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魔法世界の超能力者  作者: 壱弐参


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第二部 その九

 

「……イリーナ? どうしたの急に?」

「え~、一念さんが用事があるって言ってたので、部屋でずっと待ってたのに、いつまで経っても来てくれないから、自分から来ちゃったんじゃないですか~」


 少し膨れた顔のイリーナは一念の顔を見て即座に反応した。


「ど、どうしたんですか、顔真っ青ですよ!?」

「え? ……あぁ、大丈夫だよ。少し疲れただけ。え~っと用事用事……あー、そうだった。俺の服今これしかなくてさ、代えがあれば嬉しいなーって……」

「はい、服の代えですね、りょーかいですっ。……あの、一念さん本当に大丈夫ですか?」


 よほど一念の具合が悪そうに見えたのか、今一度確認をとるイリーナだったが、一念は首を振り元気をアピールした。


「大丈夫。安心してイリーナ。それよりイリーナこそ大丈夫なの? ほら目の下のクマがこんなに」


 一念はイリーナの頬を両手で軽くつねりイリーナをからかった。


「あぁ~、いひゃいれふ~」

「アハハハ、可愛い可愛い。……うん元気でたでた! イリーナの回復魔法は凄いなっ」


 そう言ってイリーナの頬を離すと、イリーナは少ない痛みと「可愛い」と言われた恥ずかしさからの二重の意味で両手で押さえた。


「ひどいです~。赤くなっちゃいますよぅ」

「ごめんごめん。ところで、その服……」


 一念が日常的に見ていた服とほぼ同様のものだったので、イリーナが着ている服を見てもすぐには驚けなかった。そう、イリーナが着ていたのは、桜の刺繍がない事以外は、一念が通っていた高校、彩桜高校の女子制服のそれだった。


「あ、これはトレーディア兵の女性用の制服です♪ 似合いますかぁ~?」

「あ、あぁ。似合うよ、とってもっ」


 一念はイリーナと話していると、本当に元気が出てくる様だった。


(そうだな…どれだけ出来るかわからないけど……頑張ろうっ……)


「ホントですか!?やったぁ!」


 喜ぶイリーナに一念はニコッと笑い、決意を新たにした。

 イリーナが部屋を出て行くと、一念はその場で意識を集中させた。


『アレクトさん…アレクトさん…聞こえますか?』

『っ!? 一念か!?』

『お、よかった! 繋がった繋がった』

『これは不思議な……先程もそうだったが本当に素晴らしい魔法だな……』

『今から会えますか?』

『構わぬよ、そうだな……謁見の間の右奥の廊下からまっすぐ歩いて来なさい。あそこは私の部屋へ繋がっている』

『わかりました。すぐ行きます』


 アレクトにアポイントをとった一念は、部屋を出て、イリーナからもらった鍵でしっかりと鍵を閉めた。

 謁見の間まで走り、そこから右奥へ続く廊下をゆっくり歩いていった。途中数人の見回りの兵に出会ったが、止められる事はなかった。「ホントすごいなあの人」と素直にアレクトに感心をした一念だった。

 廊下を真っ直ぐ歩いて行くと、突き当たりを左へ曲がると、すぐ右側に木製の扉があり、その左右に兵が一人ずつ椅子に座っていた。一念の姿を確認した二人の兵士はスッと立ちあがり、手前側にいた兵士が一念に声を掛けた。


「一念様、陛下がお待ちです」

「あ、はい。ありがとうございます」


 一念は兵士に会釈をし、扉をコンコンとノックした。

 扉越しから「どうぞ」というアレクトの声が聞こえると、一念は「失礼します」と言い、扉を開けた。

 部屋に入ると部屋全体からお香の様な甘い匂いがし、文字通りのキングサイズのベッド、黄金の鏡台、少し離れた右奥に、開閉式の巨大な窓型の扉があり、その奥が広いバルコニーとなっていた。一念の脳内では、形容する事が難しい物ばかりで「流石王様の部屋」とも思ったが、王の部屋という程、豪華絢爛なものではなく、「豪華だが、使いやすそうな簡素な部屋」というのが一念の素直な感想だった。


「よくきたな一念」


 声だけが部屋に響いたが、一念はすぐに声の主を発見した。


「なんで隠れてるんですか? アレクトさん」


 扉の影に隠れていたアレクトに声をかけた一念は、ニッと笑いそれを見たアレクトが同じ様にニッと返す。


「なんだか元気そうですね」

「一念もな、牢獄ではあんなに混乱やら動揺してたのに……」

「アレクトさんも覇気が全然ありませんでしたよ?」


 互いに皮肉を言い合いながら、ニヤニヤ笑っていた。


「それで、どうしたんだ?」

「その逆みたいなものです」

「ん? どういう事だ?」


 一念は新たにした決意を、一念の言葉でアレクトに伝える為にここへ来たのだった。


「俺に出来る事はありますか? 俺が使った…魔法の事はイリーナから聞いているでしょう? その使い道があるなら、アレクトさんに考えてもらおうと思って、ここへ来ました」


