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家族会議

「ヒューズよ、そう急かずとも、話はもう少しで終わる。今はーー」


「いえ、父上。どうか兄上の話を聞いてください。一刻を争います」


 口を挟んだのはボリエ殿下だったが、らしくもなく緊張した様子だった。その様子を見た陛下の目が、やや険しくなる。これがただ事ではないと察したのだろう。


 一方のヒューズ殿下は傲然としたままだったが、心なしかどこか引き攣った顔をしていた。


「どうか、これをご覧ください」


「なんだこれは。……余に宛てた親書か?」


「送り主と中身が問題です」


「何?…………こ、これはッ!?」


 陛下は親書に書かれた名前を見ると、先程よりも更に表情を険しくした。そして封蝋を切って中身を読むと、そこに焦燥感が加わった。


「ヒューズは何故、中身を知っていた」


「御存知の通り、私は()()()()と深い繋がりを持ちますので、大体の中身は聞き知っております」


 そこだけはボリエ殿下そっくりな尊大さだが、教会による機密文書漏洩を暴露しているに等しい。この方が教会寄りなのか、王家寄りなのか、この様子だといまいち判断しがたい。この方の場合、それすら計算に入れている可能性もある。


「この手紙は、多分クリス君宛だよ」


「私宛?」


「……どうやら、そのようだ。読んでみなさい」


 話についていけず困惑する私の前に、親書が差し出された。訳が分からないままに親書を読んだ私は、その中身に愕然としてしまった。


 手紙の送り主は、エミール君だった。その文字はやや子供らしさを残しながらも、とても丁寧に書かれていて、相手に不快感を与えないものだ。親書の前半は、前教皇主導による補助金不正に対する謝罪。ここまでは問題無い。


 問題は、後半部だった。


『ーーここからはクリス・フォン・ルグラン男爵へ、原文ママお伝え頂きたく。ねえ、お姉ちゃん、最近ちゃんと眠れてる?いい夢は見られてるかな?もしも最近、夢を見られていないなら、すぐにぼくのところに来たほうがいいよーー』




 死 に た く な か っ た ら ね。




 そう、はっきりと書かれていた。


「エミールといえば、前教皇の息子であったな」


「はい」


 前教皇がその座を息子に譲ったことは、つい最近教会から直接通達があったため、陛下の耳にも入っている。即位した最初のアクションが、補助金不正を認めた上での謝罪とは、随分思い切っている。いつもならメンツの確保を優先するはずだ。前教皇が、そうしていたように。


「その前教皇の息子が、何故クリス宛にこんな言伝を?そもそも、この夢とやらは何を意味しているのだ」


 ボリエ殿下が、私に許可を求めるように目線を送った。予知夢のことは、出来れば陛下にもあまり知られたくはなかったが、この際やむを得ないか。覚悟を決めた私は、殿下に対して頷き返した。


「……夢とは、恐らく予知夢を指していると思われます」


「予知夢?ボリエよ、冗談を言っている時ではないぞ」


「冗談ではありません。現教皇は本物の予知能力者です。その能力があったからこそ、父親である前教皇は若くしてその座に就き、そして突如退任せざるをえなかったのです」


 いきなり予知だのなんだのと言われては、誰でも混乱するだろう。現に陛下も、急に現実感の無い説明をされ、困惑するばかりだった。しかしそれも、次の一言を聞くまでだった。


「そしてクリスも、夢を通じて予知を得られるのです」


「なに、クリスも?どういうことだ……??」


「私に端を発しているのですよ、父上」


 その端を発した本人の表情は、ボリエ殿下以上に硬かった。


「どういう意味だ」


「それは後日、ボリエと共にご説明いたします。しかし今考えるべきことは、クリス男爵が教会本部へ招かれていることについて、どう解釈して動くかです」


 こんな状況でも優先順位は違えないか。流石は第一王子だ。


「その通りです。ですがこの場合、ある点においては既に答えが出ています」


「ある点とは?」


「現教皇に私を殺害する意図はありませんし、これは脅迫文でもありません。ですが嘘も書かれていません」


「よく分からないな……何故そう言い切れる」


「殺害予告に意味が無いからです。生きてて迷惑なら、暗殺すれば良いだけですから。それにエミール君にとって私は、この世界で唯一同じ能力を持つ人間です。ならば味方につけるか、少なくとも敵にしたくないと考えるのが自然でしょう」


 だってエミール君自身が、この能力の恐ろしさを一番よく理解しているのだから。


「それに彼は、この能力を得るための過程を知っています。同じ過程を経た私に対し、同情的ですらありました。そんな相手を今から排除しようと思うほど、彼は政治巧者でもなければ、大人でもないでしょう」


