた……一念です」
「……っ」
サエは何も言えずにいた。サエ自身が知っている一念は七歳の時まで。ここまで成長した姿を見るとは思っていなかった。そして自分の世界の人間によもや会えるとは思ってもいなかった。様々な驚きがサエを襲った。それは一念も一緒で、しかし、同時に多くの感動も宿してた。