 アレクトが外を少し気にし、やや小声で聞いてきた。


「……いいのか?」


 アレクトの気遣いを無駄にしない為に、一念はアレクトに一つの提案をした。


「……ちょっと、散歩に行きましょうか」


 一念がそう言うと、アレクトの返事を待たずに、一念とアレクトの身体がふわりと浮かんだ。


「っ!!」

 二人はゆっくりそのままバルコニーの外へ飛びあがって行った。



「おぉ……ミーナやイリーナが言っていたのを聞いてまさかとは思ったが、ハハ、これは素晴らしいなっ」


 上空二百メートル程で停止したアレクトは、率直な感動を声に出していた。

 アレクトは感動をすぐさま押し殺し、改めて一念を見る。


「……もう一度聞く。本当にいいのか?」

「……殺すのはNGですけどね」


 高校生の身で殺人だけはご免蒙りたい。という願いが言葉として現れていた。


「それに俺はミーナさんの護衛隊長ですから……」

「護衛対象がミーナだけではない様に見えるが?」

「付属特典ですよ……」

「死ぬかもしれないんだぞ?」

「この世界に着いた時に一度死んでると思えば気楽なもんですよ」

「俺が利用するだけなのかもしれないぞ?」

「お給金ははずんでください」

「どれだけの期間になるか検討がつかん。最悪、元の世界に戻れなくなるかもしれない……」

「ちょっと長いホームスティです。帰れるとわかったら、問題が解決してから帰ります……」

「「…………」」


 アレクトは次第に一念を正視する事が出来なくなっていた。震えながら顔を反らしたアレクト。その左頬から流れる滴を見て、一念は静かにアレクトに背中を向けた。


「……感謝する」


 夕暮れの中で二人が話した短い会話。二人は生涯この事を忘れなかった。









 ――翌朝、アレクトは緊急会議を開くと通達した――


 イリーナが二日目にして恒例の様に、一念の部屋のドアをノックしている。


「いちねーんさーん。いちねーんさーん。起きてますかー? もう会議まで時間がありませんよー?」


 ドア越しから聞こえる一念の声は明らかに寝ぼけていた。


「あと……は任せたー」

「いちねんさーん会議はじまっちゃいますよぅ…」


 そこへ昨日同様にやって来たのはメルだった。メルもイリーナ同様、制服を着用していた。


「一念! 昨日は不覚をとったが、今日はそうはいかん!」


 メルが扉をバタンと開けると、右側ベッド上にいるはずの一念がいなかった。

 メルが慌てて周りを見渡す。するとメルの真上に、ふわふわ浮かぶ布団を発見した。そこから、三日目でもう見慣れた感溢れる、ボサボサの黒髪が飛び出ていた。


「一念! 何魔法の無駄遣いしてるんだ!!」


 そう言いながら、メルは布団を掴もうとするが、布団手前に不可解な抵抗力を感じ、掴むはおろか、触れる事さえ出来なかった。


「……うるさいぞぉ……メルゥ……」

「っ!! ……こっのぉ!!」


 名前を呼び捨てで呼ばれた事からか、腹が立ったからか、メルは顔を真っ赤にさせて、部屋の中央にあった椅子を、一念を含んだ布団目がけて思い切り投げた。

 メルの行き過ぎた行動を目の当たりにしたイリーナは、一念に向かって叫んだ。


「危ないっ!!!」


 声の残響音がある中、椅子が一念にぶつかるという衝撃音は聞こえなかった。

 椅子は先程のメルの腕同様、一念に触れる事なく宙空で止まり、床にゆっくり落ちていった。ガタンという音が部屋に響き、一瞬の静寂の後、再度一念の寝ぼけた声が聞こえてくる。


「なんだよぉ……イリーナ……メル……」


 天井ギリギリで上体を起こし、天井に頭をぶつける一念。ガンッという音が鳴り、イリーナとメルが軽く目をを瞑る。


「っ!!! ……ってぇえええ!?!?!」


 頭を天井にぶつけた一念を見て、メルは「今回は壁は発生しないのか?」と思ったが、一念の声と共に、一念が重力法則に逆らわず落ちてきたのを見て納得した。

 しかし、一念にはまだ危機が去っていなかった。一念の身体は無防備に真下へ向かって落ちていく。あと少しで床に落ちている椅子にぶつかるという所で、一念が咄嗟に発動させた空中浮遊(レヴィテイション)が働き、間一髪で宙に止まった。


「ててて……あぶねぇあぶねぇ……」

「起きたら魔法が解除されるなんて、不安定だな……」


 半覚醒を通り越して一気に覚醒した一念は、未だにとれない痛みを感じながら、ゆっくり床に足をつける。

 一念の肩にかかっていた布団がバサリと落ちる。メルが…不意を突かれた瞬間だった。


「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」


 昨日の朝同様の事件が、今日も起きた。イリーナも顔を両手で覆い、一念は慌てながらも「平和だな……」と思った。メルがフロルの部屋逃げて行き、一念の部屋にも聞こえる様な声で何かを叫んでいた。

 一念とイリーナは苦笑していた。メルの声が落ち着くとイリーナが赤くなった顔を背けながら、手に持っていた物を一念に手渡した。


「イリーナ、これ?」

「一念さんの新しい服です。……そのどんな服にしていいかわからなかったので、一念さんが今着ている服と同タイプの物を何着か用意しておきました」

「あぁ……そんなのよくあったね……」


 一念はイリーナから服を受け取り「着替えるから」と扉を閉めた。

 一念は新しい服を着て、赤くなっているイリーナ、メル、眠い目をこすっているフロルと共に、謁見の間へ歩いて行った。


(そう、この時間、この平和は続かなくちゃならない。ずっと……)






 ――玉座に座るアレクトが玉座の上に立たず、立ち上がった。


「では、会議を始める」


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