「なるほど……筋は通っているようだ」


 いずれにせよ、この手紙は文面通りの意味だと考えた方がいい。


「……このままだと私は、近い将来死ぬのでしょうね」


 これまでの予知夢とは違う、本物の予知能力者からの、死の宣告。それは想像していたよりも遥かに恐ろしく、そして生々しくすらあった。前教皇がこの恐怖を常々感じていたというなら、最後の醜態にもある程度納得がいく。


 人は、自分で得た等身大の情報より、他人から与えられた情報の影の方が、より大きく映るものなのだ。


 ……短い静寂を打ち破ったのは、ヒューズ殿下だった。


「ボリエ。クリス君の予知能力について、どこまで知っている?」


「は?……自身の破滅する未来が、夢の形で見えるものと理解しています。クリス自身、うすぼんやりとしたもののようですが」


「なるほど。であるならば、やはり現教皇が待つ教会本部へ急ぐべきだろう。彼女の予知能力は、明らかに不完全だ。もしもその不完全さが、彼女の命を損なう原因だとするならば、我々ではどうしようもできない」


 私の能力が不完全?……そうか、なるほど。


「確かに、私の能力は不完全かもしれません。エミール君は他人の……前教皇の破滅を予言していたように思われますが、私は他人の破滅までは見えませんから」


「言われてみれば、確かにそうだな……結局、あの少年に会う必要があるってことか」


 前教皇は、自分の死が予言されないことを極端に恐れていた。それはつまりエミール君が前教皇の死を、ずっと避け続けてきたからに他ならない。


 もし私の能力の不完全さが破滅の原因になっているのだとしたら、エミール君はその解決方法を知っているかも。


 でも、そうだとしたら、どうしてヒューズ殿下は……いや、これ以上は考えても仕方ないか。


「予知能力を完全なものにするのか、或いは完全に消すのかは分かりませんが……どちらへ転ぶにしても、座して死を待つ理由にはならないでしょう。すぐにでも発とうと思います」


「是非も無さそうだ。ボリエ、すぐにクリスと共にーー」


「お待ちください、父上。クリス男爵の付き添い役は、この私が務めましょう」


 ……え?……はぁ!?なんでヒューズ殿下が!?


「兄上!?」


 何故!?なんでそこで貴方が立候補する!?


「駄目だ。お前は教会と深い繋がりがあると、自身でもそう言っていたではないか」


「だから私が教会と結託し、クリス男爵を害するかもしれないと?」


「違う。教会とのしがらみがあるお主では、いざという時に身動きが取りにくかろうと言っているのだ」


 ヒューズ殿下が吐きだしたのは安堵か、それとも失意か。徹底的に王族を貫く姿勢からは、その本心が一切伺い知れない。


 だが少なくともその後に続く声は、これまでで一番弱々しく、そして人間味があった


「……実の妹を教会に捧げるほど、政治色に侵されていませんよ。それにこの中で、私ほど教会の内部を熟知している者もいないでしょう。怪しげな動きがあっても、私ならば事前に対処出来ます」


 ヒューズ殿下が私を妹だと認知していることに、これまでにないほどの違和感と動揺を覚えた。私にとってヒューズ殿下は、まだ()()()()のイメージが強く、遠い存在だ。そしてそのイメージを払しょくできるほど、まだこの人の事を知らなかった。


「では兄上は、クリスを護るためなら、教会を敵に回せるのですか?」


()()()()()()()()()()()()()()()()だろうな。お前は教会から最大の警戒心を抱かれているから」


「わ、私が言いたいのはそういうことではーー」


「だが私ならそうはならない」


 その一言は、反論の余地を与えないほど力強かった。


「何故なら私は、教会にとって最も敵に回してはならない、最大にして最強のパイプ役だからだ」


「……!!」


「もう一度聞く。この中で、いやこの国内で、教会と最も平和裏に接触できるのは誰だ?」


 その発言の説得力、そして有無を言わせぬ迫力は、まさに王のそれだった。


 ……ヒューズ殿下を信用していいかは分からない。でも私に付き添いたいという気持ちに嘘はない。そう、信じてみることにした。


 だってこの人は……私を妹だと信じてくれたのだから。私もこの方を、兄として信じなくてどうするのだ。


「分かりました。お願いします、ヒューズ殿下」


「うむ、引き受けた。よろしいですね、父上?」


「よかろう。クリスを頼むぞ、ヒューズ。そしてボリエ、お前は有事になれば教会へすぐに応援に行けるよう、準備を進めておくのだ。第一騎士団の使用を許可する」


「承知しました、父上。……兄上、本当に頼みましたよ。こいつが死にそうになったのは、一度や二度じゃないんですからね」


「ああ」


 ヒューズ殿下が浮かべた笑みには、第一王子としての威厳と、兄としての矜持が混ざり合っているように思えた。

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